取り越し苦労であれば幾らでも心配するよ…

良く結果が分かる前にああだこうだと心配したり予測すると意外にも好転することが有る
なんでかね?
勿論そのまんま心配通りドボンってことも同じくらい有る(笑)

「いらっしゃいませ!」

まっいずれにせよ本番は始まる
ただ
ここまで何も考えずに無駄に過ごしたワケじゃない
と言いたいところだが
万策尽きるどころかほぼ何も浮かばなかった
白湯を飲ませて飴を舐めて貰っただけだ

運を天に任せるしかないのか?

幕が開いてH君の声がどのくらい出るのか?
取り越し苦労をするだけしてみる
まだ開場したばかりだ
30分は有る

コメディーであるからと言って笑いに逃げるのも切ないし…
なんかないか?

パターン1
(全く声が出ない時)

パターン2
(少し声が出る時)

パターン3
(半分くらい出る時)

パターン4
(かすれる程度)

パターン4
(全く問題無し)

スタッフのAさんが舞台裏の楽屋に
「どうしますか?」
「5分押しでいきましょう」
お客さんの入りもチェックせずにH君の体調を慮って即答した

Aさんの顔を見て閃いてしまった!

コレしかない!

あとは運を天に任せるしかない

再びAさんを呼び耳元でお願いをした
そしてそれは役者全員にも告げた
皆鳩が豆鉄砲を完全に食らった顔だった…

舞台裏大幕一枚隔てた狭く暗がりで然も小さな声で大博打の作戦が執り行われていたのだ
そんな事は露ぞも知らないお客様が続々と来場して来た
お客様のざわめきで作戦会議は程なく終了

あとは

幕が開くのを待つのみ

H君の心情を思うと胸が熱くなるが
一か八か

やるしかなかった!


さてAさんにお願いした作戦とは?
そうAさんと言えば
そう
役で効果音師をやってもらっている
つまり
H君の声が出てこない場合は
効果音師転じて

ズバリ!
「活弁士」

無声映画の活動弁士よろしく
Aさんに舞台袖に立って貰い台本通りに…

もうコレしかなかった
あとはどのくらい声が出るのか?
それによって弁士は出さないで済むのか?
否か?

無謀
無防
無帽

されど
無策では無い

後悔だけが人生さ…(笑)

笑うしかなかった


「5分前です」







そして…





強靭なヒト…

客入れ迄あと10分
全体集合
気合い入れからの客入れになる
H君は白湯を口に含みながら客席に座っていた
思わず自分も白湯を口に含みゴクンとやる

「集合!」
因みに気合い入れとは皆で輪になって青春宜しく肩を組み「ガンバルゾ!」 「オー!」
的な…
ただ残念ながらこん時の記憶が…(笑)

というのもこの気合い入れは後々間違いなく
ワタシの生き様というかワタシの真骨頂というかシンボリックなモノとして欠かさない行事の一つになっていくのです

こん時はいかんせん劇団としてやっていくつもりはまだ無かったせいかこの気合い入れ的な
部活動モードは全く頭にはなく公演を打つことで一杯一杯で色々と余裕がなかったネ

そう
余裕がなかったネ
H君の心情を慮ることも出来なかった
いきなり的に芝居の台本を書かされて
オマケにほぼ主演をやらされて
疲れと初日打ち上げで喉迄やられて…
そんなH君の心情を考える余裕がなかった

ただ
そん時はH君頼む!
としか思えなかった
情けなかったネ…

そんな時は
そう
流石のAさんがH君に一言…

それはスタッフが開場のコールをする一分前だった

「普通に張らずに…素喋りでいいからネ」
「ハイ」

「開場します!」

後で聞いた話しだが
H君は

素喋りの意味が直ぐには理解できなかったらしい(笑)
時間がなかったのでその場のノリで
「ハイ」と…(笑)



「いらっしゃいませ!」


いよいよ2日目
2日落ちになるか2勝目をもぎ取るか

のるかそるかの大博打

楽しみしかなかったネ!

こん時は…






そして……


危機一髪
余談だが役者になって2回程本番中に声が飛んだことがあった
2回共に50歳手前の頃だった
自慢することではないが主役系でやらせて頂いてそれまで一度も声をやったことがなかった
その時だけだった
その後も酷いのはなかった

原因は多分疲れストレス飲み過ぎ加齢もあるかもだが
こん時のH君は22歳
若いとは言えプロの役者でも目指しているワケでもないし稽古は通常稽古を含めここまで
約3か月
声帯は筋肉ではないので鍛えて鍛えられるような簡単な器官ではない毎回腹式呼吸で上手く喉を開いて出していく事に慣れていくしかない
舌やその周辺部分をボイストレーニング等で鍛えていくしかないのよね
まっまれに天性でその喉が強く俗に「鉄の喉」なんて言われるヒトもいる
自慢じゃないが自分もそう言われまたそう思っていた時期もあった(笑)
毎日のように飲みに行って終電で帰って
翌日本番でまた本番終わったらまた飲みに行って繰り返し繰り返し(笑)
でも全く喉は潰れなかった
ただ
それが祟ってか歳を重ねる毎に少しずつ喉が弱くなって鉄の喉からプラスティックの喉に
そして最悪神の…イヤ!紙の喉になってしまってマジでやばい状態に!
でも本番中は酒を飲むのを控えるようになってからはかなりの確率で喉はプラスティックへ
そして今は鉄の喉へと(笑)
ていうか50歳を越えて漸く喉の使い方声の出し方がわかってきたのよね(笑)
遅すぎだろ!(笑)
なのでやはり天性の部分は多少なりともあったのではないかと(笑)

H君の件で若干の緊張が張り巡ったその時Aさんがまたもや大人モードの助け舟を出した
「今日はどのくらいお客さん入るかなぁ?」
この頃は確か一般客は席も日時も一切予約制無しだったネ
なのでマジでその時にならないとわからなかった
今じゃ考えられないよね
ただ役者や関係者の個人客は日時指定だったので席だけ確保してたっけネ

「かけますか?何人入るか?」
H君がやばい時に何を呑気なと思うかもしれないがそれは全くの逆だった
自分もAさんもそして他の皆んなも同じだった
一瞬沈黙
「平日の夜なので70人!」
なんとその沈黙を破って最初に掛け声をあげたのはH君だった!

ひょっとしたら自分の件で皆に迷惑をかけている事に申し訳なく思っての事だったのか?
中々の大人モードだな(笑)
それとも全くお構いなくで普通に混ざってきたのか?
どっちかって言うと後者の方が有り難い
自分は心の中で…
神妙になるのはまだ早いか(笑)


次々と声があがった!
自分はノートの切れ端に皆の名前と数字を書き込んだ

「ぼちぼち客入れですよ!」
受付スタッフから声がかかった!


さて!

何人入るか!イヤ!イヤ!

H君の声が出るか出ないか
H君の喉が紙かプラスティックか


それとも鉄を越えて
天の声となって舞台に舞う事が出来るか


胸の鼓動が呼び込みのふれ太鼓のように
高鳴ってきた…


H君!



そして……