ピアノ版/幻想交響曲の世界 | geezenstacの森

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ピアノ版/幻想交響曲の世界

曲目/
ベルリオーズ(リスト)幻想交響曲*
1. 夢-情熱
2. 舞踏会
3. 野の風景
4. 断頭台への行進
5. サバトの夜の夢
リスト:作品集
6.メフィスト・ワルツ 第1番
7.鬼火(超絶技巧練習曲集 第5番)
8.ラ・カンパネラ
9.愛の夢 第3番

ピアノ/フランソワ=ルネ・デュシャーブル

録音/1979/09/25、11/06、7、12/06、7日*
   1974/06/19、20、10/0日、12/06 ザレ・ワグラム、パリ
D:グレコ・カサドッシュ
E:パウル・ヴァヴァシュー*、セルジュ・レミー

Tower Records EMI Classical Treasures QIAG-50005

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 この幻想交響曲のピアノ版のCDはこれまでに主なもので次のものが発売されています。
☆ニコライ・ペトロフ(ピアノ) 録音:1987年(デジタル録音)
☆イディル・ビレット(ピアノ) 録音:June 1992. Clara Wieck Auditorium, Heidelberg
☆トッド・クロウ(P) 1994年 デジタル録音

 そんな中でその先鞭を切ったのがこのデュシャーブルの幻想交響曲の演奏です。彼はリストを得意としていて、こういうリストのトランスクリプションものを多数録音していますが、これは彼の初期の名盤の復活といえるのではないでしょうか。しかし、2003年に50代で引退という衝撃的な幕引きをしてしまいました。何が彼を奏させたのでしょうかね?

 たぶんこのCDを聴くときは、頭の中をリセットした方が良いでしょう。オーケストラ作品としてのこの曲が染み付いてしまっていると結局その響きとの比較になってしまいますからね。そうするとたぶん、ベルリオーズのオーケストレーションの見事さが再認識され、このピアノの響きは物足りなくなって聴こえてしまうでしょう。最初は小生もそうでした。しかし、何度も繰り返しこの演奏に接しているとようやくこの演奏の素晴らしさに目覚めてきました。多分一度聴いただけでその印象を書いていたならとんでもない酷い視聴記になっていたでしょう。

 よくよく聴いてみると「まあよくこれだけ弾いた」と感心する事が多い演奏であります。かのカツァリスさえも尊敬していたというデュシャーブル。技巧派としての本領発揮の一枚です。まずテクニックが冴えておりピアノの響きも明快、そういう意味で彼がリストとは相性がよかったのもうなずけます。

 リストの朋友ベルリオーズの「幻想交響曲」は1830年に作曲され、同年にパリで初演、31年に改訂され翌32年に改訂版が初演されました。リストの編曲はこの改訂版初演の後ということになります。ということで、「断頭台への行進」などは現在のスタンダードな「幻想交響曲」と異なるところもあり、まあ、その後もこの幻想交響曲は何度も改訂されて今の形になっていますから今となってはリストがどちらの版を使用しているのか、ちょっとわかりません。

 第1楽章「夢と情熱」は冒頭のなんとも厭世的な雰囲気から徐々に音楽に躍動感が出てきて煌びやかな雰囲気に変わっていくところなど、なかなか聴き応えがあります。ピアノのタッチがくるくると変わり音が変化する様など技巧的な部分も申し分ありません。

 第2楽章「舞踏会」も冒頭から音が溢れ出るような感じで、音楽がまさに流れるように進みます。非常に躍動感にあふれた音楽です。リストの編曲は曲の骨格をあらわにしてくれます。この曲のラストの部分でドレミの音階の旋律の上昇、下降がくっきりと聴こえてきます。チャイコフスキーあたりだともろにこの旋律が聴こえてきますが、ベルリオーズの管弦楽法が見事なのか今までオーケストラ演奏では殆ど気がつかなかった部分がピアノではくっきりと浮かび上がります。

 第3楽章「野の情景」は速めのテンポですっきりとまとまってはいるものの、少々全体に淡々としていて物足りなさを感じさせます。まあ、これはリストの編曲に起因するところなので致し方のない部分なんでしょう。第4楽章「断頭台への行進」は非常に迫力のある音楽作りが聴けます。速めのテンポでグイグイと音楽が進み緊張感を一貫して維持しています。この曲の初演のときにもこの第4楽章がアンコールされたということですから、この曲のクライマックスの部分なのでしょう。豊僥な音の洪水を見事に交通整理して楽々と弾ききっています。第5楽章「サバトの夜の夢」では色々なフレーズがこれでもかというくらい絡み合ってくる様が非常にはっきりと判ります。キリリとしたテンポの中にリスト的な華麗さは非常によく表現されていますが、個人的にはもう少し重量感が欲しいところです。というのも鐘の音の響きがいかにも軽く不気味さが感じられません。もともと、この部分はオーケストレーションの中でもピアノが仕様が指定されているところでオクターブ低い和音をならすように指示があるのですが、リストは全体のバランスを考えてか通常の和音で鳴らしています。しかし、デュシャーブルはこれだけ多彩な音を良く2手で響かせているものです。なかなかこれだけの演奏は聴けないのではないかと思います。今後は彼の演奏は実演では聴けないのですから、ぜひともベートーヴェンを弾ききったカツァリスあたりが後を引き継いで録音してほしいものです。

 他の演奏のCDはこの曲だけというものが多いのですが、ここでは余白にお得意のリストの作品が収録されています。最初は「村の居酒屋の踊り」。のだめカンタービレでは酔った千秋のイメージの曲として登場していましたが、ここでもデュシャーブルはなんともいえないテンポの揺れと振幅のあるダイナミックな表現でこの陶酔状態がうまく表現されています。次の「コンソレーション第3番」はさざ波のようなメロディーがゆったりと語りかけてくるようで、「慰め」というタイトルがぴったりです。当時濃いをしていたリストの心情がもろに伝わってきます。「鬼火」はややおとなしめの演奏で鬼気迫る異様な雰囲気はありません。これはちょっと期待はずれかもしれません。そういう意味では「ラ・カンパネラ」もやや軽めの演奏で、フジ子ヘミングのような研ぎすまされた響きはここでは感じられません。なんか余裕しゃくしゃくの演奏で軽くこの曲をあしらっているような演奏です。まあ、それはテクニックがあることの裏返しかもしれませんが・・・

 最後は「愛の夢第3番」です。コンソレーションにも通ずる表現ですが、ややスケール感がなく、どことなくせせこましさを感じてしまいます。録音年月日からするとどうもバラバラに録られているようでこの曲なんかはピアノの音の伸びが感じられません。そういう意味では損をしているテイクなのかもしれませんね。
 まあ、どちらかといえばメインは幻想交響曲なのですから、後はアンコールピースとして聴けば良いのではないでしょうか。ともかく、一度は耳にしておきたいピアノ版の幻想交響曲です。