クレンペラーのチャイコフスキー交響曲第5番 | geezenstacの森

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クレンペラーのチャイコフスキー交響曲第5番

 

曲目/チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
1. 第1楽章:アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ 13:46
2. 第2楽章:アンダンテ・カンタービレ、コン・アルクーナ・リチェンツァ 12:14
3. 第3楽章:ワルツ アレグロ・モデラート 6:29
4. 第4楽章:アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ 13:08

 

指揮/オットー・クレンペラー
演奏/フィルハーモニア管弦楽団
録音 1963/01/16-19, 21 キングスウェイ・ホール、ロンドン 
P:ウォルター・レッグ
E:ダグラス・ラーター

 

東芝EMI TOCE13124 英EMI CMS 7 63838
 


 クレンペラーのチャイコフスキーは極めて珍しいレパートリーの部類に入るのではないでしょうか。それでも、彼はEMIにフィルハーモア管弦楽団に交響曲第4-6を録音しています。まあ、EMIの看板スターだったのですから商業主義的に録音させられたのかもしれません。

 

 それでも、彼は以前にチャイコフスキーの作品に対して次のような発言をしていました。
「私がチャイコフスキーを演奏するのは、それが良い音楽だからです。しかし、チャイコフスキーは指揮者のやりたい放題の犠牲になってきました。次第に彼の作品の演奏は、誇張されヒステリックな、全く間違った感情をもたらすものとなり、ついにこの音楽を悪趣味の象徴とするまでになってしまいました。しかし資料にあたって、彼の生涯と実際の楽譜を調べてみれば、彼は自分の心に素直に忠実に書いた真正の作曲家であることが分かるのです。つまり、悪趣味は彼の音楽の中ではなく、それを演奏する人間の中にあるのです。

(「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューより/1935年10月13日)」

 

 そういうスタンスを知ってこの曲を聴くとクレンペラーの意図した事が見えてくるので不思議です。概して、ここではロシア系の指揮者やオーケストラが響かせる金管の大迫力は感じられません。

 

 第1楽章は彼にしては珍しく速めの演奏です。メランコリックな旋律もクレンペラーらしくクールで、旋律線に付けられた強弱は情感の表現に直接結びついていることが多いのですが、これも全体に控えめにしかやっておらず、即物的に淡々と進んでいく演奏です。いつもながら弦の両翼配置で音の掛け合いがくっきりと描き出されているのも聞き物ですが、なにせEMIの録音ということで低域不足で重量感はありません。

 

 第2楽章はクレンペラーにしてはやや情感を持った表現だと思います。冒頭の朗々と響くホルンは秀逸です。ここでも金管の咆哮は押さえられていますが、それとは対照的に木管群の旋律を強調した演奏になっています。とくに、ソロ楽器で奏される主題、中でも、クラリネットの響きは他の演奏では聴かれない独自の響きが聴き取れますし、それに続くオーボエやファゴットの甘美さと哀愁の混ざった旋律もくっきりと浮かび上がり何か自由に吹かせている気がします。こんな味付けのクレンペラーのチャイコフスキーはやはり珍品です。

 

 第3楽章はいつものクレンペラーです。ワルツのリズムはやはり重鈍ですね。この楽章のやや憂いを秘めながらも軽やかなリズム・・・いろいろ形を変えながらも底に流れるリズムはほとんど分断されてしまって雰囲気を感じさせるといった演奏ではありません。しかし、曲の構成をしっかり考えた仕上がりで、「運命」の動機が回帰してくるところなど頗る暗示的で、曲中の変化の要素と同時に終楽章に対する前半3つの楽章の対照が鮮やかです。

 

 第4楽章はクレンペラーの演奏は全く独自のもの。テンポの取り方も異様。この楽章は大きく揺れるテンポによって次第に高揚していく作りなのですが、ここでの演奏は几帳面に音楽を構築していくあまり、熱狂がことごとく無機的な構造物に硬化していく過程のようになっています。金管も鳴るには鳴っているのですがオーケストラサウンドの枠の中で、決して突出していません。おそらくカラヤンの演奏とは対極にある演奏でしょう。

 

 Allegro vivace からも遅く、テンポが上がらないまま、しかもずっとインテンポで突き進んでいきます。重い金管と重いリズム、重戦車で進むが如き長大重厚な演奏でひたすら重い響きです。全休止の後の Modarato assai e molto maestoso からのヒロイックな音楽はクレンペラーにかかると闘争の後の晴れやかな歓喜への転換ではなく、ただの壮大なコーダなのです。この楽譜の指示をも無視したようなインテンポへの固執は、聴いていると途中どうなるかと心配になってくるほどですが、最後には興奮とは異質の重みを感じることも確かです。

 

 

 まあ、こんな感じの演奏ですから好みの別れるところでしょうね。でも、個人的には好きな演奏です。定食に飽きたら、こんなまかない料理もたまにはいいんじゃないでしょうか。でも、この国内盤のCD以前は交響曲第4-6の3曲が2枚組のCDで2,845円で出ていましたが、今回は1枚1,300円で3曲揃えると3,900円という超インフレ価格になっています。こういう騙しには注意しましょう。これだからついつい輸入盤を買ってしまうのですよね。