何かの試合があればどちらが勝つかを、人間であれば人間であるが故に誰もが予測してしまう。予測する行為とは、いわば人間の本能ではないかと考えられる。
未来を予測する行為は、占いがその発祥とも言われるが、日本でも邪馬台国の卑弥呼が占いによって政治を行っていたようだし、律令政治下では陰陽師は官僚として朝廷の要職についていた。
中国では殷の時代に甲骨に文字を記して祭祀政治が行われたし、インカやマヤ文明でも似たような政治が行われれていたようである。
人間は未来に対する不安が常にあり、それを何かの力により安堵させてほしいという欲求があるのではないだろうか。その安堵を与えてくれるものにすがる行為は、他の動物にはなくても人間にあって何ら不思議はない。
現代であれば、ほとんどの人が生命保険に加入している。年金、健康保険もある。また、新宿の母にすがる人もいるし、合格祈願に参拝することもそれにあたるだろう。数え上げればきりがないほど未来の不安に対する安堵方法はたくさんある。そしてFXであれば情報商材にすがったりするのであろう。かく言う私も情報商材にすがりまくりましたが(>_<)
2010年南アフリカ・ワールドカップでタコのパウル君が8試合の勝敗予想を的中させて人気者になった。別にパウル君がワールドカップの試合を当てようと思っていたわけでもないし、ワールドカップのみならずサッカーすら知らないのだから、人間の未来を知りたいという心理が投影されていたに過ぎない。洋の東西を問わず人間は本質的に予測が好きなようである。
占いから派生したものにギャンブルがある。占いと同じように未来を予測する行為だ。
ギャンブルの歴史は相当古く、文明開化とともに始まったとも言われる。紀元前8世紀、ギリシャ時代のホメロスは彼の詩の中で人々がギャンブルに熱狂している様子を描いている。ギャンブルは古代から、人々を熱狂させるものだったようだ。
以前、人間はなぜギャンブルが好きなのかを考えたことがある。
『未来を予測しそれが当たった時に優越感に浸れ、なおかつ金銭まで手に入れることができるから』だと考えた。一人しかいない世界で何かを予測して当たったとしても何の喜びも得られないはずだし、金銭も必要ないのでやはり金銭を得る喜びもない。今考えても同じ結論に至る。
FXとは、いわば未来予測をしている行為ではあるが、上がるか下がるかは誰にもわからない。こうなったらこうなりやすいという程度の予測でしかない。一度こうなったらこうなりやすいと思う方へベットしたなら、その根拠が崩れるか目標に到達するまでそのポジションは保有しておかなければいけない。
しかるに、それが困難な理由は
① ローソク足の上下運動により、損失がでるのではないか、または含み益がなくなってしまうのではないかと不安になる。
② ある程度の含み益がでると早く決済して利益を確保したいと思う。
これは人間であれば当たり前に感じることであるのだが、これを克服するのは各個人が決めるルールしかないのだと思う。ルール通りに決済できれば良い決済で、ルールに違反したら悪い決済。後(未来)から見て悪い決済だとしても、また、いくら他人から笑われようが本人のルールに合致していれば、それは良い決済であったと納得するしかない。
「未来は誰にもわからないのだから!」
これを踏まえたうえで、今日のユロ円の決済は最悪だった。まさにローソク足の上下運動に振り回されていた結果だ。
「利確も相場に合わせる」・・・言うは易く行うは難し・・・だ。