そよ風に楽しく踊る光景が圧巻な大草原
そこには、馬上の男の口笛がかすかに聞こえる...標高3,000mを超える中国のチベット高原...なんとも平和な世界だ
だがしかし
このヒマラヤ山脈に連なる雄大な地では、チベット仏教と共に生きる人々の焼身抗議が相次いで行われているのです。中国当局の圧政の下で宗教と民族の自由を訴え、自分の命が他者の幸せに繋がることに希望を託し、火柱となるのです。2009年以来、なんと150名もの若者たちが究極の抗議を選択し、大地の藻屑と消え去ってしまったのです。
《焼身自殺をした娘》
遊牧民の家族に生まれたツェリンさんは、数年前、19歳の時に焼身抗議の死を遂げてしまいました。
「悲しくはないんです。娘が自分で決めて思いを遂げたことですから。」
40代の母は数珠を手に涙をそっと拭います。
《娘の夢》
ツェリンさんは子供の頃、遊牧の仕事も好きでしたが勉強が大好きでした。学校では成績優秀で、得意科目はチベット語。人前で話すことやチベット民謡も大の得意でした。そんな彼女の夢は「記者になること」。故郷を離れ夢に向かって歩んでいました。
《2008年の暴動》
北京五輪開幕前の2008年3月、チベット自治区内で宗教の自由を求める僧侶や住民たちの大規模な暴動が起き、治安部隊との衝突で数百人が死亡...
中国政府は武力でこれを鎮圧!
チベット民族にとって観音菩薩の化身であるダライ・ラマ14世を悪魔と呼び、僧侶たちは厳しく監視されます。
その1年後、一人の僧侶が抗議の焼身をし、各地で僧侶や尼僧が続きます。
《自由を求める学生デモ》
2010年、中国当局がチベット語の授業制限を発表すると、言論の自由と権利を求める学生デモが各地で勃発!ツェリンさんも友人たちとデモに参加していました。
「このままではチベット語は消滅し、文化は死に、民族が滅んでしまう。チベットのために何ができるだろう...ただ生きていても意味はない!」
《最後の夜》
ある夜、娘は母に「一緒に寝よう」とせがみ、母娘は布団を並べ朝までおしゃべりしました。
「私は家族にも学校にも恵まれ幸せ!ただ、(巡礼のため)ラサに行ってないのが残念なの...」
翌朝、娘は学校のある街に戻ります。そして数日後、ツェリンがガソリンタンクを手に歩く姿が街角の監視カメラに写っていました...
《サンゴ色の首飾り》
炎となり、何かを叫びながら、ツェリンさんは数十メートル走りました。
「市場で焼身だ~」
騒ぎを聞き駆けつけた親戚は、燃えた体の側に落ちていた髪飾りでそれがツェリンだと知り崩れ落ちます。
ツェリンさんのサンゴ色の首飾りは親戚の家に残されていました。
《母の思い》
「大きな仕事をしたね」
今頃はきっと、転生し指導者になるべく育っていることだろうよ...
「娘の歌声を録音しておけばよかった」
夏の草原で、幼いツェリンが大人を真似て歌っていたあの歌を...
《他者を傷つけない抗議》
なぜ彼らは、最も苦しい抗議方法をとるのでしょうか?
決意を誰に告げることもなく
他者の幸せを祈り
油をかぶって
自らに火を放つ
世界各地でテロが横行する中、チベットの人々が選んだ抵抗手段は、他者を傷つけない究極の非暴力抗議...
ブッダが前世で飢えた虎に自らの体を差し出した物語はチベットの若者たちの間でもよく知られています。利他を目的とした自己犠牲は「菩薩の行い」とされ、チベット仏教ではより高いレベルの人間に転生すると考えられています。
それでも
母の胸には癒えぬ悲しみが残り続けるのです。母にとって娘は、空の向こうにいるのでしょうか。それとも、地上にいるのでしょうか。