あしたの貌(かお) | geezenstacの森

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あしたの貌(かお)

著者/夏樹静子
出版/徳間書店 徳間文庫

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 大手印刷会社の秘書課に勤めるリツ子は、異母姉の麻生(あさみ)が雑誌のグラビア撮影で沖縄に行ったまま帰ってこないことが気になっていた。麻生はフリーのスタイリスト。フリーカメラマンの恋人・雪路也に同行しているはずだった。不審に思ったリツ子が編集長に訊ねたところ、麻生は同行していないという。雪の事務所を訪ねたリツ子は、雪と麻生の間に亀裂が生じたことを知る(表題作)。男女の葛藤を描いた傑作集。----データベース---

 夏樹静子の1970年代の作品です。時代の背景を考えながら読むと話題の先進性を感じ、時代に敏感であった作者の感性に今更ながら驚かされます。 本来の意味からするとこれは推理小説には含まれない作品も含んではいますが、そのサスペンスタッチの展開は読んでいてワクワクするものがあります。それにしても、不倫はいつの時代にもあるものなのですなぁ。

◆あしたの貌(かお)

 顔ではなく貌(かお)という表現に作者の真意を感じます。夏樹作品にはこの字を使った「見ええない貌」という長編作品もあります。貌という字は角川新字源によると「仮面をかぶったさま」という意味だそうで、この作品の真意が読取れます。この作品のみ殺人事件が起こります。姉は恋人にやじられた事で、整形手術を受けるために妹のリツ子にも真意を告げずに失踪します。この失踪に絡んで恋人の雪が殺されるという殺人事件が起きるので、重要参考人として姉が追求されます。二人は同じアパートに住んでいるのですが、姉の部屋に誰かが進入した痕跡があります。部屋の鍵を持っているのは姉妹とリツ子の不倫相手の編集長、そして姉の恋人の雪でした。雪の持っていた鍵は死体現場からは発見されていません。

 この事件には、雑誌の特約に絡むスパイ事件が絡んでいます。そして、犯人は意外に紅葉かなと頃にいました。登場人物は限られているので犯人はそこそこ見当がつくのですが、共犯関係は予想を見事に裏切られました。肝心の顔を整形した姉がラストの手紙の形でしか登場しないので表題の持つ意味はストレートには伝わってきません。しかし、姉とリツ子の不倫相手を照らし合わせて考えると「貌」の持つ意味が浮かび上がってきます。

◆陰膳

 これは一種のホラー小説です。殺人は起きませんが子供を亡くして殺伐とした夫婦関係にある主婦が、似たような境遇のご近所の夫婦を疑うことからストーリーは始まります。その夫婦は相方をどちらも失踪という形で失い再婚しますがが、更には二人の間に出来た4歳の子供まで失踪という形で行方不明なのです。こんな偶然があるのかしらと疑う心がついつい殺人という形の上に成り立っているのではと調べ回ります。状況証拠はそう疑いたくもなることがあります。夫婦は子供がいなくても幸せに満ちています。二人きりのかけがえの無い時間を守るために・・・夫婦はいつも子供用の食器に陰膳を用意していたのです。

◆遺書二つ

 これも女の姉妹の話です。こちらは姉に決まった人がいたのに婚約者を奪われ、更には不倫の関係という何とも殺伐と下関係の話が展開されます。その姉が癌の宣告で余命幾ばくもない状況なので妹は表面的には献身的に看病します。そして、遂に最後の復讐を決意します。それは。彼氏の妻を自殺に追いやったのは姉だという密告です。作戦は成功したかに見えます。やがて姉が亡くなり遺書が二通残されます。妹へは看病の労をねぎらい幸福な最後を送れたことへの謝辞が綴られていました。しかし、もう一通の彼氏宛の遺書は、その意暴徒の陰謀を見抜いた姉の本心をしたためたものでした。事、此処に至り、姉への復讐のつもりが返り討ちに遇ってしまったのでした。それでも、復讐を遂げた人間はそれだけ堕ちるのだからと妹はほくそ笑みます。

◆ベビー・ホテル

 働く主婦にとって、子供は欲しいけれど少しは解放されたい時間が欲しいものなのでしょうか。その希望を叶えるベビー・ホテルが近所に出来ました。料金はちょっとお高いけれど子供が出来てからは自由な時間がない美由紀はそれを利用して映画に行ったり、ショッピングを楽しんだりしていました。そんなある日、一人の男が目の前に現われます。二度三度とデートを重ねるうちに不倫関係になり、男に溺れていきます。夫にはない何かを求めた結果なのでしょうか。しかし、ある日預けたはずのベビーホテルに子供を迎えにいっても子供がいません。美由紀は焦ります。神隠しに遇ったのでしょうか?火遊びの罰が当たったのでしょうか・・・

 それは、ベビーホテルの陰謀でした。そこの主は美由紀の不倫相手の姉が経営者だったのです。弟のアヴァンチュールに終止符を打つための策略だったのです。今ではベビー・ホテルは当たり前のようになってきましたが、この当時はこういう利用の仕方が本流だったのでしょうか。

◆ひとり旅

 曄子は完璧な妻でした。社長藤としてパートナーを務め、家では二人の子供をしっかり教育して育てています。そんな恵まれた環境に夫は感謝していますが、ある日ホームドクターが、妻には白血病の疑いがあり余命半年かもしれないと告げます。事、此処に至り、妻の我がままを聞き入れ一人旅がしたいという夢を実現させます。それは一週間のフランス旅行でした。自由のみになった彼女の横のシートには彼女より若い愛人が座っていました。こうして彼女は夫の束縛から逃れた自由な時間を彼とともに過ごしたのでした。

 ドクターからは誤診という報告を貰い、夫は嬉々として帰国した妻を迎え、夫婦の絆は以前より深くなります。彼女はドクターに感謝し、次なる旅行に思案します。

 したたかな女の二面性を垣間見るようで読み終わって、じわっと恐怖を感じます。世の中男と女しか居ないのだからこういうことが遇ってもおかしくはないのですが・・・考えさせられる一冊です。