密室航路 | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

密室航路

著者/夏樹静子
出版社/角川書店 角川文庫

イメージ 1


 恋人に会うため高知行の大型フェリー「さんふらわあ号」で東京を離れた総子。だが、順調に航行する船内で惨事が起きた―莫大な資産をもつ会社社長が密室状態の特等室で夥しい血を流し、死体で発見された。警察は自殺と断定したが、事件にまきこまれた彼女の疑惑は深まっていった…。表題作をはじめとして、船、SL、車、飛行機など乗り物にまつわる事件をテーマにした交通ミステリー集の傑作。---データベース---

 昭和50年代前半に雑誌に発表された5つの短編を集め、昭和55年にカッパ・ノベルスから刊行された作品の文庫化されたものです。この角川文庫版は1987年に出版されました。船、鉄道、バス、飛行機といった乗り物を扱った短編を集めた交通ミステリ短編集です。密室もの、アリバイもの、サスペンスもの、人情ものなど、内容はバラエティに富んでいます。推理作家、夏樹静子の実力を感じさせる一冊といえるでしょう。個人的には人物が交錯する中で最後の最後で殺人が成立する「90便緊急待避せよ」が記憶に残ります。ここには5作品が収録されていますが、「逃亡者」は直近で紹介した「夏樹静子のゴールデン12(ダズン)」に収録されていましたので省略します。

◆密室航路

 船を扱った事件では---がありましたが、これも傑作です。恋人に会うために光井総子はカーフェリーの「さんふらわあ号」を利用します。ちょうど総子の前に一組の夫婦が乗り込みます。社長の萩塚喜一郎とその妻ですが、どうも社長の様子は尋常ではありません。フェリーはと知勇紀伊勝浦に寄港し、目的地の高知に向かいます。しかし、ここで事件が起こります。隣の船室の萩塚の妻が声を荒げてドアをたたいています。聞くと買い物に出た隙に夫が鍵をかけて自殺を図ったようなのです。

 連絡を受けた高知海上保安部警備課が乗船してきます。航海上の事件は所轄の県警が事に当たるのではなく、海上保安庁の管轄になるということをこの小説で初めて知りました。状況からすると自殺の可能性が濃厚なのですが、総子にはもう一つ納得することが出来ません。さいわい、彼氏は警察担当の新聞記者です。それは船内での妻の秀代の言動です。どうも夫の喜一郎は鬱病だったらしいのですが、その彼にかける言葉が病人へのそれとは違う言動なのです。

 東京へ戻った総子は関わりのあったこの告別式に出かけます。そこで、秀代と秘書室長がただならぬ関係ではないかと直感します。この男はさんふらわあ号が出航するときにも付いてきていました。この女の勘と秀代の船内での鬱病の夫に投げかけた言葉の端々からある疑惑が浮上します。そして、精神科の医師の話を聞いたり東京へ出てきた彼との会話の中から社長の死は殺人であったとの疑いが濃くなってきます。そして、彼の記者の立場を利用して二人でその秘書室長に会いにいきます。新聞記者が一つの殺人のプロセスの仮説をぶつけると秘書室長は動揺を隠しきれません。

 事件の当事者に近い位置で目撃したOLと新聞記者という組み合わせの活躍が何ともリアルで事件を掘り起こしていく様が見事です。これだけ構成がしっかりしているとやはりドラマにはしやすいのでしょうね。

◆逃亡者

◆バンクーバーの樹林から

 ここでは殺人事件は起きません。事業の拡張のためカナダへ出張する社長とその息子、そして専務が乗った観光用のチャーター車がバンクーバー郊外のグラウス山の樹海にさしかかったところで大きくセンターラインをはみ出した対向車が来ました。運転手は衝突こそ避けたものの車は道からはずれ傾斜地を転がり落ちて横転し岩にぶつかって大破します。

 乗っていたものたちは誰もが負傷していました。なんとか車からはい出しますが、運転主はフロントガラスに頭を突っ込み血だらけで動きません。横に乗っていた社長の息子の洋一は助手席に身を屈めたままでこちらも動きません。やがて漏れたガソリンから出火して室内に火の手が上がります。

 この時、父親の社長でも火の勢いに怖じけずいて身動きできない中、専務の長谷が突然車に取って返し開いていたドアから飛び込んで火に包まれた洋一を引っ張りだし、自分も火に包まれながらも車から転がり出てきます。しかし、既に二人は火に包まれていました。事故はそれ自体偶発的な災難でしたが、この事故で3人の命がなくなります。事故の原因となった対向車はそのまま逃げてしまい、捕まっていません。

 このストーリーは、実はここから始まります。社長の堺は、なぜ専務の長谷が自分の死を顧みずに堺の息子の洋一の救出に立ち向かったのかが心に引っかかります。そして、顧問弁護士にその真相を調査してほしいと依頼するのです。社長の堺と専務の長谷は苦楽をともにした良き友で、二人で今の会社を支えてきました。長谷は苦学生で最初は堺の妻となった恭子と付き合っていました。しかし、世話になった恩義もあり貴美江と結婚します。この貴美江と恭子は女子大のクラスメイトでした。

 こういう近しい関係にあり、一時期はお互いの家が隣同士という環境で生活していた時期もあります。ところがどちらの家庭も最初は子供に恵まれません。長谷の妻の貴美江は子供の出来ない体で、二人は養子をもらって育てていました。一方堺と恭子は、二人とも子供の出来にくい体質ではあったのですが出来ないことも無いという状況でした。弁護士の真田は奏法から話を聞き、長谷と恭子の間に不倫関係があったのではないかという推測は成り立たなくなってきます。血液型もABO方式では解決しないのです。

 ここで登場するのが子宮癌検査のスメアというものです。男の小生には和少々分かりにくいのですが、ここで登場するのはスポイド式のスメア検査です。そして、洋一出生の秘密はここにありました。この検査は隣の貴美江が町内会の世話役をしているときに恭子に届けてくれたものです。この癌検診ははちょうど強固の排卵日と重なっていました。そして、恭子は一ヶ月ご妊娠するのです。真田の調査は終了します。洋一は夫婦の間に出来た一粒種だったと堺へ報告されます。しかし、ストーリーはここで予想もしない展開をします。

 この男と女の機微を最後のどんでん返しで用意する展開は、夏樹作品の真骨頂といってもいいでしょう。一人の女が数日後、バンクーバーの樹海に消えます。

◆結婚しない

 一時期結婚しない女という言葉が流行しました。そして、女性の結婚率が現在もどんどん低下しています。こういう状況を先読みしたようなストーリーがこの一編です。姉妹ともに独身なのですが、姉は特に結婚の意思がありません。その姉が出かけると書き置きをして旅行に出ます。いつ出かけたのかも分かりません。そんな中で、愛知県の小牧警察署から電話がかかります。女性が絞殺死体で発見され所持品から身元確認をしているということです。刑事の話す特徴は姉のそれを指し示しています。名古屋には叔母夫婦がいるので、姉はちょくちょく出かけていました。

 今は県営名古屋空港になっていますが、名古屋空港は国際空港でありながら自衛隊の小牧基地と滑走路を共有していることもあって「小牧空港」という呼称も通用していました。この小説でも名古屋空港と小牧の空港と2種類の記述が出てきます。

 取る物も取り敢えず、妹の沢田充子は小牧警察署へ向かいます。死亡推定時刻は、土曜日の夜7次時から9時の間という鑑識の結果です。福岡から名古屋への最終便は午後8時に名古屋に着きます。姉は名古屋に着いてすぐに殺されたことになります。警察の調べでは姉の吉美は金曜日の最終便に登場した記録が残っていました。そして、解剖の結果姉は妊娠3ヶ月だったことが分かります。

 姉を荼毘に付し充子は月曜の夕方の瓶で福岡に戻ってきます。二人の住んでいたアパートに戻り一段落すると三和土に散らばっていた新聞を拾い上げます。そこには金曜日の夕刊が含まれていました。そして、外側におかれていた宅配の牛乳は土曜日と月曜日に配達されたものが残っていました。几帳面な姉は家にいる限りこんな置き忘れはしないのです。ということは姉は土曜日ではなく金曜日には出かけていたことになります。行きつけのスナックで訪ねると確かに金曜日の午後5時頃男と立ち話をしていたのを目撃されています。そして、男は姉の付き合っていた加藤ということが分かります。

 アパートに戻ると小牧警察署の八杉刑事が立っていました。刑事は吉美の部屋の点検に当たります。その上で充子に話を聞きました。刑事によると姉は金曜日の昼休みに航空券を買っています。そして、その後の足取りで土曜の夕方大濠公園から姉とおぼしき女性がタクシーを拾ったことが分かります。その場所は加藤のマンションの近くでした。タクシーの運転手は彼女の特徴をよく覚えていて右手に腕時計をしていたことまで記憶していました。しかし、姉の腕と径は呼称していて充子がそれを預かっていたのです。

 これも最後のどんでん返しが見事な作品です。そして、充子と八杉刑事の連係プレーで見事犯人の周辺に迫ります。

◆90便緊急待避せよ

 短編とはいえ、中編のスケールを持った傑作です。緻密なストーリー構成で、90便に乗った関係者の複雑な人間模様を縦縞に物語が進みます。最初、米子空港発羽田行きの太平洋航空の90便が名古屋上空をすぎたあたりでスチュワーデスの動きが慌ただしくなり、コックピットに消えます。しばらくして機長が東京付近で地震があり羽田、成田ともに閉鎖されたので大島空港に緊急退避になったことを告げます。

 90便は緊急着陸をしますが、すぐには乗客は降りることが出来ません。まるでハイジャックされた状況です。そうなんです。90便には脅迫状があり、ハイジャックされていたのです。しかし、指示にしたがって大島空港に着陸はしたものの
その後犯人から連絡はありません。警察は未遂事件として全員を取り調べます。そして、挙動不審の人物に尾行をつけて監視します。

 実はここまでは序章にすぎません。本当の事件はここから起こります。警察のマークした人間は尾行を気にしながら日々の行動をしています。精神・神経科病院を経営している郷田直一は一番怪しい人間です。彼は現在独身ですが、2年前に別れた妻の治子も同じ90便に乗っていたことが分かります。そして、もう一人直前の行動に不審な点が認められる由木優、事件当日の搭乗前の行動が不審だった佐川敏勝、そしてもう一人、東京到着後の行き先が不明確な加藤里砂が対象となっていました。ストーリーはこれらの人物の尾行の様子を逐一克明に追跡していきます。

 その尾行を通じて本当の事件が徐々に浮かび上がり姿を現してきます。このパズルを解くような快感がこのストーリーのの後半に待っています。そして、いつものあっと驚くどんでん返し。これはもう読むっきゃありません。