一旬驕話(つ):ドイツのソーラー産業の現状    

  

  ドイツのエネルギー関連記事を眺めていましたらソーラーシステムの記事がありました。紹介します。これはニュースではありません。日本と似た状況下でのドイツの現状報告という性質の解説記事です。ではありますが、切羽詰まった苦境にあるのだが、中国には頭は下げたくないし、アメリカにいい顔をされるのも気に染まない、という雰囲気の感じられる記事です。

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ソーラーバレーは復活するか:巨人中国へのドイツ東部からの報告  

 

  ソーラー製造工場の現状  

  ドイツの東西中央から見るとやや東側に位置しているザクセン=アンハルト州の町ビッターフェルトにあるマイアーブルガー工場前の道は閑散としている。10年前はこうでななかった。近くを走るアウトバーンにはソーラーバレーの大きな宣伝があり、ザクセン=アンハルト州の優秀工場で知られていた。

 

  大きな工場で何百人という従業員が太陽光発電に従事していた。工場に入るためには下りている遮断機の前で待って、検査を受けなければならなかった。事務所正面のQ-電池という社名が当時をしのばせる。大きなドイツの会社だったが、今は人影はない。

 

  今はスイス企業の支店となったマイアーブルガー社は今一度熱くなろうとしている。ドイツの、そしてヨーロッパのソーラー産業を立て直そうとしているのである。ドイツ政府もヨーロッパ委員会も新たなるブームのプランを立てている。

 

  ここでは何度も「ここはアジアを除けば唯一のソーラー設備生産工場」と唱えてはいるのだが、一種の呪文のようにも聞こえる。と言うのも、中国が仕掛けるダンピングの例を見るように、今も当時のショックが思い出されるからである。

 

  ここ8年間というものマイアーブルガーの建物は、時に倉庫や映画の撮影に使用されることはあったが、さみしいかぎりではあった.。今は高いガラス張りの正面と言い、受付カウンターと言い空港を思わせる風情である。工場のドアを開けて入ると、人はいなくてもやっていけるほとんど完全な自動生産の場である。色はメタリックシルバーを基調としている(栗山:現在のマイアーブルガー社については https://www.meyerburger.com/en/solar-products-for-private-use (ドイツ語)でご覧になれます)。

 

  ソーラー電池工場の従業員  

  従業員は少ない。機械の並んでいる生産現場では時々従業員が姿を見せる。私に説明してくれた技師のヴァルティンガー氏は髪の毛を後ろでしばり、ひげを伸ばし、グレイのズボンに黒のTシャツ姿だった。何百メートルもの長さのガラス化された機械が並んでいる。

 

  いわゆるウェーハーと言われる超薄シリコン板の濃青色にキラキラするソーラー電池が運ばれて、機械を通っている間に化学的な処理が施され、電流を通す電極が貼り付けられ、乾燥され、点検され、箱に収められる。

 

  ヴァルティンガー氏は2008年からソーラー電池の研究に従事していて、どのようにすればこの薄い板から多くの電気が得られるのか、電極はどのように貼り付けなければならないか、生産効率化のためにはどのようにしなければならないか、これらを把握している。彼は長さ約10メートル、高さ肩ほどのブリキの箱の前で足を止める。それは銀の管で屋上の回線とつながっている。その中には窯が入っているのだが、それは同時にマイアーブルガーに何が出来るかの証拠でもある。と言うのはこの会社は太陽光電池そのものの製造に使用する機械を製造してもいる。  

 

  ヨーロッパでのスタートアップを目指す  

  ヴァルティンガー氏は「この設備では電極をソーラー電池に固定するために約200度ですみます」、マイアーブルガー社の中国の競争相手は800度を必要としているのにです、エネルギーと経費が違います、と説明し、この設備開発の契機はスイスの企業が太陽電池製造の新たなスタートを目指したところにある、と言うのはここでの製造が基本的に低経費で競争に打ち勝つためにです、と強調する。

 

  このロボットがヴァルティンガー氏のお気に入りマシーンである。ガラス越しに垂直に設置されていていくつもの腕が柔軟に動く作業が見える。右側から青いセル(電池)の束が入ってきてはアチコチに動いている。ロボットが測定を制御している様々な器具を前や横や下に動かしている。ヴァルティンガー氏は自分の機械の正確でエレガントな動きに見とれてなかなか離れようとしないほどである。

 

  ここでは約25名がシフト制で働いている。従業員の一人は、クラス会のような感じです、と言う。ほとんどの人は10年前の最初のソーラーブームの時からの知り合いである。当時はQ-電池、ソーラーワールド、その他のよく知られたドイツの会社に勤めていたのである。当時ソーラー工場があった地域から来ているのだが今日再びビッターフェルトやザクセン州のフライベルクに集まっているというわけである。

 

  ヴァルティンガー氏はザクセン地方のヴェルダオ出身、ツヴィッカウ専門大学で電子工学を卒業している。その分野の多くの人は自分らの新しい雇用者は当時と同じ対応を取るだろうと恐れている。

 

  筆者の質問に応えた一人は「ソーラー企業にはまずいことだらけです。そのことを政治にはっきりさせなければならないのです」と言う。地域の問題、人口減によって困っているのはマイアーブルガーだけではない。ビッターフェルト-ヴォルフェン郡の中心部でも人影はまばらである。旧東ドイツの時代にはここは化学工業の中心地で従業員数万人という大きな工場がいくつもあった。その裏では環境問題は深刻で排水沼も目立っていた。

 

  ドイツ統一以来の30年間でその多くは取り壊された。広い更地が残されている。一部ではそこここに職業紹介所や改装された工場の建物内に起業センターがおかれている一角もある。新しいアパートも何棟かあり、科学公園も設けられている。

 

  工業都市復活は約10年前のソーラー崩壊で微塵と砕けた。当時はソーラー発電と風力発電の見通しは洋々であった。再生可能エネルギー法によってエコ発電企業は有利な後押しを受けていた。エネルギー転換推進が語られ、それはその通りであったが、アンゲラ・メルケル政権にとっては何よりも民間企業の経営には高くつくように見えた。

 

  世界のソーラー市場制覇

  すなわち企業は経費削減に努めた。さらに中国は世界のソーラー市場で力をつけていた。足場を固めるために中国企業は低価格で販売をした。それに対してドイツはどこよりも強く、中国企業は国の支援によってダンピングをしていると批判した。

 

  特に当時ソーラーワールド社社長フランク・アスベックはEUによる輸入税の導入を求めていた。最終的にはこの制度は導入されたのであるが、ソーラーワールド社は延命できなかった。支援短縮と中国の競争力が相まってドイツのソーラー生産連鎖の主要部分が消滅し、それとともに雇用も霧消したのである。

 

  この歴史を顧みると、現状は既視感に襲われざるをえない。バーデン=ヴュルテンベルク州フライベルクのソーラーエネルギーシステム・フラウエンホーファー研究所のヨヘム・レンチュ氏は「製造原価の関する私たちの計算によれば中国での生産では現在のところワット当たり15セントです。ですから公平な競争が阻害されているという批判は根拠があるのです」と言う。TAZ社の調べたところではマイアーブルガー社ではワット当たり30セントで生産を続けている。

 

  貿易競争の背景は複雑な国際関係にある。アメリカのバイデン大統領は合衆国での戦略的産業部門の強化を開発又は強化しようとしている。ソーラー設備の製造もこの一環を担っている。いわゆるインフレ減小法という強力な推進プログラムに従って北アメリカ製造のソーラーシステムを優遇し、中国からの輸入を阻止しようとしている。アジアの製品はアメリカでの販売増加は望めないので、ターゲットをヨーロッパに定めている。市場での過剰供給が不利に働かないように、価格を下げて提供しているのである。

 

  マイアーブルガー社の対応はどのようなものであろうか。ビッターフェルトでの太陽光電池生産強化策は採用されず、それに代えてアメリカでの2工場新設が提案されている。国から数百万ドルの支援が期待されているからである。ソーラー会社の経営にとってはこれは中国の安い輸入圧迫の防御策としてドイツ内で工場を拡大するよりも飛びつきやすいのである(栗山:この件については https://esgjournaljapan.com/world-news/30706 (日本語)に報じられています)。

  

  原型の開発を進める      

ビッターフェルトからアウトバーンを南方のケムニッツに向けて約1時間半走ったケムニッツ東の町ホーエンシュタイン・エルンストタールのこんもりとした森の丘の工業団地にあるマイアーブルガー社のドイツ中央部でこの決定はなされた。ここには工場も併設されていて、そこではいずれはビッターフェルトでの生産を担うことになる機械のプロトタイプ(原型)の開発が進められている。

 

  幹事会代表のグンター・エアフルト氏は食堂で食事をしながら事情を説明してくれた。彼は50歳代だが青っぽいシャツを着ていて身のこなしは若々しい。ケムニッツ出身で物理学で学位を取っている。彼も以前はソーラーワールドで働いていて、第一次ソーラーブームの始めから終わりまでを経験し苦しんだ経験を持っている。

 

  マネージメントでの問題は連邦政府もEUもマイアーブルガー社に新たな支援策を提示しないところにあり、「私たちはドイツのソーラー産業を強化するために再建プレミアの導入を求めているのです。」、これは個人や企業にキロワット時当たり数セントの支援をするというのがその内容である。中国製ではなく、私たちが自前で製造したソーラ―システムを設置するためにです、とエアフルト氏は強調する。

 

  中国がソーラー技術の輸出を抑制するという政治的圧迫を加えた場合の予測と気候変動への影響

  彼は、連邦政府に対しては追加補助を、EUに対しては、マイアーブルガー社や他の太陽光利用製品に使用されている特定の前製品への輸入税の停止を希望している。

 

  連邦政府ソーラ―経済庁もこの要請を支持している。レンチュ氏によれば「投資費用と製造費用への助成は妥当です。それも急いでもらいたい。そうでなければドイツの工場では生産のコンベアベルトを止めざるを得」ない。連邦経済省は追加助成方法の事前決定は11月には「見込まれる」と表明している。

 

  しかしこの要請は実際に正当化できるものであろうか。一つの分野が政策を丸め込んではいないであろうか。ドイツの太陽光設備が高価というのであるなら、手ごろな価格の中国製ソーラーをなぜ買ってはいけないのであろうか。

 

  この答えは地球規模での覇権分割という新たなる対立の中にこそある。ヨーロッパ委員会はヨーロッパ内で必要とされるソーラー設備の40%はヨーロッパ内での製造になるべきであるという目標を提示している。中国との、部分的にはアメリカとの政治的・経済的対立を勝ち抜くためにである。今日では圧倒的に中国製ソーラーへ依存しているのである。

 

  フラウエンホーファー研究所によれば中国が世界のソーラー製造の原料であるポリシリコンの90%を供給している。その多くは住民を圧迫している新彊ウイグル地区からの産出である。中でもビッターフェルトのマイアーブルガー工場で必要としているウェーハーの中間製品においては99%を中国に依存している。太陽光発電の91%、屋根や平地に設置するモデュールの85%は中国産である。

 

  このような状況下では、中国政府がソーラー技術の輸出を抑制し、政治的な目的を達成しようと圧力を加えるなら、その結果はどのようなものになるだろうか、それはドイツやヨーロッパが目指している気候問題にとって何を意味しているのであろうか、ヨーロッパ民主主義の経済的・政治的自己決定はどうなるであろうか、を問わざるを得ないのである。

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  中国への依存率を低下させる、と言うことは、ソーラー設備とその構成部品をより多くヨーロッパで製造する、と言うことに尽きる。レンチュ氏はEUの目標に言及しながら「2026年にソーラーシステムのヨーロッパでの需要の40%をヨーロッパ製品で賄うには、現在の市場予測によれば、少なくとも年間40ギガワットの生産能力が必要となります。それもウェーハーを含めてすべての生産過程においてです」と説明する。

 

  それに比較して、マイアーブルガー社は現在最大で年間1.4ギガワット分しか供給できていない。イタリアのエネル社がわずかなシリコンを供給している。それですべてであり、その他は相手待ちである。早急に何かが起こってくれる以外にアイディアはないのである。

    

  先進的で合理的な対応    .

  この状況下でマイアーブルガー社の対応は先進的・合理的と言える。経済的にやれるところで生産する。それはドイツか北アメリカにおいてである。状況が変わらなければ、中国による市場支配と価格ダンピングかアメリカでの助成か。EUは百億ユーロレベルをサッと取り出して見せなければならない。それでなければ会社は崖っぷちに立たされる。

 

  エアフルト氏は「マイアーブルガー社は今日の状況を計算できていませんでした」とあっさり認める。2020年まではスイスのベルン近郊のトゥン湖の近くに本社を置いていて、主としてソーラーの製造会社に機械を販売していたのだが、生産設備販売を止めてソーラーそのものを製造することにして、フライベルクとビッターフェルトにソーラー製造工場を建設した。「太陽光発電設備とモデュール製造への方向転換によって高い販売収入と収益が得られると予測した」、将来へ賭けたと言うわけである。

 

  ヨーロッパの気候政策、エネルギー転換、ソーラーブーム、これらによって当初は株価は高くなったが、まもなく株安になってしまった。2023年前半収益はなく、損益のみ目立った。投資はいつまで続くのであろうか。従業員数は約1400名、そのうちドイツに約1000名。第二のソーラーブームが来て他の企業も加わってくれば以前同様に数万人の職場が確保されるだろう。

 

  ビッターフェルトを例にとると、マイアーブルガー社の前には広い土地が広がっている。その横の幅の広い建物は以前のソーラー工場である。そこには今はマイアーブルガー社がアメリカに引っ越してしまった生産現場が育つべき場所である。しかしこれで歴史の幕が下りたわけではないことを願う。

 

  今のところ11月になされるであろう政府経済省からの助成が会社に実際に決定されてドイツで製造された太陽光発電へのプレミアへゴーサインが出れば新しい製造への道が開けると思われる。そうなればここはソーラーヴァレーの名称がふさわしい地域となる。

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  この記事は当ブログで何度か紹介したことがありますTAZ紙の2023年9月28日の記事です。11月に果たして政府の助成金が決まるかどうか、で結ばれています。約1ヵ月前の記事ですが、明後日に始まる11月にドイツ政府は助成の可否を発表します。さて結果は?

  なお、この記事の筆者はハネス・コッホ氏、オリジナルは https://taz.de/Solarwirtschaft-in-Deutschland/!5959909/ でご覧になれます。