猿が啼くとき人が死ぬ | geezenstacの森

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猿が啼くとき人が死ぬ

著者 西村京太郎
出版 新潮社 新潮ノベルス

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 この奇妙な話だった。雑誌記者広川が殺されたとき、彼の部屋でなぜか猿の啼き声がしたという。最近彼は何かを嗅ぎつけ、日光まで取材に出掛けていた。そこで十津川も、特急けごん13号に飛び乗った。やがて事件の核心が見えてきた。不動産会社幹部が死亡した五年前のビジネス機墜落事故。残虐な策謀と熾烈な派閥抗争が隠されていた。冷酷な組織犯罪の罠に十津川も震撼した。長編ミステリー。---データベース---
 
 小説新潮1995年10月号~1996年2月号・7月号及び8月号に発表された小説です。途中間が空いていることが関係しているのでしょうか、結末はやや異質な展開のまま終わります。

 最初、都内マンションの一室で若い男女の変死体が発見されます。旅行雑誌記者広川は睡眠薬による自殺、その上に覆い被さるように死んでいた女は出血多量による、これも自殺とおもわれました、しかし、男と死んでいた女との接点はあまりありません。どうやら心中を偽装した殺人事件のようです。同じマンションの住人の証言によれば、前夜、その部屋から猿―しかも野生の猿の啼き叫ぶ声が響き渡ったといいます。記者らしく、机の上には男の書いた原稿と思われる「猿軍団観察記」が残されていました。

 物証に乏しい事件ですが、日光が関係していると考え十津川警部と亀さんは日光へ向かいます。ここで、列車が登場するのでお得意のトラベルミステリーものだろうと勝手に想像しますが列車の登場はここだけで、話は全く別の方向へ進んでいきます。猿の啼き声から山奥での事件が関連しているのではと考え、近辺で起きていた5年前の航空機の墜落事件がクローズアップされてきます。

 スケールの大きいストーリー展開で、そういう意味では面白いし、最終的には企業ぐるみの犯罪というものが浮き彫りにされてきます。昨年は食に絡む企業の偽装事件が相次ぎましたから、現実にも起こりえるテーマということでよけい興味を持って読むことになりました。

 しかし、浮かんできた航空機事故はいかにもこじつけがましい設定で、権威のあるはずの事故調査委員会の報告が嘘であったというとんでもない事実を含んでいる展開になるのですから奇妙なことです。しかし、こういうことにはおかまいなしで事件が進んでいくのでリアリティがありません。この5年前の航空機事故はパイロットの操縦ミスという結論なのですが、そもそも、その墜落が爆破によるものらしいことは分かってくるのでこの事故調査委員会は誠に権威の無いものだということが露呈してしまいます。なにしろ、爆発物の痕跡を発見出来なかったわけですからね。あまりにも事件の設定がいい加減すぎます。それは、この事故で死んだ会社は自社にも自家用ヘリを持っているにもかかわらずチャーター機を使っていて事故を起こすのですから訳が分かりません。さらには、事件当時自社のヘリも現場に行っているという無茶苦茶な設定で、そのことに警察をはじめ地元の人も気がついていないという流れです。5年前の事故は警察も即座に動かなかったと言う杜撰な設定なのです。こういう事件ですから、今回の殺人は起こるべくして起こったといえます。

 とっかかりがいまいちな事件ですが、その後の展開は快調で、十津川班の刑事もちゃんと仕事をしていますからストーリーにのめり込めます。そして、不審な人物が次々と浮上してきます。飛行機がらみということで元自衛隊の隊員が登場し、彼らがダーテイな部分を請け負っていたことが明らかになってきます。そうした手がかりを掴んでからの展開はさすが十津川警部と思わせます。

 持ち駒をすべて登場させている点も見逃せません。ちょい役程度の登場ですが、私立探偵となった橋本もきっちり登場しますし、着実に事件の核心に迫っていきます。ところが、執筆が中断したことでストーリーの流れがごろっと代わってしまいます。最後の決着の前のミスは感心しません。ここさえきっちり抑えておけば最後の展開はあっさり解決したものを、せっかく容疑者を確保し仲間割れのお膳立てを作っておきながら、尾行をつけずに釈放するんですから・・・

 まあ、一応は予想外の展開で多少なりとも面白さはありますが、事件は最後の一ページであっけなく終わってしまいます。少々歯切れの悪い展開です。猿の啼き声で始まり、猿の鳴き声で終わるというこじつけのような結末ですが、それはそれで良しとしましょう。