読み齧り旬記(を):世界の民主主義のレベル ―― V-Dem 研究所「民主主義レポート」から
前書き
ある日机の上のメモ帳をめくっていたら、” V-Dem (Democracy Report 2026) “ とありました。いつメモをしたのか覚えていません。メモえをした時点では、このレポートを調べてみようと思っていたのでしょう。「このメモ帳をめくったのは百年目」と実行してみました。調べ始めたのは春の日の朝7時ではありましたが、テーマは「すべて世は事も無し」の穏やかさではありませんでした(ロバアト・ブラウニング、上田敏訳「春の朝」(『海潮音』)(山内義雄、矢野峰人編「上田敏全訳詩集」、岩波書店、1994年、77ページ))。
V-Dem 研究所の「民主主義レポート」
V-Dem( = Varieties of Democracy:民主主義の諸様相) 研究所はスウェーデンのヨーテボリ大学政治学科に2014年に開設された平和問題の研究所です。「民主主義レポート」を発行しているのですが、2026年度版のタイトルは「民主主義的地域の悪化?」です。
このレポートでは、最先端の手法を駆使して民主主義の進展状況を測定する唯一のアプローチを示しており、1789年(ママ )から2025にわたる202ヶ国と地域の3200万のデータを使用して4200名の専門家、協力者のもとに600項目以上の民主主義の属性を測定して、民主主義に関する世界最大のデータ資料を提供している、と謳っています。
V-Dem 研究所のメインオフィスは上記ヨーテボリ大学政治学科に置かれていて、世界に9ヶ所のセンターを擁しています。東アジアセンターがカヴァーする調査対象は(日本、中国、モンゴル、北朝鮮、韓国、台湾の)北東アジア及び南東アジア諸国で、オフィスは慶応大学にあります。
要約
表紙と目次に続き政権の諸相に関する要約が掲載されているので列挙します。
1 2025年の世界のデモクラシー
(1-A) 世界の平均的市民にとってのデモクラシーは1978年のレベルに後退している。
(1-B) 1974年にポルトガルから始まった「民主化の第三の波」の成果はほとんど消滅した。
(1-C) 西洋と北米の平均的市民にとってのデモクラシーはここ50年以上の間で最低レベルである。最大の理由はアメリカ合衆国で進行している独裁化にある。
(1-D) アメリカ合衆国は長年誇っていたリベラル民主主義国家としての地位を滑り落ちている。これは半世紀以上の期間の中で初めての事態である。
独裁制と民主主義
(1-E) 2025年末の時点で独裁制92ヵ国、民主主義87ヵ国。
(1-F) 現在は世界人口の74%(60億人)は独裁制下にいる。
(1-G) 世界人口の7%(6億人)がリベラル民主主義下にいる。
2000年対2025年の「大反転」
(1-H) 最近の20年間で民主主義のほとんどすべての局面において全面的な低下がみられる。25年前に比べて劇的な反転が起こっている。
(1-I) もっとも大きな影響を受けたのは表現の自由である。2025年には44国で低下している。
(1-J) 現在は拷問は政権の反対勢力弾圧手段として拡大している。2025年には33ヵ国で大幅な状況悪化が見られる。
2 政権転換の流れ
(2-A) 多くの国に見られる独裁化が時期を同じくして起こる流れは今までは見られなかった現象である。ここ数年のこの流れは「独裁化の第三の波」と言える。
(2-B) 現在では世界人口の41%(34億人)が独裁化しつつある国家で生活している。
(2-C) EU は大きな影響を受けている。ヨーロッパでの独裁化はEU 加盟国及びその英米という主要同盟国のうち7ヵ国に及んでいる。
3 独裁化する国家
(3-A) 現在では世界のほとんど4分の1の国(44ヵ国)が独裁国リストに挙げられている。
(3-B) 44の独裁国は24の単独型独裁国と20の(時間をおいて出来した)逆戻り型独裁国に分かれる。
(3-C) 2025年には新たに10ヵ国が独裁国に名を連ねている。
(3-D) 10ヵ国のうち新たなる独裁国にはクロアチア、イタリア、スロヴァキア、スロヴェニア、イギリスのヨーロッパの5ヵ国も含まれている。
(3-E) 依然として情報の検閲が独裁政権のもっとも一般的な手段である。44ヶ国のち73%、33ヵ国で行われている。
(3-F) 市民社会の抑圧が増加し、30の独裁国家で影響を拡大している。
4 民主主義化する国家
(4-A) 世界は民主主主義化にとっては停滞の15年間に直面している。
(4-B) 民主主義化したのは18ヵ国のみ。そのうち8ヵ国は単独民主主義化であり、10ヵ国は民主主義国へのUターンである。
(4-C) 2025年においては民主主義化したのは3ヵ国のみで、すべてUターンである。
(4-D) 民主主義化の出来事で始まった独裁国の成功率は高くて70%に上る。
(4-E) Uターンが脆いことはザンビアの例が示している。
5 焦点:アメリカ合衆国における独裁化
(5-A) トランプ大統領の下でアメリカ合衆国の民主主義は1965年のレベルに後退している。しかし状況は市民権運動時期とは基本的に異なっている。
(5-B) トランプ第2期政権を要約すれば大統領への急激にして攻撃的な集中である。
(5-C) 現在のアメリカで民主主義が消滅しているスピードは近代史において空前のものである。
(5-D) 議会による制約は(これが民主主義のうちで最悪の影響を受けている局面であるが)2025年にはその価値の三分の一を失い、100年以上のスパンで見ても最低点に至っている。
(5-E) 公民権と法の下での平等、表現と報道の自由は60年間で最低のレベルにある。
(5-F) しかし、民主主義的選挙に関する構成要素は、今のところは、安定している。
比率
オリジナルのレポートではこの20年間の政体変更や民主主義の要因増減のグラフも掲載されています。その数値を一覧表にしてみました。数値の単位は国数です。
項目 2005年 2025年
民主主義化された国 27 18
独裁化された国 12 44
表現の自由が低下した国 7 44
表現の自由が改善された国 25 11
選挙の公平さが低下した国 11 22
選挙の公平さが改善された国 31 7
イギリスは独裁国?
平和研究には定評のあるレポートですが2026年版は52ページあります。上記はその2ページ分の訳です。膨大な資料、データ及び解説が掲載されています。それが平和研究に裨益しているのだろうと推測しております。
上記では「独裁」と訳しましたが「権威主義」と訳した方がいいnかもしれません。どちらにしてもイギリスがそのような国の仲間入りしているのに驚きました。膨大な資料、データによる判断でそのように分類されているのでしょうし、政治学的評価は素人判断とは異なるものなのでしょうが、数ヶ月で首相が変わったり、二大政党による政権交代が見られる国が独裁的、権威主義の国に数えられるのは腑に落ちません。
22ページに「新しい10の独裁国」の説明がありました。そこではイギリスについて
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民主主義指標において連合王国が総体として低下しているのは、その多くは表現と報道の自由に関する実質的に見ればここ数十年間で最低のレベルにまで達した下降に起因している。
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と解説しています。その数値が「権威主義国家イギリス」を導いているというワケです。日本では「表現と報道の自由」度の低下といえば制度的な検閲よりも報道規制や上の顔色を見ながらの忖度が挙げられます。イギリスでもソンタクが横行していたり、案外報道規制が効いているのでしょうか。
ともあれものうい春の日の作業の報告です。