本当に頭が良いとはどういうことか? | 中学受験を見直したい(隊)+α

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このブログは、中学受験を考えているけれど、『少しおかしいぞ』とか『問題ありでは?』とお感じの方には役に立つブログです。偏差値をあげたい、〇〇中に合格するにはどの塾がよいか?…そのような方のお役は立てそうにありません。

結論から先に言ってしまえば

俗に言う“頭が良い”人は記憶力が良いことが絶対条件である。

テストで良い点を取りたければ

あらゆるパターンを覚えていけばよい。

昔の浜学園の入塾説明会ではそれを明確に言っていた。

だからたくさんさせるのだと。

何度も何度もさせることで

“試験場で見たことがない問題にあたらないようにする”と豪語していた。

そして残念と言うか当然と言うか

記憶力頼みの受験はずっと続くのである。

ごく一部の難関を除けば

記憶力でほぼカバーができ

理系教科でもパターン認識で乗り切れる。

 

ま、それはそれでいい。

 

が、ここのところの腐敗した政治家を見るに

こ奴らはいわゆる難関大出の優秀児であった者ばかりである。

で、あるのに、この難題だらけの今

国の舵取りを任せられる議員など

ほとんどいない。

 

LGBTを強く推した議員に聞きたい。

こんな法律を通して、自分の家族が心配ではないのか?

 

自分さえよければとか

目の前の利益とか

そんなことしか考えられないような陳腐で軽薄な言動を見ていると

元優秀児であるとは到底思えない。

 

なぜ、こんなことになるのか。

それを国をあげて熟慮すべきである。

 

教育の構築には100年かかる。

 

こんなことでは本当に世界地図から

“日本”という国が消えてしまうのではないか?

 

戦後の復興は大変だったとは思うが

やはり敗戦直後からのアメリカへの卑屈な恭順が

主な原因になっていると思うこの頃である。

 

サンフランシスコ条約の直後

“日本国憲法を破棄する”と宣言すればよかったのだ。

 

この憲法には核兵器を持つ以上の威力があると言う人や信じる人が

今の日本を作ってしまったのだ。

 

“あやまちは 繰り返しません…”の真意を汲まなければならない。

事は、そんなに猶予できる事態ではなくなってきている。

それだけに自民の罪は深い。