読み齧り旬記(う):長編小説を書く、主人公を生きる(下):半藤一利の一端から

         

 半藤一利『昭和史 1926-1945』の「ノモンハン事件から学ぶもの」      

 高橋和巳の「憂鬱なる八年間」の経験を読んだ時にカミュにも似た経験、と言いますか、感性を綴ったエッセーがあったと思い出して探してみました。見つかりませんでした。「探す」といっても「暑い! 暑い!」と言いながらただ字面を追ってページをめくるのですから、どうも心が入りません。そもそも「カミュにもあった」というのが私の思い違いの可能性も大です。

 

 近くに文庫本がありまして、手に取ってみたら半藤一利『昭和史 1926-1945』(平凡社、2009年)でした。私はこの人の本は読んだことはないのですが全体でほとんど550ページにも及びそうな厚手の本です。目次だけ追ってみました。これは活字も大きくて年寄りにも近寄り易い本です。16章あるのですが、最後に「こぼればなし」として「ノモンハン事件から学ぶもの」が置かれています。「全部読むのはしんどいから最後の「こぼればなし」を読んでみよう」と、ちょっと難しい本でも先ずコラムから読むのと同じ読書法で読んでみました。

 

 これは(上)で述べた高橋和巳の「現代における想像力の問題」と同じで講演の文字起こしをしたものです。しかし高橋講演と違って筋の展開は分かり易い文章でした。その中に作家の司馬遼太郎が登場します。司馬遼太郎は「参謀本部を書くことが近代日本を理解するのに一番わかりやすいのではないだろうか」(513ページ)と言います。数年後には「参謀本部全部を書くのはとても無理であるから、ノモンハン事件を主題にして。そこで何が起こったかということを書けば、参謀本部そのものを書いたことになるのではないかと思う。だから … ノモンハン事件を書くことにする」(同)と言って、資料を集め、関係者にも会い準備を進めます。「準備はできた、一歩踏み出せ」(514ページ)るという段階になって、「司馬さんが「ノモンハン事件は書かない」と言い出」します(同)。理由は聞いても教えてはくれないまま司馬遼太郎は亡くなります。半藤一利は司馬遼太郎のお別れの会で「司馬さんが書かなかったんだから、僕が勝手に書きますぞと写真に向かって言い、… 『ノモンハンの夏』を書いた」のだそうです。(515ページ)

 

 司馬遼太郎がノモンハン事件を小説に書かなかった理由     

 半藤一利は司馬遼太郎がノモンハン事件を小説に書かなかった理由を二つ挙げています。著者は「ノモンハン事件の当事者、つまり参謀本部の作戦課、あるいは関東軍の軍人たちが、いかにも司馬さん好みではない。」(515ページ)と先ず自分が書いた作品の登場人物への評価を述べ、次いで司馬文学への判断を述べます。

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 司馬さんが小説でお書きになっている主人公というのは、坂本龍馬にしろ、河井継之助にしろ、土方歳三にしろ、どちらかというと颯爽たる心根といいますか、清潔な精神の持ち主で、先見性があり、しかも世の荒波にも決して屈することなく、自分の信ずるところに対してまっすぐに進んでいくような人です。(同)

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 このような司馬文学ではあるが「好み」ではない参謀本部の軍人たちを描こうとして準備も出来ていたのに筆を擱いた。好みでなければ書き始められないのではありましょうが、半藤流に言えば「司馬さん好みではない」とは司馬遼太郎自身にとっての意味は

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 司馬さんがノモンハン事件を書いたとすれば、五、六年以上も毎日、例のさわやかな人たちではなく、その参謀たちと付き合うことになるのです。原稿を書くというのはそういうことです。(同)

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 すなわち、

 

 小説を書くとは主人公を生きることのようです   

 当タイトル(上)で高橋和巳の実作者の経験「長編小説を書くということは、一つの密室を自分の周辺に形作ってしまって、なにが起ころうと、一つの基本的な情緒、そういうものを自分自身でもちつづけざるをえない」を引用しましたが、司馬遼太郎ノモンハン事件未執筆への半藤解釈はこれと全く同質です。

 半藤一利はとても親切な作家だと思うのですが、この間の事情を今少し、といいますか、今一度説明してくれます。

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(原稿を書く)前に、調べる期間が五、六年以上あるわけですから、約十年以上の年月、関東軍の参謀、あるいは参謀本部作戦課の人たちとはとても付き合いきれないのではないかと。彼らは、司馬さんが十年以上も親身になって、紙の上ですが、話のできる人たちではないのではないか。(同)

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 だから司馬遼太郎はノモンハン事件を書かなかった、と半藤一利は「推測」(516ページ)しているのです。これが一つの理由です。今一つの理由はもっと生々しい見聞ですが、作家が「一つの密室を自分の周辺に形作ってしま」う状況とは離れるので省略します。

 

 一方は憂鬱なる密室を形成し遂げ、他方は参謀本部内に颯爽たる人物用の密室を形作りえなかった実作者の経験です。

 

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追記:以上で半藤講演のお話は切り上げるつもりだったのですが、下に述べる新聞記事を読んだので、その関連で追加いたします。

 半藤講演は参謀本部の傲慢なる無知と無責任と独りよがりと内外部の提案、というか指摘を聞かない独尊性を憤懣やり方なく批判しています。ノモンハン事件は陸軍ですから、陸軍という組織のレベル低下、学ぼうという勇気を喪失した内部崩壊を幾重にも指摘しているのです。

 その後、毎日新聞2026年8月19日号に澤地久枝『新装版 蒼海よ眠れ』(毎日新聞社、2026年)の復刊紹介記事が掲載されていて、95歳の著者へのインタヴュウが引用されています。この作品は日本が大敗した1942年6月の日米ミッドウェー海戦での日米兵士の実態を調査した大著です。このインタヴュウで著者はこの海戦で日本が惨敗した原因を「本当の敗因は … 独断的先入観、必ず勝てるというおごりが日本側にあったこと。… 全体として負けるべくして負けた開戦だったと思う。そして、その教訓は学ばれないままでした」と見ています。

 

 ノモンハン事件は1939年北の大陸で陸軍に、ミッドウェーは1942年南方の大海原で海軍に驕りと先入観の結果もたらされた敗北でした。 

 軍人の驕りと先入観を国民が指摘し正していく必要を教えてくれる著者たちです。