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星状神経節ブロックによる精神疾患への挑戦*

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【抄録】
 心的外傷後ストレス障害・不眠性障害・夢不安障害の46歳女性に対し星状神経節ブロックを施行した。
 職場に於いて上司より頭部を殴打される。それ以来、不眠、悪夢、頭痛に悩み、大学病院精神科通院2年、しかし軽快傾向現れず。脳腫瘍を懸念し本院受診。頭部CT上、特記すべき所見なし。肩甲骨周辺の強い凝りより由来する症状と判断し、その部分にトリガーポイント局注施行、奏功する。その後、交感神経過緊張の存在が想定され星状神経節ブロック施行開始。毎日、朝方、経験していた悪夢は消失。しかし不眠、頭痛は完全寛解に至らないまま家族などの反対により星状神経節ブロック25回施行した時点で中止。
 詳細な過程を記載していた唯一の症例であり、ここに報告する。

【key words】stellate ganglion block, post-traumatic stress disorder, insomnia disorders, dream anxiety disorder, sympathicotonia

【はじめに】
 星状神経節ブロックの自律神経失調状態への劇的な効果の認識は未だ低い。少なくとも不安障害レベルは寛解に至らせることは可能である。
 現在、精神分裂症治癒への最短距離にあるものは星状神経節ブロックであるかもしれない。星状神経節ブロックはその劇的な効果により欧米では第二次世界大戦以前は頻繁に行われていたが、欧米ではカテラン針など太く長い注射針を用いていた1)ため事故が時折発生し、報告されているだけでも死亡例が数例発生している。現在、欧米では医療訴訟のためほとんど行われていない。しかし昭和40年代より日本独自に安全で確実な星状神経節ブロックの方法が確立されてきた2~4)。
 筆者は今まで精神的疾患と称されるものは交感神経過緊張に由来するとの考えの下、星状神経節ブロックを用い様々な模索をしてきた。遷延性うつ病・精神分裂病・社会恐怖・心的外傷後ストレス障害などに用いてきた。そしてそれらに奏功した。しかし完全寛解に至ったのは遷延性うつ病に2例有るのみである。他は全て星状神経節ブロックに対する周囲の無理解により途中中止やむなくされた。
 
【症例】
(症例) M;46歳、女性、フリーアルバイター。美人であり、実家は名家であるが、何故か結婚歴無し。
(家族歴)特記すべきものなし。
(生育歴)特記すべきものなし。
(既往歴)甲状腺機能亢進症を15年ほど前、罹患。
(現病歴)2年前より、某大学病院精神科にて、うつ病性障害、心的外傷後ストレス障害、夢不安障害の診断のもと、通院中。

 6月11日(水曜日) 施行0回目
 2年前より某大学病院精神科に通院中。片頭痛と診断された頭痛があり、2年前からの強い不眠も脳に器質的なものが有るのではないかと疑い、本脳神経外科受診。強い不眠のため1年前より仕事も辞めて親元に居る。化粧はほとんどしていない。
「この2日間、眠っていません。脳に何かないでしょうか?」
 頭部CT上、第3脳室がやや拡大傾向にあるが、これは2年間、抗鬱剤と少量ながら抗精神病薬を服薬し続けたためと思われる。他に特記すべき所見なし。
 Mは2年前、会社に於いて上司より頭部を殴打され、それが原因で不眠性障害になったと言う。 兄が九州大学の研究室で若い頃より働いていた縁により、兄の紹介で兄が良く知っている精神科医を紹介してもらう。
 某大学病院精神科に通い始めalprazolam 2.4mg/日 分3、imipramine 75mg/日 分�R、および etizolam 2mg, lovomepromazine 10mg の眠前投与を受け始める。しかし不眠性障害は軽快せず勤めを辞める。朝方、怪物から追いかけられるなどの夢を見続ける。事務・営業の仕事を長年行っていたほどであり、性格は社交的であり、知能指数も知的レベルも高い。
 広背筋の第2第3胸椎に付着する左側の部分が非常に硬くなっている。第2胸椎の左側方 4cm ほどのところ(肩中愈に近い。肩中愈のやや肩外愈寄りである)を強く掴み膨隆として1%procaineを計(10cc)局注する。また両側の激しい肩凝りを訴えるため両側の肩井ブロックを施行(1%procaine (3cc)ずつ局注)。残り(4cc)を左側首肩部に局注。
 この夜は睡眠薬を普段の半量ほど服用してすぐに眠れる。いつもは睡眠薬を服用しても何時間も眠れず、夜の2時頃寝入っていた。

 7月18日(金曜日) 施行1回目
 久しぶりに来院。広背筋の凝りが激しい。最初のときのように広背筋の凝りの激しい部分に 1%procaine を局注してゆく。今回も左側の第2第3胸椎に付着する筋が非常に硬化している。
 前回のときのように第2胸椎の左側方4cm ほどのところを強く掴み膨隆として1% procaineを局注する。前回のときのように注射針がその筋肉を貫き、注射液が筋肉と肺胞上膜の間に入ることを期待していたが、筋肉は注射液で腫れてしまい、単なる筋肉内注射に終わった。しかし右側方ではうまく筋肉を貫き、筋肉は腫れず、注射液は筋肉と肺胞上膜との間に入った。
 そのあとこれでは病気を治癒させるにはおそらく不充分で星状神経節ブロックを受けることを薦める。副腎皮質ホルモン製剤(dexamethasone sodium phosphate)を少量混入し、1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。施行後、強いホルネル兆候が起こる。右側の瞼は下がり、右側の眼球充血強く起こる。

 7月19日(土曜日) 施行2回目
「最近、右側の片頭痛がしていました。でもそれが昨日の喉への注射一回で治りました。」
 dexamethasone sodium phosphate を少量混入し、1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。施行後、強いホルネル兆候が起こる。

 7月22日(火曜日) 施行3回目
 月曜日は祝日であったため、2日開けて施行。dexamethasone sodium phosphate を少量混入し、1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。強いホルネル徴候が起こる。

 7月23日(水曜日) 施行4回目
 dexamethasone sodium phosphate は使用しない方針で行く結論に至る。1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。ホルネル徴候ほとんど起こらず。

 7月24日(木曜日) 施行5回目
「昨日のはあまり効きませんでした。」
 1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。ホルネル徴候ほとんど起こらず。

 7月25日(金曜日) 施行6回目
 1%procaine(10cc)にて右側の星状神経節ブロックを施行。ホルネル徴候ほとんど起こらず。
 
 7月26日(土曜日) 施行7回目
 Mの場合、母親由来の甲状腺肥大があり、星状神経節ブロックは施行し難いが、肥大した甲状腺が反回神経に麻酔薬が流れ込むことを阻止していると思われ、嗄声が起こらない。つまり反回神経の麻痺が起こらないため、両側同時に星状神経節ブロックを施行することができる。そのため今回より両側同時に施行する。右側に2回、左側に1回、合計1%procaine (25cc)使用。
----本日は1%procaine (15cc)局注した右側にホルネル徴候が中等度に起こった。左側にもホルネル徴候、中等度に起こる。
  
 7月28日(月曜日) 施行8回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、左側に中等度起こる。右側にはホルネル徴候ほとんど起こらず。
 
 7月29日(火曜日) 施行9回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、左側に中等度起こる。右側にはホルネル徴候ほとんど起こらず。

 7月30日(水曜日) 施行10回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、左側に中等度起こる。右側にはホルネル徴候ほとんど起こらず。
「2回目、とても効きました。3回目もとても効きました。最初の週のとき、10何回で治ると思いました。でも2週目、あまり効果が感じられないため、先生の言うその例のように、40数回は懸かるだろうと思うようになりました。2回目のときは2日ぐらいボーッとなっていて今日が何日かが解らなかったほどです。」

 7月31日(木曜日) 施行11回目
 本日より27ゲージ・19mmのディスポーサブル針を使い始める。今までは本医院で頻用している26ゲージ・13mmのディスポーサブル針であった。母親からの遺伝という甲状腺機能亢進症を持っていたため甲状腺が肥大している。そのため13mmでは長さが不足であり27ゲージ・19mmの針を使うことにする。
 本日は研究日であったが昼に大学に到着して充分なため、午前中それもなるべく早いうちに星状神経節ブロックをする約束をしていた。Mは今朝筆者が今日は本当は休みであることを受付から聞いていた。8時30分診療開始だが筆者が病院に着いたのは8時40分であった。
 本日はMは非常に多弁である。筆者が本日は研究日で休みであるにも拘わらず出勤してくれたことに感動したらしかった。 
「今日は入っているな、今日のは外れているな、というのが私には解ります。先生の指が私の喉に触れたときにその場所で、今日は効くな、今日はあまり効かないな、というのが解ります。今日のは良く効いています。」
「針が入ってきたとき、そのときに今日は効くな、今日はあまり効かないな、というのが解ります。効く場所に針先が来たかどうか感じで解ります。もっと左か右か、上か下か、合図しましょうか?」
「手帳にその日効いたか、あまり効かなかったか、書いています。」
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施�s。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。

 8月1日(金曜日) 施行12回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「昨日のは良く効きました。今日のは時間が経ってから効いてきました。いつもと違ってだんだんと効いてきました。」
 本日より市役所に於いてアルバイトを始める。
「今日はとても疲れています。昼休み、喉に注射打ってもらいに来ようかと思ったほどです。とても疲れました。」
 本日は口数が少ない。疲れていることが解る。
 
 8月2日(土曜日) 施行13回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「昨夜、2年ぶりに睡眠薬なしで眠れました。2年ぶりです。昨夜、仕事で疲れていたためかもしれません。でも、昨日の注射は良く効きました。」
「今日は友達と自転車で来ました。5時半頃来ました。まっすぐ来ていたら5時15分には来ていました。役所仕事ですから5時ちょうどに終わるのです。」
 
 8月4日(月曜日) 施行14回目
 本日は左側のみに施行。1% procaine(10cc)使用。施行後、良く響いたとOKのサインを出す。「土曜、日曜と余り眠れませんでした。睡眠薬(flunitrazepam)は喉への注射を始めたときから飲んでいません。外の風の音がうるさかったからなのかもしれません。今日も肩の方に響きました。」ホルネル徴候、中等度起こる。
 
 8月5日(火曜日) 施行15回目
「昨夜も薬は少しで眠りました。でも余り眠れませんでした。昼間の薬は飲んでいます。外の風の音がうるさかったから眠れなかったのかもしれません。」
 1%procaine(10cc)ずつ使用し両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。施行後、良く響いたとOKのサインを出す。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「左側は鎖骨の方向に響きました。右側はいつものように肩の方向に響きました。アルバイト先に悪夢を見るという人がいると聞きました。以前の私と同じです。今は私は夢は見ても悪夢は見なくなりました。」
 手の三焦経の流れが悪いと悪夢を見ると本に書いてあったことを説明する。
「肩の方に響くのがその手の経絡に良いのでしょうか?
 それから以前は上の方に、頭の方角に良く響いていましたが今日や昨日は余り響きません。良くなってきたからなのでしょうか?」
「市役所は5時ぴったりになるとみんなそそくさと帰ります。以前の私のいた民間の会社とは大違いで驚いています。」
 眼球充血は充分に起こっている。長さ19mmの注射針に変更して成功している。
 初診時の軽い抑鬱状態は今は全く見受けられない。診察待ちのとき他患と和やかに懇談している。imipramine 75mg/日を2年間投薬されてきたことに納得がゆかない。
 
 8月6日(水曜日) 施行16回目
 明日は大学での研究のため星状神経節ブロックを施行できない。
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「昨日も薬は少しで眠りました。一昨日と違って良く眠れました。」
 食後の薬は服用を続けている。しかし必要と思ったときのみに服用するよう指導する。

 8月8日(金曜日) 施行17回目
「昨日も薬は少しで眠れました。仕事で疲れていたからかもしれません。」
1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。
ホルネル徴候、両側に中等度起こる。

 8月9日(土曜日) 施行18回目
「薬は朝・昼は飲んでいません。朝・昼はほとんど飲んでいません。薬は夜に夕食後、できるだけ時間を空けてから飲むようにしています。その量は昨夜、一昨日と diazepam 2mg, alprazoram 0.4mg, etizolam 0.5mgです。3日前まで、つまり水曜日までは diazepam 4mg, alprazoram 0.8mg, etizolam 1.0mgでした。flunitrazepam は星状神経節ブロックを始めた夜から飲んでいません。
 でも星状神経節ブロックをしなかった一昨日つまり木曜日には良く眠れたのですが昨日は星状神経節ブロックをしたのに良く眠れませんでした。良く考えると友達と1時間30分、夜に電話をしたのでした。」
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。
ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
 何故か、右側へのブロックのときのみ出血がある。
「今日も昨日も右側の方が良く効きました。昨日は左側は少ししか効きませんでした。でも今日は左側もかなり効きましたが右側ほどは効きませんでした。最初の頃は左側が効き、右側はあまり効いていませんでした。」
 施行後、10分間はティッシュペーパーで穿刺部を押さえるようにしている。最初の3分は施行者である筆者が、その後はM自身で。
「今日は左はこのところ(肩甲骨部)に来ました。このところに響いてきたのは始めてです。いつもは左は肩の方に少し響くだけなのに。」
 最初の頃、左側が奏功し、右側は奏功していなかったが、その頃は26ゲージ・13mm の注射針を使用していたことを考えるとMの場合、左側は浅く局注を行った方が良いように思われる。

 8月11日(月曜日) 施行19回目
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。始めに右側、次に左側に施行。
ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
 長さ13mmの注射針を使用しているとき著効を得ていたことを考え、最初の(7cc)は最大限に深く局注し、残りの(3cc)は6mmほど引き浅く局注する。
 浅く局注したのはあまり効かなかったとのこと。第1回目から第3回目のときは長さ13mm の注射針であったが非常に強く圧迫して局注していたことを思い出す。
「昨夜も昼間の薬を1錠ずつ(diazepam 2mg, alprazoram 0.4mg, etizolam 0.5mg)服用して寝ました。朝方長い長い夢を見ました。でもその夢の内容を覚えていません。今までは少しでも夢を見ると夢の内容を奇妙なほど良く憶えていました。」
 このまま不完全寛解のまま週1回か2回ほど星状神経節ブロックを続けることを考える。Mがそう提言したし、筆者もそう考え始めていた。
「やはり良く眠れないときは背中がぱんぱんに凝るんです。眠れたときはでも柔らかいんです。」
「明後日からお盆休みですが星状神経節ブロックをこの辺で中止するか、週に1回か2回ぐらいに減らそうと思います。先週、木曜日、ブロックをできなかった日、薬無しで眠れましたし、金曜日はブロックをしましたけど薬無しでは眠れませんでした。」

 8月12日(火曜日) 施行20回目
 明日から3日間外来はお盆休みであり、本日も仕事が終わって5時15分頃来院。
 1%procaine(10cc)ずつ両側に星状神経節ブロックを施行。いつものように最初は右側、次は左側に施行。ホルネル徴候、両側に弱~中等度起こる。
 注射部位をガーゼにより押さえているのが途切れるため、左側に施行するとき5分以上間隔を置くようにしている。

 8月22日(金曜日) 施行21回目
 久しぶりに来院。薬は眠前にalprazoram 0.4mg, etizolam 0.5mg, diazepam 2mg それのみで眠っている。昼間は全く抗不安薬など薬は服用しない。flunitrazepam は全く服用していない。薬は余っているので前回の14日分の定期処方から20日ほど経つが要らないと言う。
 仕事を終え、午後5時20分頃来院。表情は明るい。本日も両側に施行。始め右側、次に左側に施行。右側のとき吸入抵抗が大きく、針先が内側へ偏っていると判断し、1%procaine(7cc)局注した時点で針を戻し内側に残りの(3cc)を局注。
 10分ほど時間を置いて今度は左側に施行。10分の間、Mは良く喋り続けた。
 左側も右側と同じく1%procaine(10cc)使用。左側は鎖骨や肩の方に響き、頭の方にはほとんど響かなかったという。右側は強くはなかったが頭の方に響き、肩の方へは響かなかったという。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「始めの3回目までは頭の方にものすごく響きました。あのときは悪かったからなのでしょうか? 今は少ししか響きません。あのときは一日中ボーッとなっていました。それほど効いていました。」----(3回目まではdexamethasone sodium phosphate を混入していた。)

 8月25日(月曜日) 施行22回目
「土曜日来なくてすみませんでした。今日は有休です。」
 本日もいつものように施行。効き目が落ちているのが解る。
「右の片頭痛が有るんです。昨日、母と口論したのが悪いのだと思います。そのため、今朝、薬を一粒飲んできました。」----(いつもは眠前のみ服用する。)
 右側に1%procaine(10cc)、10分ほど時間を置いて左側に1% procaine(10cc) 局注した後、右側に更に1%procaine(5cc) 局注する。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。

 8月29日(金曜日) 施行23回目
 眠前のみalprazoram 0.4mg、etizolam 0.5mg, diazepam 2mg 服用のままで経過している。昼間に服用することはほとんどない。仕事も支障無く行っている。ほぼ略治の段階である。
 しかし、持病である右側の片頭痛が再発している。仕事はアルバイトの学生が辞めてゆきハードであるという。
 いつものように右側と左側にそれぞれ1% procaine(10cc) 局注。そののち、Mの要望により再び右側に1% procaine(5cc)局注。ホルネル徴候、両側に弱~中等度起こる。

 9月1日(月曜日) 施行24回目
 仕事帰り、5時過ぎに来院。今回より、2% lidocaine (5cc)のアンプルを1本使用することにする。最初の右側に1% procaine(5cc) と2% lidocaine(2.5cc) を混入し局注。次に左側に同じように(7.5cc)局注。局注直後、手が痺れ、手に力が入りにくい、と言う。最後に右側に1% procaine(5cc) 局注。 lidocaine を混入していなかったが針先の位置が的確だったと思われ、最後の局注は良く効いたと言う。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。

9月6日(土曜日) 施行25回目
 仕事はハードであり、右側の片頭痛が続いている。これは2年前、不眠性障害で某大学病院精神科を受診開始する少し前より起こっている。そのために笑顔を造ることが難しいと言う。
 前回と同じく右側に1% procaine(5cc)と2% lidocaine(2.5cc) を混入した(7.5cc)を局注し、15分ほど後、同じように左側に1% procaine(5cc) と2% lidocaine(2.5cc) を混入した(7.5cc)を局注する。最後に更に右側に1% procaine(5cc)局注。
 本日は頚動脈の拍動が激しい。脈拍は多少早い程度である。ホルネル徴候、両側に中等度起こる。
「母も私と同じ甲状腺機能亢進症を持っています。私の甲状腺機能亢進症は遺伝だと思います。悪いときは1日6錠甲状腺の薬を飲んでいたときがあります。でもこの7年程、甲状腺機能亢進症は起こっていません。」
 体温が38.2℃あり鼻水がよく出て困る、と言う。感冒と推測されるが星状神経節ブロックによる頚部の細菌感染による発熱を危惧し、抗生物質の投与を3日間行うことにする。熱が収まった時点で抗生物質の服用を中止することを示唆する。
「この治療を始めてから夢を見てもそれが悪夢で無くなったのが不思議です。それまでは2年前から毎日朝方、色の付いた怖い夢をはっきり憶えているほど見ていました。それに夢もあまり見なくなったと言うか、憶えなくなったのか、少なくとも怖い夢は見なくなりました。」
----左側広背部への湿布塗布併用を考慮する。    

[このように軽快傾向であったが、家族などの星状神経節ブロックへの無理解による反対があり、この時点で中止せざるを得なくなった。]

【考察】     
 星状神経節ブロックの奏功機序は様々な意見が存在し、未だ意見の一致を見ていない。星状神経節ブロックは、頸部交感神経節へ麻酔薬を局注、または神経繊維の活動性を抑制する波長の低出力レーザーを照射し5)、頸部交感神経節の活動性を低下させ、生体を副交感神経優位にする。今まで頸部交感神経節の過活動により交感神経優位となり、それにより症状を呈していた様々な疾患・愁訴が劇的に寛解する。
 また、星状神経節ブロックによる脳血流量増加(内頚動脈・椎骨動脈の血流量増加)がその奏功機序であるという説も存在する。
 また、星状神経節ブロックの奏功機序は西洋医学的に説明するのは不可能であり、東洋医学的に説明するより方法は無いと推測することもできる。星状神経節ブロックにより広背筋の攣縮緩解が起こり、それまでその攣縮した広背筋の部分で阻害されていた“気”の流れが円滑化し、自律神経の安定化が起こり、様々な疾患の治癒が起こると推測することもできる6~10)。広背筋の分布する部分は様々な経絡が走行している。
 また、星状神経節ブロックによる脳血流量増加(内頚動脈・椎骨動脈の血流量増加)がその奏功機序であるという説も存在する。
 星状神経節ブロックそのものに攣縮した広背筋の強い緩解作用がある。しかし星状神経節ブロックのみではその攣縮した広背筋の緩解は不充分と判断し、その攣縮した部分への麻酔薬のトリガーポイント局注を併用していた時期もある。しかし、星状神経節ブロックのその攣縮した筋肉への緩解作用はトリガーポイント局注より非常に強く、しかも長時間に亘って持続するため、星状神経節ブロックのみ施行するに変更している。
 東洋医学では悪夢は主に手を走る経絡の一つである三焦経の乱れより起こると言われている6)。星状神経節ブロックを施行すると肩甲骨から肩に向かい薬液の浸透してゆくことが施行される患者に高頻度に実感される。
 症例は毎日見る悪夢を詳細に憶えており、“姉の顔が血に染まっていて姉が死んだ夢”、“得体の知れないフランケンシュタインのような男から追いかけられる夢”などであった。それが星状神経節ブロックを繰り返し施行するに従い、次第に夢の内容が恐怖を伴わない夢へと変わっていった。
 治療抵抗性の不安障害・不眠性障害・夢不安障害・社会恐怖・心的外傷後ストレス障害・身体表現性障害・うつ病性障害・解離性障害および急性期の精神分裂症の患者は第二胸椎に連結する広背筋が異常に硬化していることが高頻度に認められる。また、それが第一胸椎・第三胸椎に及んでいることも高頻度に認められる。これは“片側であることが全て”と言っても過言ではない。その硬結した筋肉の部分に局麻剤の局注または刺鍼を行うと交感神経過緊張状態(自律神経失調状態)が劇的に寛解する。しかし、一時的効果しか現在のところ得られていない。
 攣縮した筋肉は“気”の流れを滞らせる。その攣縮した筋肉を緩解させるとその部分の“気”の流れが円滑になり、交感神経過緊張状態(自律神経失調状態)から抜け出せるものと推測する。

【最後に】
 筆者の少ない経験上、今まで星状神経節ブロックにより完全寛解した精神疾患は、遷延性うつ病の2例のみである。これは、パニック発作を伴う遷延性うつ病(罹患歴6年、45歳)、慢性疲労症候群と頑なに主張する遷延性うつ病(罹患歴9年、24歳)、ともに男性例である。前者は仕事中にパニック発作が頻発し仕事を全く行えなくなり、生活保護を受けていた。後者は全身倦怠のため仕事中のミスが重なり失職中であった。
 星状神経節ブロックは交感神経過緊張を基盤にすると推測される疾患には極めて効果的であるが、うつ病性障害は交感神経過緊張を基盤にしたものではないと推測していたため効果は期待できないと予測し詳細な記録を取っていなかったことが悔やまれる。       
 また、社会恐怖、精神分裂病は一時的な不完全寛解に至らせた経験はあるが、完全寛解まで至らせた経験は無い。そしてその他の精神疾患を星状神経節ブロックで治療した経験はない。
 星状神経節ブロックによりパニック障害を完全寛解させた報告がある11)。これは入院により一日2回星状神経節ブロックを施行し、49日目に完全寛解、退院という報告である。その他には星状神経節ブロックを用いても身体化障害の治療に難渋したという報告が発見できたのみである12)。
 しかし星状神経節ブロックが交感神経過緊張を基盤とする不安障害など精神疾患に著効することはペインクリニックを行っている医師には広く認識されている。そしてこれは大脳基底核部の血流改善に依るという理論も存在する13)。しかし、それを支持する実験的・理論的根拠はほとんど存在しない。星状神経節ブロックにより脳血流および内頚動脈・椎骨動脈の血流量が増加するという報告・論文のみしか存在しない14~17)。
 星状神経節ブロックが心的外傷体験を昇華させる作用を持つ故とも推測できる。しかし、交感神経過緊張としての不安障害・パニック障害に奏功しているものと推測するのが妥当と思われる。
 今後、星状神経節ブロックに依る症例を積み重ねて行き、星状神経節ブロックの精神疾患への適応を検討してゆく予定である。         
          
【文献】
1)Moore DC.Stellate ganglion block.Springfield:Charles C Thomas;1954.p.276.
2)若杉分吉.ペインクリニック(神経ブロック法).東京:医学書院;1988.p.280.
3)若杉文吉.星状神経節ブロックの適応.ペインクリニック 1991;12:171-8.
4)若杉分吉.ペインクリニック(診断・治療ガイド).東京:日本医事新報社;1994.p.312.
5)Rochkind S, Nissan M, Lubert R, Avram J, Bartal A.The in vivo nerve response to direct low-energy laser irradiation.Acta Neurochir 1988;94:74-7.
6)本間祥白.難経の研究.東京:医道の日本社;1983.p.675.
7)首藤傳明.経絡治療のすすめ.東京:医道の日本社;1995.p.259.
8)入江正.経別・経筋・奇経療法.東京:医道の日本社;1995.p.273.
9)郭 金凱.鍼灸奇穴辞典.東京:風林書房;1995.p.432.
10)小高修司.中国医学の秘密.東京:講談社;1996.p.209.
11)東澤知輝、河田圭二.パニック障害に対する星状神経節ブロックによる治療.ペインクリニック 1995;16:392-4.
12)山口重樹、小口敏孝.治療に難渋する身体化障害の1例.ペインクリニック 1996;17:253-6.
13)高見敏郎.薬剤性パーキンソン症候群に星状神経節ブロックが奏功した一例.(未発表)
14)Aaslid R, Markwalder TM, Nornes H:Noninvasive transcranial Doppler ultrasound recording of flow velocity in basal cerebral arteries.J Neurosurg 57:769-774、1982
15)松浦正司.星状神�o節ブロックの正常人眼網膜血流に対する効果.日臨床誌 1984;4:297-301.
16)沖田元一.星状神経節ブロックが著効を呈した網膜中心静脈閉塞症の一例.ペインクリニック 1984;5:357-60.
17)久保田泰弘、白藤達雄.星状神経節ブロック施行時の脳血流速度の変化.ペインクリニック1991;12:339-42.
18)佐々木佐枝子.星状神経節ブロックの脳血流への影響(経頭蓋骨超音波カラードプラ断層法を用いた検討).ペインクリニック 1995;16:369-73.

Challenge to Psychotic Disorders by Stellate Ganglion Block

Toshiro Mifune, M.D.,

I tried stellate ganglion block to a female patient who is post-traumatic stress disorder, dream anxiety disorder, and insomnia disorders. She is 46-years old, she is beautiful, but no married.
At first, stellate ganglion block dramatically effected, but this effect gradually decreased. And circle of her disunderstanded stellate ganglion block, stellate ganglion block was inevitablly stopped.
I performed her stellate ganglion block for 25-times, and her complaint decreased. But, stayed incomplete remission. Complete remission not occurred.
I believe all psychotic disease derived from sympathicotonia. So, I believe firmly, stellate ganglion block can cure all psychotic disease.
At least, stellate ganglion block will be established a means of medical treatment to psychotic disorders.

(Authors' abstract)


http://homepage2.nifty.com/mmm23232/2975.html

(短信)Brief note
          星状神経節ブロックによる精神分裂症への挑戦
                                  

 精神分裂病は不治の病とされている。また、神経症さえ不治の病に近いものと現在の医学(少なくとも現在の正統派的精神医学)では定義されている。しかし神経症は星状神経節ブロックや胸部交感神経節ブロックあるいは東洋医学で治癒してゆくのを何例も経験してきた。しかし精神分裂病に関しては神経ブロックも東洋医学もまだ治癒に至らしめるのは至難の業と思われている。しかし精神分裂病も自律神経失調症の一種であり星状神経節ブロックを丹念に行えば治癒に至らせることができると筆者は信じている。
 今まで喘息を持病とする分裂病の患者二名、後頭部痛を持病とする分裂病の患者一名に対し、星状神経節ブロックを行なってきた。それらは喘息に対する治療のためであったり、後頭部痛への治療のためであった。

【症例】
(症例1)
 患者は37歳、男性。発症は少なくとも20歳以前と推定される。長年、(ハロペリドール12mg/day、レボメプロマジン300mg/day、カルバマゼピン250mg/day、ジアゼパム30mg/day;#1)という多量投与を受けている。ーーこれだけの多量投与を行わなければこの患者の精神状態をコントロールすることはできないーー身長172cm,体重73kg,筋肉質で短気なところがあり、暴れ始めると手が付けられなくなる。以前より病棟中で最も危険で要注意とされていた患者であった。
 精神状態が悪化すると抗精神病薬を普段より更に多量に投薬しなければならない。しかし普段より多量に服薬すると抗精神病薬は交感神経を抑制し副交感神経を昂進させるため持病である喘息が悪化していた。
 今回の精神状態悪化時、抗精神病薬を増量(ハロペリドール9mg/day追加、レボメプロマジン150mg/day追加)。すると持病の喘息が悪化。よって星状神経節ブロックを施行。施行すること12回(1日1回、ほぼ連日施行)。喘息が寛解するとともに精神状態も劇的に改善。臨時の追加薬を中止し、しかも#1の投薬量を3週間ほどかけて漸減してゆく。#1の投薬量の半分になったところで投薬量を減らすことを中止する。しかし全く精神状態は落ちついている。それより10カ月経過している。(肝機能および腎機能に変化はない)
 #1の投与量の半量に減らしても今までにないほど良好な精神状態が保たれていることより、投薬量を更に減らすことも可能と判断しているが、今まで数え切れないほど暴力事件を起こしており、また暴れ始めると看護士10人でも抑えること不可能な患者であるため、看護士長がこれ以上減らすことを強く反対するためこれ以上減らすことができないでいる。

(症例2)
 患者は32歳、男性。小児喘息が今まで続いている。比較的多量の抗精神病薬を服薬している。普段よりかなり多量の喘息に対する服薬をしており、季節の変わり目には更に喘息が悪化していた。
 この患者にも喘息悪化時、星状神経節ブロックを施行。しかし患者は星状神経節ブロックを拒否し2回の施行で中止せざるを得なかった。効果は判然としない。

(症例3)
 患者は28歳、男性。中学時代に発症したと思われる症例であり、父親、兄(この患者は2人兄弟である)も精神分裂病である。後頭部痛を持病としている。親子3人とも頭部CT上後頭部の全く同部位(正中線上である)に良性と思われる骨腫瘍が存在する。
 後頭部痛が2、3日前より激しく、鎮痛薬でも抑えきれないため、星状神経節ブロックを施行。この患者においては一回の施行のみで抗精神病薬(ドグマチールを一日800mg服薬している)を5日ほど完全に絶つことができた。(この例のみ患者が注射器による星状神経節ブロックを怖れるため低出力レーザーによる星状神経節ブロックを行った。また、唖門への照射と併用した。)

【考察】
 症例3は低出力レーザー唖門照射により寛解状態に導かれたのか、それとも低出力レーザー星状神経節照射により寛解状態に導かれたのか、その両者の相互作用なのか、判然としない。
 これまで精神分裂病の患者に対し足三里および肩井などへの刺針およびパルス通電を何例か行ってきたが効果は一時的でしかなかった。しかし一時的にせよ効果は見られたためこれも丹念に行えば治癒に結びつけることも可能と思われる。

【終わりに】
 近い将来、星状神経節ブロックおよび鍼治療が分裂病そして神経症の治療にと用いられるようになると思われる。


Challenge to schizophrenia by stellate ganglion block

【参考文献】
1)若杉文吉:星状神経節ブロックの適応。ペインクリニック12: 171-178, 1991
2)若杉分吉『革命的・神経ブロック療法』p200, 1992, マキノ出版
3)小高修司『中国医学の秘密』p209, 1991, 講談社 
4)神川喜代男『鍼とツボの科学』 p192, 1993, 講談社
5)神川喜代男『レーザー医学の驚異』 p184, 1992, 講談社
6)中国における漢方療法の現状;羅和春etc,:臨床精神医学 第13巻 第1号(別冊)1984;45-6
7)James-E;Walter-S;Cornelius-A. Laser action spectrum of reduced excitability in nerve cells:Brain research. 1981;204: 436-440
8)Funk-JO;Kruse-A;Kircher-H. Cytokine production after helium-neon laser irradiation in cultures of human peripheral blood mononuclear cells:J-Photochem-Photobiol-B.1992 Dec;16(3-4): 347-55
9)New trend in neuroscience: low-power laser effect on peripheral and central nervous system (basic science, preclinical and clinical studies). :Rochkind-S; Ouaknine-GE :Department of Neurosurgery, Tel-Aviv Sourasky Medical Center, Tel-Aviv University, Israel. :Neurol-Res. 1992 Mar; 14(1): 2-11
10)Effects of low-power gallium aluminium arsenide diode laser irradiation on the development of synapses in the neonatal rat hippocampus.:Igarashi-H; Inomata-K :Department of Anatomy, Toho University School of Medicine, Tokyo, Japan. :Acta-Anat-Basel. 1991; 140(2): 150-5
11)Low power laser irradiation alters the rate of regeneration of the rat facial nerve. :Anders-JJ; Borke-RC; Woolery-SK; Van-de-Merwe-WP :Department of Anatomy and Cell Biology, Uniformed Services University of the Health Sciences, Bethesda, Maryland. Laser-Surg-Med. 1993; 13(1): 72-82


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【???】

            病棟の友人たち

                     *

 

 

 医局での人間関係に疲れたとき、自分はいつも担当の病棟へ行き、そして入院患者さんたちと話をする。みんな、人の良い人ばかりである。あまりにも人が良すぎるから病気になったのではないかと思うことが多い。

 生まれ故郷の長崎の精神科の病院に移って1年が経つ。以前居た、福岡での町の中での外来患者とのつき合いとは異なるものがある。福岡では脳外科の病院で心療内科のようなことをしていた。ここは精神科単科350床の病院。外来患者は極く少なく、入院患者の精神療法と薬の調整が主な仕事である。以前の外来患者との真剣勝負のようなものは無く、病棟はゆっくりと時間が流れている。

 ここに入院している患者さんは、ほとんどが神経の病である。心は社会の誰よりも美しい人たちが集まっている。精神科ではなく神経科が適当と思われる。心の病は犯罪を起こす人、つまり犯罪者が心の病の人たちである。刑務所に入っている人たちが心の病であり、精神病院に入院している患者さんたちは神経の病である。

 帰る処が無いから入院している、という患者がほとんどを占める病棟を担当している。山の上のサナトリウムのような病院である。

 病棟に行くと患者さんたちはいつも自分を歓迎してくれる。医局での人間関係の辛さに病院を辞めようと思うことが非常に多い。しかし、この患者さんたちを残して去ってゆくのは心許ない。

 自分は非常に暑がりだが、訪問したとき、また診察中、他患の診察中も団扇で扇いでくれる患者さんもいる。Aさんと言う。ときどき、突発的に暴力行為を行う患者さんだが、普段は非常に大人しい。大人し過ぎるほど大人しい。そして、暑がりの自分に、少ない小遣い銭から団扇を買ってきてくれた。

「先生。ビービーッと聞こえてくるんです。どうしたら良いでしょう。」

 この病棟で最も要注意の患者さんである統合失調症のR君が尋ねてくる。身体が大きく、力がもの凄く強く、暴れ出したら手の付けようがなくなる。しかし、非常に人なつっこい。

「気にしないで、無視していたら、そのうち聞こえなくなってくる。無視するんだ。」

「でも、ビービーッと聞こえてくるんです、先生。」

「でも先生、薬は増やさないでくださいよ。今も眠くてブラックのコーヒーを3杯飲んできました。」

「ブラックのコーヒーを3杯は胃に悪い。眠くならないように調節しておく。」

 R君がこのまえ破いた拘束衣が目に入る。

「先生。この前のように失敗しちゃ駄目ですよ。僕、その為に拘束衣を着なければならなかったのですから。」

「あれ、小さかったから、力を入れて、背中を丸めたら破れたんです。もっと大きい拘束衣でないと駄目です。それに僕は隔離室には入りませんからね。ずっと前入って、とっても厭だったですから。拘束衣の方がずっと良いです。」

 長椅子に括り付けて於いても長椅子ごと振り回して暴れるR君である。統合失調症患者は闘士体質で力が強いことが有意的に多いと論文を書こうと思ったほどであった。少なくとも統合失調症患者は生理学的には説明の出来ない腕力を時おり出す。

 病棟の壁に一つだけ穴が空いたように破れたところが目に入る。以前、「人間の力ではこんな穴を造ることは出来ない」と空手の先生から言われたところである。この壁の穴を造ったのもR君である。

 看護長が言っていた「以前はこの病院は月夜の夜になると厳戒態勢が敷かれていたんです。それは10年前まで続きました。古い病院のしきたりのようなものでした。確かに昔は月夜の夜になると状態の悪くなる患者さんが多くて人員も増やされていました。でもそんなことをするのは、この病院だけのようでした。他の病院はそんなことはしていませんでしたから。」

「昔、薬がまだ今のようには発達していなかった頃、夜になって大声を挙げる患者さんが居て近所から苦情が来ることが多かったのです。そのために立ち退いた家も有ったぐらいです。昔は、大声を上げる患者さんは大声を上げても院外に漏れない中央病棟に集められていました。でも時おり手抜きがあって奇声が院外に漏れていました。今は、薬が発達して本当に看護しやすくなりました。」

「あの拘束衣も今では手に入りません。この前、いつもの仕入れ先に電話したところ、製造中止になっていると言われました。」

 看護長との談話を思い出しているとHさんが話しかけてくる。Hさんは同じ病棟であるが自分が担当ではないため投薬内容を調節することが出来ない患者さんである。

「先生。眠いんです。英語の勉強をしようと思いますが眠くて出来ないのです。薬を眠くないように調節してください。」

「しかしHさん。自分はHさんの担当でないから薬は調節できないのです。」

 忘れかけていた医局での厳しい人間関係が再び思い出されてくる。Hさんを担当するI先生は自分と最も仲が険悪な医師の一人であり、とてもHさんのことを言うことは出来ない。今まで同じようなことで揉めたことが幾度となくある。

 50代前半のYさんが話し掛けてくる。Yさんは引き取り手が無く、一生、中間施設か精神病院で過ごさなければならない統合失調症の患者さんである。有名高校でトップクラスであり東大合格確実であったが高校3年のとき脊髄癆とともに統合失調症を発症した患者さんである。病棟の中で最も将棋と碁が強く、碁が初段の内科の先生も全く歯が立たなかった患者さんである。自分も英訳に困ったとき教えを請う患者さんである。自分が最も心を許している患者さんである。

「先生。パソコンを下さると言って居られましたが、要らないです。自分、このように腰が悪いですから物を運ぶことは出来ませんし、他の患者さんが来て悪戯すると思いますし、それに自分は機械を触ったことはほとんど無いのです。」

「先生、そのパソコン、僕に下さいませんか?」

 R君が口を挟んでくる。しかしR君にパソコンをあげてもゲームにしか使用しないことは目に見えている。

「自分はYさんに英語の参考書を書かせようと思ってパソコンをあげようと思っていたんだ。つまり世間の精神科の患者さんに対する偏見を緩和させようと思ってそう言っていたんだ。」

「先生、私には英語の参考書なんて、とても無理ですよ。とても自分にはできません。」

 Yさんが謙遜して言う。

 医局での人間関係にどんよりと曇った自分の心はそうして次第に明るくなってゆく。

 病棟のみんなは週刊誌やテレビや新聞で少なくとも社会的には博識である。阪神大震災のとき、そのことを自分に言ってきた患者を「精神状態が悪化した」と判断し、抗精神病薬の増量を行ったことがある。しかし、それはテレビや新聞を見なく、学問一辺倒で社会情報に疎い自分の誤りであったことに気付いたのは数年後であった。

 楽しい病棟の仲良しのグループの雑談も午後の仕事のため中断せざるを得なくなる。午後は痴呆性病棟の精神療法である。

 去るとき、みんなが手を振って「先生、頑張ってくださいね」「世界の窓はちゃんと締めてくださいよ」「先生、看護婦さんの前で屁をふっては駄目ですよ」などと声を掛けてくる。

 病棟の同じ年代の患者さんたちは明るい。結婚にも破れ、落ちぶれ果て、医局での人間関係にも押し潰されそうになっている自分に勇気を与えてくれる。

 夕方、仕事が終わり、妻の去った寒いアパートに帰り、一人で自炊しながらも、担当の病棟の患者さんたちの処方を考えたりしている。

 

                   完



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