ムーティのロマンティック
クラシック・イン12
曲目
交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」(ノヴァーク版)
1.第1楽章 : 運動的に、しかし速すぎずに20:09
2.第楽章:アンダンテ・クワジ・アレグレット 16:00
3.第3楽章:スケルツォ(動きをもって) 10:41
4.第4楽章:フィナーレ(動きをもって、しかし速すぎないように) 23:04
5.ワーグナー/歌劇「ローエングリーン」より 第三幕への前奏曲* 2:56
指揮/リッカルド・ムーティ
クラウス・テンシュテット*
演奏/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
録音/1985/09/04-07 ダーレム教会、ベルリン
E:ネヴィル・ボウリング、スチュアート・エルサム*
1983/4/16,17 ダーレム教会、ベルリン
P:ジョン・モードラー、ジョン・フレイザー*E:ネヴィル・ボウリング、スチュアート・エルサム*
EMI 小学館 SGK-91105

このムーティの「ロマンティック」は発売当時某評論家がベタホメした演奏ということで話題になり、その後廃盤になった時にはプレミアがついて高値で取引されたという曰く付きの演奏です。確かに、1987年に発売された音楽之友社の「新編名曲名盤500」ではその評論家だけがこのムーティの演奏をベストワンに取り上げています。その後に出版された同種の雑誌では、この評論家が外されているのでムーティの録音はベスト盤の片隅にもありません。
そういう評価があったことで巷では好悪入り乱れた意見が飛び交っていますが、なかなかどうしてけっこう洒落た演奏です。どちらかというとすっきり系の演奏でブルックナーの仰々しい重たい演奏とは対極のムーティのいつものスタイリッシュでスマートな演奏に仕上がっています。何よりも、ビックリさせられるのはEMIの録音にしては録音会場のせいか低域が思ったよりも豊かに収録されていてブルックナーのサウンドには相応しい仕上がりになっています。ここではスッキリと切れ味のいい解釈が、オケの機能的な巧さと相俟って、とてもわかりやすい音楽を創っているように感じます。基本的にはノヴァーク版を使っているようですが、ベルリンフィルはどうも独自のスコアを所有しているようでカラヤン、テンシュテットも基本的には同じスコアによる演奏のようです。
第1楽章から、幻想的な雰囲気とともにベルリンフィルの音がクリーミーに響きます。いつものがっしりとしたベルリンフィルの音とはやや違うと思うほど柔らかくまろやかな音で、豊かな低弦の響きが思わず耳を疑います。教会録音のせいでもあるのか、残響を意識してムーティのテンポはややゆっくり目でそれがプラスに作用しています。その中でも、盛り上がるところはしっかりアッチェランドをかけ、静かなところではテンポをより落としてゆったりと音楽を運んでいきます。しかも細部の彫琢は見事なもので、オケの完璧なアンサンブルに支えられて見事な音の大パノラマを描き出しています。一瞬ウィーンフィルの音と聴き間違えるシルキーな弦のサウンドにビックリします。これほどベルリン・フィルの弦が美しい演奏はそうはないのではないでしょうか。。EMIの録音スタッフはモードラーとボウリングですからこれはやはり録音会場のセッティングが良かったのでしょう。コーダのホルンの咆哮も全体のバランスの中で抑制の利いた響きでほれぼれします。
アンダンテの第2楽章は一転、静寂そのものです。森に瞑想するような深遠な演奏です。じっくりとカンタービレさせたフレージングでチェロの音が心地よく広がります。アーティキュレーションも的確で、音楽が美しく息づいています。全体的に弱音の世界ですが、各楽器のアクセントをきっちりと付けた演奏でディティールは明確です。ですから、ヴァイオリンからフルート、オーボエ、ホルンへと旋律が受け渡されてゆくところなどはベルリンフィルの緻密なアンサンブルとソロが最高の美しさで楽しめます。残念なのはこの楽章だけややハム音が耳につくことです。俗に言う録音ノイズですね。聞き耳を立てるとチェロとコントラバスが入ってくるところでこのノイズが顕著になります。やはり、いつもよりこの部分の音を拾っているからなのでしょうか。
第3楽章は狩りのスケルツォです。快活な音楽ですが、ムーティはここでも押さえたテンポでホールトーンを巧く利用してオーケストラを鳴らしています。ただ、冒頭の全奏の前のテープの編集が雑で音が解け合っていないのでやや違和感を覚えます。ここはやはり通しのテイクで滑らかさを残してほしかったと思います。3連符が続く金管のアンサンブルは均整の取れた響きで、ときおりの咆吼が美しいアクセントを醸し出しています。各楽器が実によく融け合った録音で全体にシルキートーンが美しく響きます。
終楽章もブルックナーの指示に従った速過ぎないテンポが壮大なフィナーレを形作っています。しかし、決してカラヤンのように大パワーで押し切るといった無理なクライマックスを作ってはいません。どちらかというと抑制の利いたフォルティシモです。あくまで、バランス時雄姿でベルリンフィルの美音を優先させています。個人的にはこの方向性は評価出来ます。ベルリン・フィルのオケからここまで柔らかい響き導き出したブルックナーは多分ないのではないでしょうか。これが計算されたものならばムーティの秘められた潜在能力の成せる技でしよう。素晴らしい「ロマンティック」にしあがっています。
ムーティのブルックナーは、このCD以外には6番があっただけでしょうか。ベルリンフィルを相手にこれほどの「ロマンティック」をやるんだから、ぜひとも他のブルックナーも聴いてみたいものです。ムーティは常任だったフィラデルフィアとはブルックナーは録音しませんでした。アバドとの確執でベルリンフィルとは決別していたムーティですが、ラトル時代になってようやく雪解けのようです。2009年の5月にはベルリンフィルに戻ってくるそうですからこの件は期待しても良さそうです。
それはそうと、スカラ座と袂を分かったムーティは2010年からシカゴ交響楽団のシェフになるそうです。フィラデルフィアの次はシカゴですか。うーん、この組み合わせもいいかもね。
おまけみたいに収録されているテンシュテットの「ローエングリーン」もやはり、ダーレム教会での収録です。まあ、これだけ聴いての判断では何ともいえませんが、やはり、同じ傾向の響きがします。ただ、テンシュテットの方が幾分弦が硬質の響きをともなっていて、いつものベルリンフィルの音に近いものがあります。ただ、音はスタッフの違いかいつものEMIサウンドで軽めの仕上がりです。