術後、麻酔が切れてからは、傷と後腹の激痛との闘いです。
これは体験談を見て覚悟していたので想像通りの激痛。
正直、むっちゃ痛いです。自然分娩の方の陣痛も死ぬ思いかとおもいますが、帝王切開の術後もけっこうなもんやと思います。
ばっさり切られている子宮が収縮する痛み、15cm余り切られたお腹の傷の痛みといったら、そりゃあもう痛いに決まってますが、それより子宮の収縮剤を入れられた時の激痛。まじで勘弁してほしい。
よくみんな耐えるもんや。
術後はかなり頻繁に看護師さんが経過を見にきてくれます。
「大丈夫ー?」「痛み止めいる?」と、それはもう天使さながらです。
ただ定期的な回診では、子宮収縮を促す為に傷口辺りをぐーっと押されます。「痛いよねー、ごめんねー」と優しい言葉をかけながら容赦なく押します。悪魔、悪魔や。
すごくいい人達で大好きやけどこんなやさぐれた私をお許しください。
で、どうやら子宮内に血の塊が溜まっていて、収縮を妨げていたようで、その血をグリグリとかき出されるハメに。けっこう生々しい音。
でもあの魔の手術を体験した直後なので、なんともない。
普段なら採血でも気を失うのに進歩したもんや。母は強し。
その後さらに収縮を助ける為に、傷口の上にでっかい重りみたいな保冷剤を乗せられます。これ、まさに拷問。
このへんからさすがに、収縮に合わせてうぅーっと唸るくらい痛くなり、耐え切れず痛み止め要求。
副作用あるんかなとか、できるだけ痛み止め使わんほうが早く治るんかなとか思って、まぁまぁ我慢してみたけど、どうやらなんの得もないらしい。
また旦那氏が泊まりで付いていてくれましたが、その日は激痛で一切眠れず、そのまま朝になりました。
次の日も激痛は続きます。痛み止め、水分、栄養の点滴を一生入れながら、何回も採血の繰り返し。
まだ尿の管も取れないので寝たきりで、悪露がでるので、おしもの手入れも看護師さんにお任せ。なんか申し訳ない。
両親も毎日お見舞いに来てくれて、部屋にいてくれてます。
この頃、絶飲食が2日も続くと、さすがに喉がカラッカラになって声もかすれてくる。
見てない隙に飲んでもーたろか。と何回よぎったことか。
夜になると看護師さんがうがいをさせてくれて、これはほんまに有難かった。だいぶマシになります。
「明日先生の許可が出たら飲み物がOKになって、昼から食事が出ますよ」
念願の。う、うれしい。
術後の回復にも、合併症予防の為にもずっと同じ体勢は良くないらしく、自慢の腕筋を使ってベッドの柵を持ち、全力で身体の向きを変えてみたりする。幸い、うちの病院は帝王切開の場合、必ず個室で、リクライニングベッドになっている。
でも向きを変えるだけで数分かかります。ツライ。
唯一誇れる腹筋が、今は跡形もなく、起き上がることすらできないとは。屈辱。。。
しかも自然分娩のママさん達は産んだその日から母子同室で既に育児を始めているにもかかわらず、私といったらまだ要介護状態。トイレすら1人でいけないのだ。
そんな私に旦那氏が 「子供、見たいやろ?」と看護師さんに頼んで、部屋に連れてきてくれました。
初めてちゃんとしたご対面。
名前は悠と書いてハルに決めた。
ずーっと前、妊娠中期くらいに旦那がぽろっと言った名前だ。気に入ってそれ以来どんな名前も耳に入らなかった。
うわー。かわいい。この子がハル。
後に母が見せてくれた写真ですが、足がなんとも衝撃でした。
これビックリして、母も旦那も「大丈夫なんですか?」と聞いたらしいが、逆子の典型だそう。
骨盤にがっつりお尻がはまり込んで、回れない。なんとも滑稽な状態。
確かにエコーで見るハルはいつもV字バランスの状態だった。こーゆーことか。
それはさておき、カワイイ我が子を抱くと、ほんまに痛みとか吹っ飛ぶんや。
みんな口を揃えて言うけど、噂はどうやら本当やった。
この日は少し対面して、まだ点滴のため母乳はあげられないので、詰め所にハルを連れて帰ります。
明日から体調を見ながら少しずつ同室の時間を増やしていくらしい。
そして待ちに待った食事。キターーー!!
飲み物は午前中にOKをもらったので、調子こいて旦那さんに白バラコーヒーとアクエリを買ってきてもらい、すでに感動を味わっていました。
絶食後初めてのご飯は、ほぼ重湯に近いお粥です。梅干付き。
これが天にも昇る幸福感。お粥がこんなに美味しいと、生まれて初めて思った。
明日はいよいよ尿の管がとれ、自力でトイレです。
この日も1日激痛と痛み止めを繰り返し、疲れきってやっと夜は少し眠れました。
明日は旦那氏のお休みも最終日。
いよいよ1人の入院生活か。。。



