一旬驕話(ね)610日(ほ)「文庫本の詩集」の続き)火野葦平の毛銭観   

 

  火野葦平の毛銭観の二重性 

  火野葦平は「(毛銭)の詩には不思議と病人のじめじめした暗さがなく、ときには野放図に明るく、ユーモアさえ発散している」と毛銭観を述べています(中央公論社「日本の文学」51 尾崎士郎、火野葦平(昭和43493ページ)。前述のように、安西均の毛銭観もこれと軌を一にしています。しかし火野葦平はここに留まっていません。「が、どの詩をとっても反逆の匂いのないものはない。美しさも悲しさも退廃も刺(とげ)によって裏打ちされている。(…)詩が生まれ出た根源のものには、詩神(ミューズ)がしかめ面をするような謎が横たわっているように思われた」と評します。

 

  (610日(ほ)文庫本の詩集での2章の冒頭に置かれている詩頭の中に一匹の/蛍がいて、/私の呼吸といっしょに、/光ったり/消えたりしているで見た、頭の中にいて命の実感といっしょに蛍のように光っているのは「反逆」です。火野葦平の描く「ある詩人」は冒頭から最終ページまで反逆の中にいます。しかし反逆の詩人の中には「刺(とげ)」と「謎」がある、と言うのです。何事もタブーたるべからずの感の描写を続けている作者が急に矛を収めて「刺」とか「謎」とかしか言わない理由は何なのでしょうか。これは軽薄なブログ子のよく推測できるところではありません。もしかしたら、ですが、この詩人の詩の余りの虚構性を指しているのかもしれません。詩が虚構であっても少しもはばかることはないのですが、目指す虚構の根底に(そういうものがあるとすれば)詩人の純正なる虚構性のみではなく、他人の目から見た虚構性が反映しているのではないか、とこの詩人の伝記記者はおっしゃりたいのかもしれません。

 

  雪や?  雲や?

  安西均『戦後の詩』には毛銭の詩は2編しか掲載されていません。その一つは冒頭に当ブログ(ほ)で紹介した「美しいあの雲に」で始まる5行の詩です。今一つは「寝姿」13行の詩です。これは当ブログ(ほ)で第6章の冒頭におかれている詩として紹介しましたように、「流れには奥山の雲がにおい」で始まり、「ゆうべの石に魚は眠り」と続きます。この詩が文庫本に掲載されている2編の一つなのですから、毛銭の詩の内でも優れた詩なのだろうと思われます。ただ、ですが、この文庫本での「寝姿」は「流れには 奥山の雪がにおい」で始まっているのです。『ある詩人の伝記』では「雲がにおい」、安西均の毛銭では「雪がにおい」なのです。奥山からの流れが運んできたのは雲の匂いなのでしょうか、雪の匂いなのでしょうか。「奥山から雲のにおい」は無理なように思いますが、雲でも雪でも雷でも霜でも霞でもにおわすことができるのが詩人です。できるのと毛銭は何でにおわせたかったかは別ですので、毛銭の詩集に当たってみました。

 

  『淵上毛銭詩集』(青黴詩社刊、昭和22年)でも、前川光則編『淵上毛銭詩集』(石風社、1999年)のどちらも「雪がにおい」となっています。『ある詩人の生涯』での「雲がにおい」は間違いで、きっと「日本の文学」51 尾崎士郎、火野葦平 集(昭和43年)を出版した中央公論社の校正者が誤植を見落としたのです……と書きかけまして、待てよ、と思い直しました。

 

  火野葦平『ある詩人の生涯』では     

  この「待てよ」の内容は、もしかしたら火野葦平の作品自体に雲がにおい」とあり、中央公論社の編集者はそのまま印刷したのであって、中央公論社の校正者が見誤ったのではないのであるまいか、が頭をかすめたのです。図書館から火野葦平『ある詩人の生涯』(三笠書房、昭和31年)を借りました。その63ページに「寝姿」は「流れには奥山の雲がにおい」と掲載されています。淵上毛銭の「雪のにおい」は火野葦平によって「雲のにおい」に変わったのです。ではありますが、この雲化は作家火野葦平の写し間違いだったのでしょうか。

 

  この作品は講談社の雑誌「群像」19554月号に『詩経』というタイトルで掲載されたそうです。その初出時に既に雲化は行われていたのでしょうか。行われていたとすれば、(A) それは火野葦平の原稿でなされていたのでしょうか、(B) 火野原稿では「雪」と書かれていたのだが、ゲラでは「雲」化されていたのを「群像」の校正者が見逃したのでしょうか。それとも(C)初出の「群像」では「雪がにお」っていたのだが、単行本にするときに、すなわち 三笠書房版で雲化が起こったのでしょうか、すなわち『詩経』を『ある詩人の生涯』として印刷するときに誤植を見逃したのでしょうか。この三つのどれでしょうか。それとも他の契機で雲化が引き起こされたのでしょうか。

 

  火野葦平に詳しい方によると    

  三つのうちのどれが正解なのかしら、と思っているうちに時間はどんどん経っていったのですが、最近ふとしたことで火野葦平に詳しい方に事情を聴くチャンスがありました。

  この方によると、『詩経』でも「雲がにおい」となっている、火野葦平は「雪」と書いていたのに印刷所が「雲」と間違ったのかどうかは原稿が残っていないので確認のしようはない、ただ、とその方が強調したことがあります。火野葦平の作品には他の人の作品を引用した文ではオリジナル通りではないケースはいくつも見られるのだそうです。という訳で雲化の原因は上記の (A) のようです。

  

  贅言ではありますが:どなたかが

<幾山河 声去りゆけば 寂しさの 果てなむ国ぞ ……>と書いていても、

<幾山川 越え去り行かば 寂しさの 果てなむ国ぞ ……>と書いていても、ン? と思わず読み過ごすかもしれません。前者の<声去る>は詩には許される表現と解されるからですし、後者の<幾山川>は平板な表現に見えますが、意味は分かります。

雲と雪は字も似ていますし、作家が引用文の一字を誤っていたからといって、それをあげつらうのは、それこそ絵に描いたような夏炉冬扇だな、と思いながら、少し気になったので二、三の本をめくってみた報告です。

 

 

  蛇足ではありますが:このブログのタイトルを冷かしまして

  幾年月  越え渡りなば  驕慢の  果てなむさがぞ  今日も筆取り

 

  浅はかな考え違い       

  これも当ブログ(ほ)で私は、

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610日(ほ)文庫本の詩集での2章の冒頭に置かれている詩頭の中に一匹の/蛍がいて、/私の呼吸といっしょに、/光ったり/消えたりしているで見た、頭の中にいて命の実感といっしょに蛍のように光っているのは「反逆」です

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と書きました。

 

  しかし、です。『淵上毛銭詩集』(青黴詩社、昭和22年)で「探求」を探してみると24ページに掲載されていました。全詩は次のようです。

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さっきから

 頭の中に

 一匹の螢が居て

 私の呼吸と

 いっしょに 

光ったり 消えたりする

 ときどき息を止めてみる

 

その螢が

 真理を真理をと

 光るんだ

 

夜が明けたら

 私がやっとぐらゐな

 人間だもんだから

 お陽さまの方に

 逃してしまった

 

今度は逃がさない 

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  火野小説ではこの詩の冒頭の「さっきから」が省略されています。雪さえ雲にするくらいですから、「さっきから」の省略はアレコレ言うほどのことではありません。前述のように、私は詩人の中で光ったり消えたりしている螢は反抗だと思い込んでいました。これは間違っていました。詩人は光ったり消えたりしていたのは真理だというのです。こう書かれてみると、毛銭の中で反抗は光ったり消えたりはしていません。それは詩人の軸ですから、消えないのです。 

 

  長くなりましたが、安西均編著のアンソロジーから淵上毛銭へ、さらに火野葦平へと玄関先を訪ねた様子を2回に分けて報告いたしました。