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さて、いよいよ入院生活も終盤です。


初めて部屋に息子と2人きりにされた時は


・・・・・・。 ど、どないしよ。


今まで子供が苦手で出来る限り避けてきた私には、どう接すればいいのか

ましてや壊れそうなくらい痛々しい新生児をどうあやせばいいのかなんて

到底解るはずもなく、しばらく気まずい空気が流れました。


でもそんな事を言っている暇も無く、目を覚ました息子は

おっぱい→おしっこ→うんち→おしっこ→おっぱい

とまぁ、起きている間中せわしく泣くわけです。


もちろん夜中も数時間おきに起きては授乳。母乳が足りていなければ詰め所にミルクをもらいに行って再度授乳。そしてオムツ換え。


新生児ってこうも燃費が悪いもんかと思うくらい、やたらオムツを交換しなければなりません。

ほんと、不経済。


しかし子供のお世話も徐々にペースが掴めてくると、

必要がない限り眠っている息子を眺めながら 「つまんないなぁ」とつっついてみる余裕すらでてきます。



写真なんかも撮ってみたり。気の毒なほどの薄毛ですが。


そして10日目、退院前の検診です。


ここで問題がなければ、最後の指導を受けて退院が許されます。


1通り、採血や血圧、レントゲンを済ませて久々の内診です。体重はあれだけ食べていたにもかかわらず、予想外にもさらに2.5㌔ほど減っていました。


さすが母乳。かなり栄養もってかれてるみたいです。元の体重まであと3㌔。血圧はまだ少し高め。


あ、ちなみに体型はまだ戻っていないので、産後普通の服を着て帰ろうと思ったら大間違いです。入院時の妊婦用でちょうど良いのです。残念ながら。


最後の内診ではまたもや子宮に大量の血の塊が溜まっていたため、かきだされるハメに。


痛かったら言ってよ?気分悪くない?と何回も親切に聞いてくれてたんですが、


言うほどじゃないか、と我慢していたら終わった後に一気に気分が悪くなり、エレベーターの前でぶっ倒れてしまいました。


部屋に運ばれ、入れ代わり立ち代わり色んな人が心配して見に来てくれて最後までお恥ずかしい。。。


とまぁ色々ありましたが、結果特に大きな問題は無く、自宅生活での説明を受け無事に退院の日になりました。


あんなに入院がイヤやったはずやのに、こんだけ長い間お世話になると、帰るのがすごく寂しくなる。

先生、看護師さん、助産師さん、みんな本当にいい人ばかりで、毎日親切に助けてもらって、感謝してもしきれません。


手術はあんなに(笑)大変でしたが、また次もここで産みたいと不思議と思ってしまう。


最終日は母に迎えにきてもらい、大量の荷物をかかえて惜しみながらの退院となりました。



さあ、やっと外の世界。2週間ぶりの屋外です。


ハルにとっては人生初の屋外。


ちゃっかり無料レンタルのベビーシートをセッティングしたものの、使い方がイマイチ解らず半ば強引にハルをはめこんで帰宅。



初めての外の空気にキョロキョロしっぱなしのハルさんでした。


祝、初 天野家。ようこそ。


産院からも何やらたくさんお土産をもらえます。



ミルクとかも産院で使っていたものをもらえるので、選ぶ手間が省けて助かる。


やっと私も家での生活。と落ち着いたのもつかの間。


この瞬間から本格的な育児の始まりです。


母とは、私が大阪に帰ってからのことを考えて、

私のご飯や洗濯など身の回りの事は面倒見るけど、子供の育児に関しては一切手を出さないと約束してありました。


今までのように、体がしんどいからと言って子供を預ける事も出来ないし、何でも助けてくれる助産師さんもいない。


不安といえば不安ですが、ゆーても子育ての先輩である母が側にいるのでそれだけで心強い。


地元の親友も先輩ママなので、何かあればすぐ質問できるし、なんやかんやで大丈夫そう。


あんなに子供が苦手そうな父もやたら可愛がって抱っことかもしている始末。


とにかく、母子共に慣れるしかない。



次病院にいくのは1週間後のチェックです。






私の行った産院では、初産の帝王切開の場合は術後13日間の入院が基本とされていました。


これけっこうゆっくりなペース。

病院によっては1週間程度で退院というところも少なくはないらしい。今の自分の状態を考えるとゾッとする。


4日目あたりから傷の経過がよければやっと全身を拭いてもらえます。

といってもシャワーはNG。


まだ寝返りに時間がかかるので、看護師さんが上手にバスタオルを使って体を傾け、丁寧に拭いてくれる。


幸い、以前旦那氏に汗拭きシートを買ってきてもらっていたので体はセーフだったが、術後の激痛で脂汗をかきまくった頭皮はさぞオッサンのような香りを放っていたに違い無いと思う。


母や父は毎日欠かさず面会にきてくれて、洗濯物を交換してくれたり、ありがたい事に色々を気遣ってくれる。


とはいえ1人の時間が増えるので、ふと入院費のことが頭をよぎる。


そういえば緊急入院で一番広い個室しか空きが無く、一番高い部屋に入院しているんやった。


高額療養費を申請しているものの、ただでさえ自然分娩より高額なのに、そのうえこんな小さいサイズの私がこんなひろい部屋に1人だなんて、そんな無駄なことはない。


手術前に看護師さんが 「狭い部屋が空いたら移れるし、金額きになる感じだったら遠慮なく声かけてね」 と言ってくれていたことを思い出したところで、また兄ファミリーが両親と一緒に面会によってくれた。


さすが兄妹。思考が一緒なのか 「てゆうか、部屋かなり広いけど、請求こわー」と兄。


気になってるんやから言うなよ、と思った瞬間、父が 「少々高くなってもお金に変えられん大事なものが手に入ったんじゃからええんじゃ。」と一言。


あまりにまともな事を言われたので、空気を読んで 「そーだ、そーだ」とのっかっておきました。


その後早急に狭い部屋に移してもらったのは言うまでもない。


その頃になると母子同室の時間も増え、沐浴指導なども受けさせてもらいます。


相変わらず直接母乳は満足に与えられないので、保護器を使ってみたり、搾乳してみたり。

毎回試行錯誤しながら、母乳とミルクを混合で与えます。


助産師さんの言うとおり4日目あたりからおっぱいはかなり張ってきて、熱を持ってガンダムみたいにガッチガチ。これがまたけっこう痛い。


どうやら母乳はかなり出る体質らしく、乳腺炎にならないよう牛蒡の種を支給されて、毎日おっぱいマッサージにきてくれました。


毎回子供の体重を計りに行って、授乳してはまた体重を計る。尿や便の時間と回数、母乳やミルクの量も全て記入しながら過ごします。


初めての育児は何もかも解らない事だらけで、便が下痢みたいだとか、豚っ鼻みたいな呼吸とか、いちいち心配になって看護師さんに質問してしまう。


もちろん嫌な顔ひとつせず、みなさん親切に詳しく教えてくださって、なんならここで生活したい気になってしまうほど。


やっと勝手がつかめてきたところで、まさかの頭痛発生。


起き上がったら割れそうなくらいの激痛で、しかも目が回る。先生に相談したところ、どうやら麻酔の副作用で、よくあることらしい。


脊髄に注射した際、少し髄液が流れ出ることによって激しい頭痛や吐き気がおこるが、1週間前後ですっかりよくなる人がほとんどだということ。


とはいえ放っておいてはしんどいので、育児は一時中断して3日間点滴再開となりました。


点滴を終えてすっかり頭痛がおさまると、待ちに待ったシャンプー許可。


ヤター!!ウキウキで詰め所にむかうと、1台のシャンプー台が。しかも黒いスポンジ(首の部分のやつ)無しのパターン。


え、めっちゃ首痛いやつ。でもそんなことは言ってられません。

1週間ぶりのシャンプーはまさかのリンスイン。笑  でも、もうどうでもいいんです。そんなこと。


看護師さんはもちろん私の職業を知っているので、ものすごい気を遣ってくれていて、ことあるごとに 「大丈夫?」 と聞いてこられます。


イスを倒して「大丈夫?」 洗って「大丈夫?」 流して「大丈夫?」

もう後半は行動のたび食い気味に 「大丈夫です。」 と返していました。


あーーー、すっきり。


入院生活も落ち着き、不慣れながら育児もこなすようになると、やたらお腹が減るというか、食べる事が一番の楽しみになってきます。


周りの病室は自然分娩のママさん達が続々と退院していき、自分はすっかり病院のお局のようなポジション。

しばらく外も歩けず、病室のベッドと廊下の行き来のみの生活をしていると、3度の食事とおやつの時間しか楽しみが無くなるってなもんです。


はじめは目を疑うほど大量に感じたご飯も、いつしかぺロっといってまうようになってます。


産科の食事は白米の量も大盛り。毎食、肉や魚ががっつりとデザートも。味付けもしっかりしていて、これホンマに病院食ですか?といった感じ。


母乳をあげる以外、ほぼベッドで横になってテレビを見ているのに、きっちり3食この量食べて、帰る頃にはデブまっしぐらでは。と心配になりながらも毎度きっちり完食です。




子供の日にはちゃんとちらし寿司。





体調が落ち着いた頃にはお祝いのフルコースもいただけます。


このあたりで地元の友達もお見舞いに。



色々とお祝いを持ってきてくれました。ありがたやー。


7日目あたりで念願のシャワー許可。予約制のようになっていて、30分刻みでシャワーがあびれます。


それはもう至福の時間。


おそるおそるお腹の傷を見て、傷もなかなやけど、残念な容姿に衝撃を受けます。


あれ、私子供産んだよね?しかもあんな痛い思いして。・・・・・。


10ヶ月子供をお腹に宿してパンパンに伸びきった皮膚は、産み落とした後もおよそ妊娠6ヶ月程度の膨らみ。


がっかりです。


しかも伸びた皮膚が少し縮んで黒ずんでいる。


すっかり出べそになったお臍もすぐに引っ込んではくれず、至極 残念。


妊娠中、最終9.5㌔増えた体重はハルを産んだ後、確か4㌔ほど減っただけ。


もちろん後の5.5㌔はしっかり私につきまとっているわけです。


そんなこんなで入院生活も後半に差し掛かり、術後10日目に診察があります。


それで問題なければ1日早い、11日目(術後12日間)で退院できるとのこと。



いよいよ地面に降り立つことが許可されるのです。。。






さあ術後2日目は、当日(0日目)と次の日(1日目)に比べるとだいぶ勝手がわかってきます。


まだ痛みは健在で相変わらず痛み止めは必要でしたが、少し慣れてくるのもあって頑張って寝返りしようかな。って気にもなってくる。といっても傷は痛過ぎて片側向くのに5分はかかります。


この日はガスが出たかどうかを確認してからようやく尿の管がとれます。これはかなりラクになる。


最後の点滴も午前中で終わるらしい。はぁ、これでやっと人間らしい生活がおくれる。


代わりに鉄剤と収縮剤の内服薬の開始です。収縮剤・・・これがまた痛い。


そしてこの日は、流動食のような食事を卒業し、やっと固形物がでてきます。


久々の献立は、事前に栄養士さんが確認をしにきてくれます。


栄養士さん 「今日のお昼から普通食になるんですが、食べられない物はありますか?量を減らす事もできますが。」


私 「ないです。量も普通通りでお願いします。」  もちろんです。


で、でてきたご飯は、うどんとおにぎり。炭水化物 ON 炭水化物。ありがとう糖質。


いきなりこんな飛ばしていいんですか?と若干ひるみましたが美味しくいただきました。


午後は旦那氏の母と妹、私の兄ファミリーがお見舞いにきてくれました。


GW中ということもあり、2組とも約6時間強もかけてわざわざ出向いてくれて本当に有難い。


お見苦しい姿で申し訳なかったが、久々に色んな話ができて良い気分転換になりました。


ただ旦那氏の家族の話は面白すぎて、術後の傷にはキツイもんがあります。

笑ったらあかん、激痛で死んでしまう、と思えば思うほどこらえきれない。


俗に言う 「笑うところ」 がくるたびに 「あかん、笑ったらお母さん死ぬ」 と頭の中でわけのわからんペナルティを唱えながら平常心を保つ。 


帝王切開の方、術後5日間は関西人との面会はできるだけ控えることをおススメします。笑


面会に合わせてハルも同室に。



生後2日目のハルさん。


もちろんまだ時間は限られていますが、点滴がとれたので始めて授乳に挑戦。


これがまた難しい。友人からもざっくりは聞いていたが、赤ちゃんって普通に産まれて、普通におっぱいを吸って、普通に大きくなるわけではない。


私事ですが、乳頭の形の都合もあって、なかなか直接吸い付けない。3000g以下の赤ちゃんは吸引力も弱く、生まれたてはみんな吸うのも下手くそらしい。


そのてんハルは初めての授乳でけっこうな勢いで喰らいついてくる。ナイスファイト。


でもまだ母になりたての乳首は硬く、どうしてもツルっとすべってしまいます。しかもまだ全然乳が張ってこない。


助産師さん曰く、帝王切開の人は自然分娩の人に比べて、2~3日乳が張るのが遅いので気にしないでいいとの事。


もう、何から何までどんだけ遅れをとってんねん。と情けなくなってくる。


その間にもお腹をすかせたハルはめっちゃ泣くし、母が目の前にいるのに母乳が飲めないもどかしさ。泣いてるハルを見ながらこっちが悲しくなってくる。


でも病院の方達みんなが声を揃えて、「始めはみんなそうだから、気にする事は全くないよ。少々なにがあっても赤ちゃんは大丈夫だし、お母さんも赤ちゃんも段々上手になるから。」と励ましてくれる。


もうほんとに、助産師さんや看護師さんには何度も救われました。


とにかく術後はまず自分の体調を一番に優先し、その合間に育児を学ぶ、といったシステムなので、身体のペースに合わせて子供は詰め所で見てもらい、治療に専念します。


一方トイレのほうというと、管がとれて始めてのトイレはナースコールで看護師さん付き添いのもとでないといけません。なんとも微妙な気分。


でも途中で倒れたりしないように、とのこと。ベッドから起き上がると、予想以上に前かがみで、想像以上にスローペースでないと歩けない。まさに老人さながら。


便器に座るのも傷が痛いのでかなり時間がかかります。膀胱の近くを切っているからか、用を足すとなんだか子宮あたりにキューッと違和感が走り、これは退院後もしばらく続きました。


悪路やら術後の血やらはまだまだおりてきますが、寝たきりでおしもの世話までしてもらうより気持ちは格段に楽になります。


そうこうしているうちに、旦那氏とのお別れの時間。旦那氏の家族と共に大阪に戻る時間です。


私が衰弱している間、ずっと付きっきりで助けてくれていたので、寂しいけれどしばしのお別れ。


また退院の日に来てくれるとのことで涙ながらに見送りました。


夜1人っきりになると、一気に色んな感情が頭を駆け巡ります。


うわ、ひとりぼっちや。もう子供は産まれたのに、私まだなんもできひん。


これからハルをちゃんと育てていけるんやろか。私はちゃんと母になれるんやろか。


産後はホルモンのバランスで、けっこうブルーになるって聞いていたけど、実際ほんまになりました。不安でつぶれそうになるし、驚くほど涙もろくなります。


旦那氏が無事に自宅に着いた事を確認し、その日も助産師さんに励まされながら夜を過ごしました。



術後、麻酔が切れてからは、傷と後腹の激痛との闘いです。


これは体験談を見て覚悟していたので想像通りの激痛。


正直、むっちゃ痛いです。自然分娩の方の陣痛も死ぬ思いかとおもいますが、帝王切開の術後もけっこうなもんやと思います。


ばっさり切られている子宮が収縮する痛み、15cm余り切られたお腹の傷の痛みといったら、そりゃあもう痛いに決まってますが、それより子宮の収縮剤を入れられた時の激痛。まじで勘弁してほしい。

よくみんな耐えるもんや。


術後はかなり頻繁に看護師さんが経過を見にきてくれます。


「大丈夫ー?」「痛み止めいる?」と、それはもう天使さながらです。


ただ定期的な回診では、子宮収縮を促す為に傷口辺りをぐーっと押されます。「痛いよねー、ごめんねー」と優しい言葉をかけながら容赦なく押します。悪魔、悪魔や。


すごくいい人達で大好きやけどこんなやさぐれた私をお許しください。


で、どうやら子宮内に血の塊が溜まっていて、収縮を妨げていたようで、その血をグリグリとかき出されるハメに。けっこう生々しい音。

でもあの魔の手術を体験した直後なので、なんともない。


普段なら採血でも気を失うのに進歩したもんや。母は強し。


その後さらに収縮を助ける為に、傷口の上にでっかい重りみたいな保冷剤を乗せられます。これ、まさに拷問。


このへんからさすがに、収縮に合わせてうぅーっと唸るくらい痛くなり、耐え切れず痛み止め要求。

副作用あるんかなとか、できるだけ痛み止め使わんほうが早く治るんかなとか思って、まぁまぁ我慢してみたけど、どうやらなんの得もないらしい。


また旦那氏が泊まりで付いていてくれましたが、その日は激痛で一切眠れず、そのまま朝になりました。


次の日も激痛は続きます。痛み止め、水分、栄養の点滴を一生入れながら、何回も採血の繰り返し。

まだ尿の管も取れないので寝たきりで、悪露がでるので、おしもの手入れも看護師さんにお任せ。なんか申し訳ない。


両親も毎日お見舞いに来てくれて、部屋にいてくれてます。



父の雑談に、わざわざ呼び寄せられて付き合わされる旦那。笑


この頃、絶飲食が2日も続くと、さすがに喉がカラッカラになって声もかすれてくる。


見てない隙に飲んでもーたろか。と何回よぎったことか。


夜になると看護師さんがうがいをさせてくれて、これはほんまに有難かった。だいぶマシになります。


「明日先生の許可が出たら飲み物がOKになって、昼から食事が出ますよ」


念願の。う、うれしい。



術後の回復にも、合併症予防の為にもずっと同じ体勢は良くないらしく、自慢の腕筋を使ってベッドの柵を持ち、全力で身体の向きを変えてみたりする。幸い、うちの病院は帝王切開の場合、必ず個室で、リクライニングベッドになっている。


でも向きを変えるだけで数分かかります。ツライ。


唯一誇れる腹筋が、今は跡形もなく、起き上がることすらできないとは。屈辱。。。


しかも自然分娩のママさん達は産んだその日から母子同室で既に育児を始めているにもかかわらず、私といったらまだ要介護状態。トイレすら1人でいけないのだ。


そんな私に旦那氏が 「子供、見たいやろ?」と看護師さんに頼んで、部屋に連れてきてくれました。


初めてちゃんとしたご対面。


名前は悠と書いてハルに決めた。


ずーっと前、妊娠中期くらいに旦那がぽろっと言った名前だ。気に入ってそれ以来どんな名前も耳に入らなかった。




うわー。かわいい。この子がハル。


後に母が見せてくれた写真ですが、足がなんとも衝撃でした。



えーーー。むっちゃ足開くー。


これビックリして、母も旦那も「大丈夫なんですか?」と聞いたらしいが、逆子の典型だそう。


骨盤にがっつりお尻がはまり込んで、回れない。なんとも滑稽な状態。


確かにエコーで見るハルはいつもV字バランスの状態だった。こーゆーことか。


それはさておき、カワイイ我が子を抱くと、ほんまに痛みとか吹っ飛ぶんや。


みんな口を揃えて言うけど、噂はどうやら本当やった。



実感ないけど、母さんです。これから共に頑張ろうねぇ。


この日は少し対面して、まだ点滴のため母乳はあげられないので、詰め所にハルを連れて帰ります。


明日から体調を見ながら少しずつ同室の時間を増やしていくらしい。


そして待ちに待った食事。キターーー!!

飲み物は午前中にOKをもらったので、調子こいて旦那さんに白バラコーヒーとアクエリを買ってきてもらい、すでに感動を味わっていました。


絶食後初めてのご飯は、ほぼ重湯に近いお粥です。梅干付き。


これが天にも昇る幸福感。お粥がこんなに美味しいと、生まれて初めて思った。


明日はいよいよ尿の管がとれ、自力でトイレです。


この日も1日激痛と痛み止めを繰り返し、疲れきってやっと夜は少し眠れました。


明日は旦那氏のお休みも最終日。


いよいよ1人の入院生活か。。。


さて、ちょっと時間があいてしまいましたが、いよいよ開腹。の続きです。


始まる前に、会長のおじいちゃん先生も 「初めてのお産だよね、がんばってね、○※×●@・・・」


と励ましに来てくださいました。優しい、ベテランの先生なんですが、正直滑舌が悪くて何て言ってるのかよくわかりません。


「あ、ありがとうございます。がんばります。」と返事はしたものの、それどころじゃあない。


私が頑張るも何も、全部あんたの息子の腕次第だよ。と。


ここからは、今後帝王切開を控えた方達は是非読んで存分にビビッていただきたい。笑



「じゃあ始まりますよー」と頭の上の看護師さんに言われたと同時にビリっとお腹の辺りに違和感が。


というか、痛い、痛いんですけど。


はっきり言って、切られてる感はんぱないです。


いや、でもまさか麻酔が効かないなんてあるはずがない、こんなもんなんやろう。と必死でこらえる。


日課のように携帯で読んだ体験談には、だいたいどの体験にも 「お腹を押されたり、ひっぱられたりする感覚はあるが、痛みは全くなくて何されてるかはわからない」と書いてあった。


え、話が違うんですけど。確かに子宮に近い下のほうはしびれていて、触られているかもわからない感じやけど、上の部分はがっつり痛い。


ビリーっと切られて、グーッってひっぱって広げられている感じ。血がピューって飛んだ感覚さえわかる。


あー、お願い神様、早く終わってくれ。と必死で目をつぶって待つ。


厄年でさえ自力でなんとかなると思っている私がこんな所で神頼み。どれほどの恐怖かお察しいただきたい。


一つ救いなのは、手術室内のみんなが普通の世間話をしているということ。


先生や看護師さんは 「こないだ何号室の○○さんが○○とおっしゃっていて」などとにこやかに会話をしている。不謹慎と感じるかもしれへんけど、これがなんとも有難い。


ここで神妙な面持ちをされていたら、恐怖で失神してしまいそうになる。


とりあえず必死でこらえること数分。。。


「んぎゃぁー」という声とともに 「8時03分、元気な男の子産まれましたよー」と。


出た。やっと出てきた。どうやら母子共に無事らしい。


「はい、お母さん。無事ですよ、ほらすごい元気!」と顔の近くまで坊を連れてきてくれました。


「わー、ほんまや。ありがとうございます。」と蚊の鳴くような声で言うたものの、コンタクトつけてへんから全っ然見えてへん。


しかも痛すぎて子供どころじゃないんで、早く連れてってもらって構わない。

とにかく、とにもかくにも一刻も早くお腹を閉じてもらいたい。


入院する前までは、産まれたら感動するんやろな、とか、出てきた瞬間泣いてまうかも、とか

毎日考えていたけれど、まさかこんな心境になるとは。




はい、撮りますよー。とカメラを向けられ、一応余裕ぶっていますが、コレ失神寸前です。笑


しかも生まれたて怖いし。カンガルーケアをしてくれる病院とかもあるみたいやけど、これええのん?全身ドゥルッドゥルやん。後から見て、息子には申し訳ないが正直 うわって思った。


それにどう考えてもおかしい図。上半身、感動の対面みたいになっとるけど、この写真より下、全開ですから。部分麻酔恐るべし。


さてここからが本当の山場です。

バキュームのようなもので胎盤とかを吸い取っている様子。すごい音します。生々しい。


その上らへんで止血の為お腹につめたタオルを引っ張り出しているらしいが、それがもう、とんでもなく痛い。内臓をひきずられている感じ。。。


私 「ま、まだですか?めっちゃ痛いんですけど」


看護師さん 「もうちょっとでタオル取れるんでそれから縫いますよー頑張ってください」


ひぃー。まだあるん?もうこのとき既に赤ちゃんの事ははっきり言って忘れてます。


もしかしたらちょっとでもラクにしてくれるかも、なんて思い、わざと看護師さんに聞こえるように「ふぅー、ふぅー」と大袈裟に呼吸してみたりするが、やはり励まされるだけ。くそっ。


やっとこさ縫い始めたもののこれがまた長い。子宮、腹膜、皮膚。私の場合縦切りで15cmほど切っているので、けっこうな針数になる。


一針、一針まさに激痛で 「うぅ、うぅ」と呻きながら耐えていると、先生が気付いた様子。


先生 「大丈夫?どうしたの?」


看護師さん 「痛いそうです。」


先生 「え!痛いの?えー、ごめんねー、すぐ痛み止め入れるね」


まじっすか。けっこう序盤から痛かったんですけど。もうどうでもいい。とりあえず今痛みから解放されるなら何でもいいです。


すぐに点滴から痛み止めを入れてもらって、そっからはフーっと意識が遠のいて、ぎりぎり起きてるけど貧血みたいな感じで朦朧とします。


その後縫いおわって、濡れたタオルみたいなもんでお腹、背中まで、身体を横や上に倒されごっしごし拭かれます。いたい、いたい、優しさが全然足りひん。


で全部終わると、せーの、でストレッチャーに乗せられ病室に移動です。


終わったーーー。死ぬときってこんな感じなんかな。

なんかフワーっとして、ゴロゴロひかれるストレッチャーの上でゆらゆらなってる所に、家族や旦那が寄ってきて、「頑張ったな、お疲れ様」と声をかけられる。ドラマで見るありがちなやつ。


そして病室のベッドに移され終了です。手術自体は意外と長かったです。はっきり覚えてへんけど。


このあと家族のところに執刀医からあいさつがあって、「こんなに麻酔が効きにくかったのは初めてで、痛い思いをさせてしまって申し訳ありません。出血も結構多く娘さん頑張られました」

と謝られたそう。笑


どうやら麻酔の効きが弱かったようです、わたし。


母曰く、痛いか痛くないかは本人しか解らんのやし、無事なんやったらわざわざそんな報告いらんのに。と後で言っていました。笑

そんなん言われたら余計心配になると。確かに。


何はともあれ、無事生きて帰れたらしい。


想定2500gやった坊は産まれてきたら2812g。家族が言うには、明日にでも寝返りそうなくらい元気らしい。それは良かった。


帝王切開は子供の体重にかぎらず24時間は保育器に入るということで、私は見られないが旦那氏的に名前もしっくりくる顔つきをしているらしい。


みんなが 「先にうちらだけ見てごめんな」と気遣ってくれるが、けっこうなんてことないです。


1番に抱くのが旦那であろうが、父であろうが、全くの他人でない限り、どーぞどーぞといった感じ。


やっと意識ははっきりしたものの、この時点では寝たきりです。


両足に血栓予防のポンプ、下半身から尿管、片腕に血圧計、指先と胸に心電図、もう片腕に点滴ライン。ともう全身管だらけなわけです。


元々低血圧で、妊娠前上でも80きってた血圧は一時160まで上がり、しかもけっこうな出血量で貧血状態。


はっきり言って憔悴しきってます。


入院前あれだけ執着していた絶食ももう頭の片隅にすらない。


これから帝王切開をする方々に一つ助言できるとしたら、痛い時は痛いと是非声を大にして言っていただきたい。そう、手術前のあの時、麻酔の効果を見るつんつんの時です。


これは完全に私の失態でした。


この日はありがたいことに旦那氏が泊まりこみで付き添ってくれるのでなんとも心強い。


そしてこれからまたしばらく、地獄は続くわけです。。。