一旬驕話(わ):「伊藤野枝100年フェスティバル」紹介:松下竜一『ルイズ』からの抜き書き・孫引き
案内をいただきました
8月も下旬になってからですが「伊藤野枝100年フェスティバル」(9月15日(金)、16日(土))の案内をいただきました。伊藤野枝が大杉栄、大杉の甥橘宗一ともども憲兵大尉甘粕正彦の下で憲兵分隊内で虐殺されたのは関東大震災の折でした。今年は大震災100年ですから伊藤野枝死後100年になるのです。
さて案内はいただいたのですが、私は伊藤野枝については大杉栄をめぐる神近市子の日陰茶屋事件に関連して聞いたことはありますが、詳しくは知りません。作品も持っていませんし、読んだこともありません。ではありますが、松下竜一『ルイズ 父に貰いし名は』を思い出しました。文庫本が本棚に立っていました。
この本への書き込み
この作品の主人公は生後1年3ヵ月の時に父母が憲兵隊に虐殺された娘ルイズです。ですから父大杉栄のことも母伊藤野枝のことも書かれているだろう、と思ってパラパラとめくってみました。ところどころにコメントを書き込んでいます。コメントの字は私の字ですから、私はこの本を少なくとも一度は読んでいるのです。読んだことも忘れていますし、コメントの内容も今の私には理解できないことばかりです。そしてコメントをしている箇所は大杉栄について述べてある箇所のみです。
これを見た時に私は、この本ではルイズの父と母に言及している内容の深さに関しては父大杉栄について述べている箇所が主で母伊藤野枝に関しては従なのだろう、だから大杉栄について述べている箇所の内容が濃くて、その箇所にのみ私はコメントを書き込んでいるのだろう、と思いました。
読み直しました
それはそれとしまして、伊藤野枝について書いてある本は手元にはこの本しかありません。伊藤野枝ってどんな人だったのだろう、ということになれば、記述が少なくても、それほど詳しくはなくても、目下のところ参考になるのは松下竜一『ルイズ 父に貰いし名は』(講談社、昭和60年)しかありません。
このような訳で、この本を読み直しました。作者の関心は大杉栄主、伊藤野枝従というのは以前私がこの本を読んだ時のコメント箇所と頻度から導かれた一方的な判断でした。読み直してみますと、この本では伊藤野枝について言及している箇所がたくさんあります。主人公ルイズが引き取られたのは母伊藤野枝の実家(今は福岡市西区今宿)ですし、周囲には彼女の係累もいるのですから、彼女についての記述が大杉栄についてよりも多く且つ陰影に富んでいるのは当たり前といえば、その通りなのです。
何十年か前にこの本を読んだ頃には私は伊藤野枝にはあまり関心がなかったので彼女の記述箇所にコメントも書き込まなかったものと思われます。
伊藤野枝言及の一部を紹介します
この作品では大杉栄と伊藤野枝の娘ルイズの全体像を描いていますが、父と母についてはそれぞれの生き方の断片しか読み取れません。二人はこの本の主人公ではないので、仕方のないことではあります。以下ではこの本で伊藤野枝に言及している箇所を紹介します。とは言いましても言及箇所は多いので以下は一部にすぎません。また、当ブログでの表記は本の表記のようにはいきませんので、表記が書籍とは異なる箇所があります。ご勘弁ください。
伊藤野枝の生涯
伊藤野枝の生年は1895年です。この作品の35ページによると
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野枝は上野女学校在学中の十六歳の夏に、両親や叔父の強い勧めで末松福太郎との仮祝言をしたが、翌日にはもう東京に戻り、学校生活を続けた。翌年卒業してから帰郷し、いったんは末松家に入ったがわずか九日で出奔し、上京して上野女学校の英語教師辻潤と同棲。十八歳で早くも雑誌「青鞜」に文章を発表し始めて、その主力となってゆく。辻潤との間には二子を成したが、彼の性格の弱さがしだいにあきたりず、やがて対照的な大杉栄に出会うとたちまち魅かれて彼のもとに走った。このとき、野枝はやっと二十一歳である。
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現在は16歳といえば高校生、彼女はこの年で結婚を破棄。実家を出奔しています。18歳といえば今では大学1年生ですが、その年で辻潤と同棲。雑誌への投稿を始める。21歳で辻潤と別れて大杉栄と同棲します。上記には、辻潤の性格が弱かったのが伊藤野枝が大杉栄のもとへ走った理由だと述べています。ヴィキペディアによると「(伊藤野枝との同棲で)非難を浴びた辻は1912年4月末にあっさり教師の職を捨てて野枝との結婚生活に入った」そうです(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E9%87%8E%E6%9E%9D)。
時代は100年以上前、舞台は女学校、登場人物は結婚9日目には婚家を出奔した女性、となりますと現在よりははるかに困難な状況ではあるでしょう。その中で同棲を敢行、公言し、さらに「あっさり教師の職を捨て」るのは弱い性格では行えない行動です。とは言え「強い」「弱い」の判断には主観的な感性が反映していますから、当時のアナキストのグループから見ると、または伊藤野枝の目から見ると辻潤には「弱い」ところがあったのかもしれません。
ともあれ伊藤野枝は絵に描いたような自由奔放にして脱良妻賢母タイプの女性です。外から見るとこのようですが、本人は悩んでいなかったわけではありません。すなわち、『ルイズ』によると
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野枝は自分が一族の中で不孝者と呼ばれていることを知っていたし、そのことに平気であったわけでもない。(・・・・・・)小文の中で、次のように書いている。「私がいつでも皆から浴びせられる言葉はわがままだということ、不孝者というこの二つの言葉です。(・・・・・・私は)何とも思わないどころか苦しくてたまらないのです。苦しくてたまらないのを我慢して自分に道を進んで行かなければならない、私の本当の心の奥底の苦痛は、誰一人何とも思ってはくれないのです。(・・・・・・)自分のものときまった、何人も犯すことの出来ない体や精神をむざむざと委してしまうのは意気地がないというよりもむしろ生まれた甲斐がない、生甲斐がないというより他仕方がありません」(34ページ以下)
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伊藤野枝がこのような感慨を書きつけたのは何歳の時だったのかは不明です(「不明」といっても資料を何一つ持っていない「私栗山には」ですので誤解されませんように)が、伊藤野枝は生甲斐を求めて、でしょうか、生甲斐に従って、でしょうか、1823年までの28年を生きたのです。
そして『ルイズ』の作者によると、
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野枝は多産な母であった。大杉との間に五人の子を成したが、その前に辻潤との間に一(まこと)、流二という二人の男児を生んでいる。(・・・・・・)野枝がまことを出産したのが十九歳の時で、さいごのネストルを生んだ時が二十八歳であるから、十年間に七人の子を産んだことになり、「野枝はいつも乳くさかった」と同志たちに記憶されたのも、むりはない。(67ページ)
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この「いつも乳くさかった」は、さもありなん、と思われる微笑ましい情景ではあるのですが、驚くべきなのは野枝のこのような多産能力だけではありません。
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その十年間に全集二巻に達する文章を書き残したのであるから、野枝は二十八歳で絶たれる命と予期して、ひたぶるに生き急いだかのようである。
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野枝は鎖を断ち切ろうとした
『ルイズ』を斜め読みしまして伊藤野枝の自由恋愛的生涯はかいつまんで言えば上記のようです。しかし『ルイズ』を斜め読みした限りでは、全集にまとめられている伊藤野枝の思想というべきものを、このようにかいつまんで端的にまとめることは出来ません。ポツンポツンと言及しているという感じですが、そのポツンを申し上げてみます。103ぺージ以下に次のような一節があります。留意子と改名した主人公のルイズが一種の寓話と考えるべき大杉栄の『鎖工場』を読んだ時の記述です。
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群衆を縛る鎖で大杉が何を意味しようとしたかを、留意子は判る気がした。人はみんな鎖にがんじがらめに縛られている。しかも、それは自分自身で身体に巻きつけては、隣の者に鎖の端を手渡しているのだ。そうやって鎖は、群衆を身動きできないまでにつなぎ合わせてしまう。この鎖とは、盲目的な服従を強いるあらゆる権威であろうし、世間の古い因習であろう。それは脳髄にまで喰い込んで、人の自由な思考力をさえ抑え込んでいく。(・・・・・・)
留意子は(・・・・・・)はっきり理解した。大杉も野枝もこの鎖を断ち切って立ち上がったために殺されたのだと。だから留意子には、大杉と野枝を殺したのが単なる個人の行為とは思えなかった。鎖に連なっている群衆が二人を取り囲んで、手に手に鎖を打ち降ろしている戦慄すべき光景を、留意子は脳裡からかき消すことができないのだった……。
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伊藤野枝への評価
「天皇陛下」というこの最大の鎖に「弓を引いた」無政府主義者として二人は憲兵隊内で虐殺され、井戸に放り込まれたのです。二人の子どものルイズは父母への国の対応にというよりも鎖を手にした群衆、世間の一つ一つの反応に多くの耐え難さをもって耐えなければなりませんでした。その一方で自分を育ててくれた祖母や祖父、周囲の心遣いを知っている身としては、母の生き方を「その通りです!」とは言えないのです(256ページ)。ここではルイズはルイと書かれています。
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ルイはふっと、先日ある人と交わした会話を思い出していた。その人は伊藤野枝の信奉者といった女性で、「あのような時代に、あれだけのエゴを押し通したってことはすばらしいと思うわ」と眼を輝かせて礼賛するのだった。「そうですね」とルイはうなずいておいたが、胸中は必ずしも釈然としなかった。野枝の業績だけから見る第三者はすっきりとそういえるだろうが、踏みつけにされた(栗山:野枝の実母や叔母である)ウメやツタを知っているルイには、どうしても引っかかるものがある。一人の強者が烈しいまでにエゴを貫くとき、その周辺の弱い者が犠牲になるのはやむをえないことなのだろうかという疑問が、胸中にわだかまっている。
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この「わだかまり」がこの作品『ルイズ』のこれ以降の出来事の転換契機になるのですが、それは置いておくとしまして、この一節は伊藤野枝の提示する問題、すなわち、戦後も消えることなく娘のルイズに及んでいた伊藤野枝への否定的な評価、この一節に見えるような、自由に羽ばたいた伊藤野枝への積極的な評価、彼女の烈しいまでのエゴが引き起こす大小の渦を示しているのです。
伊藤野枝の色紙と支援者の遺言
ルイは主人の作った借金を返済しなければならない事情になり、なんとかならないものだろうかとつてを頼りに借金のために上京するのですが、無駄足に終わります。そして(260ページ)
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むなしく帰ってくる夜行列車の車窓で、ルイは胸中に繰り返し呟いていた。
吹けよあれよ
風よあらしよ
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これは母の伊藤野枝が色紙に書いていた言葉だそうです。鎖に烈しく立ち向かう気概のこもった二行です。
ルイは西新の博多人形師副島辰巳の仕事場で働いていたのですが、その
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副島辰巳が肺ガンで病没したのは一九六二(昭和三十七)年の暮である。(・・・・・・)
死に際して、副島が書き遺した言葉は短い。「私は副島辰巳以外の何者でもない」とのみ記されていた。一切の権威を認めず、個人の絶対的自由を希求し続けたアナキストに、いかにもふさわしい臨終の言葉であった。まだ五十六歳であった。棺は黒旗でおおわれた。(292ページ)
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これは伊藤野枝の生涯とも思想とも評価とも関係のない事柄ですが、伊藤野枝同様に烈しい生涯を送った人の最後です。この二人とは思想的には対立する立場にいた森鴎外の遺言「森林太郎トシテ死セントス」を思い出しました。
イベント紹介
上記はイベント案内をいただいて「伊藤野枝ってどんな人だったのだろう、と思って」読んだ本の一部紹介、と言いますか、一部抜き書きです。娘ルイズを生き生きと立ち上がらせている松下竜一『ルイズ 父に貰いし名は』ですが、(私栗山は、ですが)「母伊藤野枝については一部分のみしか」読み取れません。100年前に周囲の桎梏をはねのけながら勇敢に生きた伊藤野枝の全体像を詳しく知りたい方は下記のイベントへご参加ください。
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「伊藤野枝100年フェスティバル」
主 催:伊藤野枝100年プロジェクト(メール:itounoe100@gmail.com)
会場:さいとぴあ・多目的ホール(〒819-0367福岡市西区西都2-1-1
アクセス:JR筑肥線「九大学研都市駅」より徒歩1分)
日時・進行:
9月15(金):
10:00 ~「野枝フィールドワーク」締切済!
14:00 ~ 映画「ルイズその旅立ち」
15:30 ~ 矢野寛治さん講演
17:00 ~ 学生シンポジウム
18:30 ~ パフォーマンス
9月16(土):
11:00 ~ 映画「ルイズその旅立ち」
13:30 ~ 神田紅さん講談
14:30 ~ 森まゆみさん講演
15:30 ~ 座談会
参加費:
・2日間通し券(前売¥3,000)
・16日午後券(講談、講演、座談会=前売¥2,000、当日\2,500)
・映画券(映画、矢野氏講演、シンポ、舞台=¥1,000、当日\1,200)
チケット申込:メールアドレス itounoe100@gmail.com に申込者のお名前・住所・電話番号をお知らせいただくとともに、チケットの金額 + 郵送代(100円)を下記銀行口座にお振込みください。振込確認後、チケットを発送します。
伊藤野枝100年プロジェクト銀行口座:
福岡銀行・天神町支店 普通 口座番号2896703
名義:イトウノエヒャクネンプロジェクト
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