
大阪で会社員の男性が、水上温泉で美貌の人妻が同じ日に刺殺された。死体に残された凶器の出刃包丁が同じメーカー製で、男女の身元がともに横浜だったことが二つの事件を結んだ。捜査線上に次々浮かぶ容疑者。だが彼らには鉄壁のアリバイが。浦上伸介が時刻表を駆使しアリバイトリックに挑む傑作長編推理。---データベース---
この作品は長野新幹線が開通する直前の1997年に発表されており、そういう意味ではノスタルジックな作品になっています。舞台となる水上は本来は上越新幹線のルート上にあるのですが、高崎までは並行して走っているので小説の中でも、これらのJR各線が縦横に登場します。
この作品は長野新幹線が開通する直前の1997年に発表されており、そういう意味ではノスタルジックな作品になっています。舞台となる水上は本来は上越新幹線のルート上にあるのですが、高崎までは並行して走っているので小説の中でも、これらのJR各線が縦横に登場します。
序章として関東地方を襲った台風でホテルのコテージが土砂崩れに巻き込まれる事件が発生します。宿泊客は無事でしたがホテルの従業員が一人死んでしまいます。全く関係のないと思われたこのエピソードがストーリー後半になって重要な事件として浮上してきます。それまでは、全く忘れてしまっています。作者の組み立ての巧さでしょう。このエピソードが無ければ事件はぷっつりと糸が切れてしまうからです。
事件としての発見は大阪の会社員の刺殺事件の方が先なのですが、同日に水上温泉でも人妻が殺されています。凶器はどちらも刃渡り17㎝の出刃包丁。そして。殺された二人は友に横浜の人間であったことが分かってきます。こういう展開故に事件は自ずと浦上伸介の登場となります。最も、今回は細波編集長のひらめきによる事件取材という形になっています。
当然前野美保も絡み、二人は事件の検討のために毎朝日報の谷田に合流します。まずは二つの葬式からの取材となるのですが警察からは取材自粛の依頼が出ます。当事者からは何の話も聴けませんが葬儀の参列者とおぼしき女性からのこぼれ話を耳にします。それによると殺された人妻の滝沢綾子の夫婦仲は良くなかったのです。夫との年齢差もあるのでしょうが妻は浮気の噂が絶えませんでした。そして、この女のキャッシュカードを大阪で殺された植田隆英が使っているのが防犯カメラに写っていました。
二人の関係から、事件の解決は不倫に関係している関係者に絞られます浦上と美保もこの線で取材に飛び回り、事件の裏を取っていきます。こういう展開ならそこら辺にある不倫事件と言うことで片がついてしまいそうです。ところが、本星と思われていた滝沢綾子の夫は逮捕直前のタイミングで自殺してしまいます。状況証拠は確かに自殺なので、司法解剖にも回されません。これで被疑者死亡で事件は収束かと思われていたところからがらりと風向きが変わります。
ここで、先の序章の事件が浮上してきます。この事件が絡むことでそれまで表面には出ていなかった男が浮上してきます。そこからは浦上伸介と毎朝日報の谷田実憲がスクープを求めて八面六臂の活躍で先行取材を続けます。
確かに、スクープものの展開ですが、その影に警察の捜査の影が全く見えないというのも不思議な感じがします。本来なら、死亡した滝沢周造の新編調査をしていれば警察では把握出来そうな人物なのです。そして、例によって取材で得た容疑者の証拠の指紋を淡路警部に御忠信しするのですが、ここからの警察の動きも鈍いものです。本来ならこれで任意同行ということになるのでしょうが神奈川県警はそこまで踏み込めません。指紋が一致しても裏が取れていないのでしょうか。浦上伸介たちは紅葉の件も既に解明しているのに警察は動いていないということになります。いつもなら警察の動きと浦上たちの動きがいいあんばいで連携して事件が解決していくところなのにここではね警察の左右差はストップしたままで、浦上と美保のアリバイ崩しだけが先行して行きます。
水上での裏付け捜査も浦上たちが動いているだけで一向に警察の影が見えないのも片手落ちです。トリックの解明は何時ものように裏をかいたどんでん返しが用意されてはいますが、真犯人の逮捕はそれ以前にも可能な展開で結末はやや拍子抜けしてしまいます。
犯人の遺留品の文庫本とイロハ紅葉の小枝が決定的証拠のはずが、その照合すら行なえないとは何とも歯痒い展開です。