オレ・シュミットのボロディン
曲目/ボロディン:
1.歌劇『イーゴリ公』序曲 11:00
2.歌劇『イーゴリ公』~ ダッタン人の踊り 14:09
3.歌劇『イーゴリ公』~ ダッタン人の行進 5:20
4.交響詩『中央アジアの草原にて』 7:23
交響曲第2番ロ短調 op.5
5.第1楽章 Allegro 7:03
6.第2楽章 Scherzo; Prestissimo 5:19
7.第3楽章 Andante 7:49
8.第4楽章 Finale; Allegro 7:06
指揮/オレ・シュミット
演奏/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
演奏/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1996年
membran 222197-444

こてこてクラシックの問題用の音源を探していてこんなのがあったのを思い出し、久しぶりに聴いてみました。問題にはこのCDの「中央アジアの草原にて」の一部を使ったのですが、けっこう選曲のいい一枚なので取り上げることにしました。ボロディンの曲だけを集めたCDというのはありそうでなかなかありません。
オレ・シュミットについては名前だけは70年代にトリオからニールセンの交響曲全集のレコードを出していたので知っていたのですが、実際に聴くのは初めてでした。1928年コペンハーゲンに生まれたデンマークの指揮者です。 アルベール・ウォルフやクーベリック、チェリビダッケに指揮法をみっちり学んだというから当盤のつぼを押さえた演奏も納得できます。コペンハーゲン国立歌劇場、ハンブルクフィル、デンマーク放送響等で活躍し、イギリスのオケへの客演も多い人です。また、作曲家としてもかなりの作品を作曲しています。

これはロイヤルフィルコレクションに録音した音源のライセンスものとしてMEMBRANから発売されたもので本家本元からはSACD盤が出ていますので音はいいのでしょう。ボロディンのオペラといえば「イーゴリ公」ですが、一般にオーケストラ作品として演奏されるのはその中から「ダッタン人の踊り」の部分でしょう。ここでは珍しく、「序曲」と「行進曲」もあわせて収録されています。ただ、「ダッタン人の踊り」は通常は合唱を伴う形で演奏されますが、ここでは純粋にオーケストラの演奏だけが収録されています。
曲想に対してオーケストラの音色が明るいので地元ロシアオケのようなゴツゴツとした重量感のある演奏には及ばないものの、オーケストラの確かな技量に支えられ結構緻密な演奏を聴くことが出来ます。オペラ全曲ものでなければ滅多に聴くことの出来ない「序曲」は「ダッタン人の踊り」しか知らない人にとってはまた別の音楽のように感じるのではないでしょうか。もともとこの序曲ポロディン自身の作曲ではなく、彼の死後グラズノフが生前ボロディンが演奏したものを暗譜していたメロディーや残された草稿に基づいて作曲したといわれています。ですからオペラの総花的なメロディの宝庫といってもいい作品なのですが、グラズノフ印ということで演奏されないようですね。取り立てて特徴のある演奏ではありませんが、きびきびとした演奏で好感は持てます。
さて「ダツタン人の踊り」も演奏自体は手堅いもので曲を聴くには申し分無いのですが、合唱が伴わないとやはりクリープの無いコーヒーみたいなもんでやや味気無さがあります。ただこの演奏で意表をつかれるのは序奏の部分と次の娘たちの踊りの部分に間があり過ぎで一瞬曲が途中で終わってしまったのではないかという不安になります。また途中でテンポがかなり速くなりやや駆け足で音楽が流れていってしまうところは残念です。この曲については名演奏がゴロゴロしているのでやや物足りなさを感じるところではあります。
「行進曲」は華やかな打楽器と金管とに裏打ちされ、しっかりと地に足のついた、ドラマチックな演奏を聴かせてくれます。
オーケストラとの相性でいえば「中央アジアの草原にて」が一番しっくりとした演奏といえるのではないでしょうか。この曲楽譜の扉には、次のように書かれています。
見渡すかぎり広々とひろがる中央アジアの草原を穏やかな ロシアの歌が不思議な響きを伝えてくる。 遠くから馬と らくだの あがきに混じって東洋風の旋律が響きだたよう。 アジア人の隊商が近づく。 彼らは ロシア兵に護衛されながら 果てしない砂漠の道を安らかに進む。 近くなり、やがて遠ざかって ロシア人の歌と アジア人の旋律が重なり、不思議な ハーモニーをつくる。その こだまは次第に草原の空へ消えてゆく。
見渡すかぎり広々とひろがる中央アジアの草原を穏やかな ロシアの歌が不思議な響きを伝えてくる。 遠くから馬と らくだの あがきに混じって東洋風の旋律が響きだたよう。 アジア人の隊商が近づく。 彼らは ロシア兵に護衛されながら 果てしない砂漠の道を安らかに進む。 近くなり、やがて遠ざかって ロシア人の歌と アジア人の旋律が重なり、不思議な ハーモニーをつくる。その こだまは次第に草原の空へ消えてゆく。

曲はこの記述の通り、まずロシア的旋律が出て、その後装飾音付きの三連音を含んだ東洋的旋律へ、そして最後に両者が一緒になった複旋律的なハーモニーとなり、しかもそれらが小さな音から大きく盛り上がって消えて行きますが、壮大なの草原と目の前を通り過ぎるラクダの隊商の動きなどの情景が鮮やかに思い描かれていて、眼前にまさに絵画の世界が広がります。オーレ・シュミットの指揮は バランスのとれたオーケストラの響きで、もともとのタイトルである交響的絵画という風情がよく描写されている演奏になっています。ここでは楽譜指定のテンポ92よりは若干遅い演奏でそれだけ幻想的な雰囲気がよく現れています。レコード時代は昼間部の盛り上がる部分がいかにも不自然なバランスでそこだけつないであるという演奏が多かったのですが、CD時代になってそういう不自然さはなくなりましたし、この録音は自然のバランスでむやみにばりばり鳴らすというようなことも無いので気に入っています。
最後はポロディンの交響曲の中では一番ポピュラーな第2番が収録されています。この曲はアンセルメの指揮で長らく親しんだものですが、スイス・ロマンドの演奏はやや細身のサウンドであったし、次に聴いたチェクナボリアンの演奏もオーケストラのせいかややおとなしい演奏であったこともあって、この演奏に接してその野性味あふれる曲想に初めて聴く新鮮な感じがしました。やはりその勇壮な主題の第1楽章が印象的で、このテーマの演奏の仕方でこの曲のイメージは変わってしまいます。もともと、ボロディンはイーゴリ公のために用意していた素材のいくつかをこの曲に転用しているようで非常にドラマチックな作品になっています。自身も作曲家であるシュミットはその劇性の部分をうまく引っ張りだして非常に雄弁な語り口でこの曲をとらえることに成功しています。
そのドラマチックな表上付けは特に第3楽章で成功しています。パープで開始されるアンダンテの楽章ですが、中身は非常に美しいメロディの宝庫で幻想的であると同時にロマンティックでまるでオペラの一場面を見ているような気持ちになります。どことなく雰囲気的には先の「中央アジアの草原にて」のような牧歌調な部分も感じられますし、第1楽章の勇壮なテーマも循環方式で使い込まれていますからそういう意味でもバラエティに富んだ楽章です。この楽章が消えいるような形で終わるのに続いて切れ目無く第4楽章に続きます。ロシアの主題に彩られた最終楽章はこれまた華やかな音楽ですが、シュミットの演奏はあまり土着色にこだわらず、どことなく洗練されたサウンドに彩られています。金管ばりばりの演奏ではないので重々しさはありませんが、適度にソフィスティケイトされたこういうサウンドの方がボロディンの作品を普遍性を持って聴くことが出来るのではないでしょうか。
このロイヤルフィルは伝統あるオーケストラですが、その根幹にはどういう音楽にも対応できる柔軟性を併せ持っており、その一面をこの演奏で垣間見ることが出来ます。なを、このCD4枚組で他にはチャイコフスキー、ムソルグスキー、リムスキー、コルサコフ、ハチャトゥリヤンらロシアの作曲家の代表作が収録されていて、いずれもロイヤルフィルの演奏で、このシリーズの中ではなかなかコストパフォーマンスの高いアルパムになっています。