ガポールのナハナハ日記★ -6ページ目

ガポールのナハナハ日記★

京都ふつうの生活日記

はや3週間が経とうとしている


アメリカ…
慣れた場所に戻りたい
慣れたお友達に話したいこと山ほどある


母国、日本と言えど
急に慣れるわけでもなく
急にほっと出来るわけでもなく
アメリカに来た当初と同じく
ソワソワ、ドキドキ、どぎまぎ
(からちょい落ち着いてきたかな…今ようやく)


その証拠に
初めて近所の駅にたどり着いた日
マンションの鍵を受け取りに行くその日
道でおもいっきし転んで
おでこに大きなタンコブと掌から流血
巻き込まれた息子は後頭部を強打


遠くの方をキョロキョロ見てたら
足元で抱っこ抱っこ言う息子に
引っかかってつまずくってやつ


おんもーいリュックがずっしり後ろ首に
のしかかり
びっくりする大コケ!




無事に初めてのお部屋に到着
それから1週間の間に発生した不具合

洗濯機の蛇口からの水漏れ
(設置業者とマンション管理部門と両方の方が直しに来られる)

ある日急に、お湯が1ミリも出ない
湯船のお湯だけちゃんとお湯で助かる
給湯器の部品交換

どれも即日対応
日本は早い!
とってもとってもありがたい!




家電はヨドバシで。↑
懐かしの “京都タワー”


京都駅から少し離れてるから安心
あの
猛烈に混雑しまくりの
京都駅正面にはまだ行ってない
怖い…



やっと携帯入手して
(携帯番号ないことでめちゃくちゃ苦労した。
各所との連絡が出来ない不便さったらない!)


やっとやっとやーーーっと
家のインターネットも繋がった
(アメリカにいる間に申し込んでおいたが、連絡のつく電話番号がなく、工事の連絡がつかず大幅に遅れた)


航空便は12日ほどで届き
あとは船便を待つのみ
73箱もの段ボール
この家のどこに入るんだ?
って話しは置いといて
とにかく早く荷物が欲しい
どこに収納するんだ?
って話しも置いとこう
(白目ーーー!!!ムリ目ーーー!!!)





サラリと入ったレストランで
こーゆーものが
たったの1000円で食べられる国
最高!!!


引っ越しあれこれで失っていた食欲も
完全に戻る





この国
オワッテルと思ったこと↓

公園の砂場からガラス瓶の破片が
ゴロゴロ出てくる

その砂場にはどこかの園児たちも
ぞろぞろお散歩にやってくる

そしてベンチ下にたまるタバコの吸殻

アメリカの整備された綺麗な公園や
子供に対する温かく優しい姿勢を
知ってしまったがために
この国…
なに?
ガラスの破片がわたしの心にぐっさり刺さったわ

両手をポケットに突っ込んで
足を引きずりバタバタさせて
睨みを利かせながら
こっんな国…
不良だ不良だ不良になってやる
そんな気持ちに
一瞬、なった…



あと
信号のある横断歩道以外
車優先
ということも知った…(京都はそゆとこらしい)

スーパーの出入り口とか
完全に車が先
どっちかな?って譲りあう瞬間もなく
車がバーって来る

歩いてる人が立ち止まらなければ、ひかれる
外に一歩出たら気を抜く暇がない
日本に来て3週間、まだ自転車も車もないので
常に歩いている
その間、車に先に譲って貰ったこと
1度もない

車も多いし
自転車も多い
歩道でもバンバン自転車が来る
子供の手を引いて歩いていると
本当に怖い



そして思う
あ〜 広い道路
便利だった車生活
アメリカが恋しい。。。



まだ日本にしっくりきてません
そのうちくるかな?



今の大きな喜びは
もう
もう
もう







飛行機に乗らなくていいってこと!






これが最高の喜びと安堵
長時間フライトはもうごめんです



嵐のような引っ越しと
帰国日のことなど
また覚書する



アメリカとぜんぜん違う時間で生活してることが
寂しく感じていると同時に
アメリカにいる友人達のことを思う
まだ
そんな日々です


※長文注意※

アメリカに住むこと

約2年8か月
(夫は約3年9か月)

駐在員としてのアメリカ在住でした



こうして年月だけを見てみれば
んなー長くもないし
と思ったが
体感としては
長かった

アメリカの圧が強かったとかじゃなく
それは育児にあると思う
連れて来たとき
ちょうど生後5か月だった息子は
ここでちょうど3歳になる

0歳5か月から3歳!
成長の度合いの激しさよ!
あっんなに小さくてフワフワしてた赤ちゃんが
今や
なんでも話す小さな人になった

アメリカに来た頃は
一日中
ソファーの上でお腹をくっつけて懸命に顔を
上げて、足をバタバタさせていた

それが今や
「バイバーイ!」
と笑顔で手を振り、
わたしを見送る(daycareの玄関で)

はぁ〜
なんと成長したものよ
泣くわ





『わたしのアメリカ生活は
初めての育児で必死に過ごした』




最初の1年は特に辛い日が多かった

慣れない育児
慣れないアメリカ
夫の仕事が激務

夫は金、土を除く毎晩、それは欠かさず毎っ晩
日本と電話会議をしていた
夜8時〜永遠!

夕方遅く帰宅して
急いで夕ご飯を食べ
急いで息子をお風呂に入れ
電話会議へ…
の繰り返し

わたしはそれに合わせて
夕ご飯の準備
後片付け
お風呂後息子受け取り
寝かしつけ
あれ?わたしお風呂入ってた?

はっきりとした記憶がない

つまりは
わたしと息子の1日のうち
夫が登場するのは
たったの1〜2時間

誰の助けも借りられず
しかも
朝方まで聞こえる会議の声
リビングはずっと明かりがついたまま
いつまで経っても夫は寝てなくて


これって…
いったい…
なんなんだろう?


働くこと
会社員って?
生きること


答えのないものに答えをずっと探していた


そんな中
数少ない友人達に
「旦那さん、まだ忙しい?」
会うたびに開口一番に聞いてくれてたこと
思い出した

そうかわたしは
そればかり話してたのかもしれない

今振りかえると
お友達、ありがとう!
そして
どんだけ辛い出だしだよ!
と思うわ


いきなり辛かったことから書いてしまった
なんだかゲッソリ生きてたみたい…
いやいや
そんな状況の最中でも
アメリカの広い公園や自然に癒され
スーパーをうろちょろしてふむふむと楽しみ
なにより息子の日々の成長に
ワハハ〜 アララー 言いながら
半分は楽しく過ごしていた








すっごい綺麗な朝焼け@家の窓から


こっんな遠くまで見渡せる景色のある日常
アメリカは広い
なんて幸せな景色
旅行の朝かっ!
この風景とこのお部屋がとても気に入っていた




そして2年目くらいからは楽しく過ごせた
「いつまでなの?この状況?」
と何度も聞いて、1年…
変わらない状況から徐々に抜け出せたのが
2年目
夫の仕事は落ち着きを見せ始め
「今日、夜、会議ない」
(カタコトの日本語みたいだけど夫は生粋の日本人)
のセリフが増えるように♪
やっと家で家らしく過ごせる
家なのに仕事して当たり前風が
とてつもなく嫌だった




ここからはポジティブなやつ!

アメリカに住んでよかったこと

それは

ズバリ!






広大な大地、自然!






びっくりするほど広くて人の少ない公園が
至るところにある
そしてそこには必ず担当スタッフの方がいて
ゴミ拾いや芝刈り
遊具の点検など
常に整えられている

子どもたちの遊具のある地面は
ウッドチップや陸上競技場みたいなゴム床
で作られており、とっても安全

レジャーシートを敷いて
綺麗な芝生の見渡せる木陰で食べる
お弁当の最高なこと!


「こんなとこ日本にあったら激混みだろうな…
あ〜アメリカよ、なっんて幸せな景色〜」


と呟きながら
のんびり、ゆったり
アメリカっていいな
と心から思った



そしてなんといっても良かったことは








旅行にいろいろ行けたこと!!!







ヨセミテ
グランドキャニオン
アンテロープ
モニュメントバレー
イエローストーン


国立公園の素晴らしかったこと!

道中の開けた大地のパノラマ景色

果てしなく真っ直ぐ続く道

こんな景色、日本のどこ探してもないはず

アメリカに来て良かった〜



サンフランシスコ(もはや旅行ではないが)
ロサンゼルス ハリウッドやサンタモニカ
カナダ バンクーバー、ビクトリア
サンディエゴ
ポートランド
フロリダ


ロサンゼルスのディズニーも
フロリダのディズニーも行けた
ロサンゼルスのユニバーサルスタジオも行った


いやはや
幸せすぎるではないか!


楽しかった!
あ〜楽しかった!
本当にアメリカに来て良かった!




アメリカは日本とは違う
当たり前だけど、住んでみて本当にそう思う
人のリアクションというか
(特に知らない人に対してもフレンドリー)
物事に対する姿勢というか
そんなものもまるで違うし

そこにはアメリカという大きな国があって
そこにはそこの文化がある

こうして日本を離れて日本を見てみると
日本て本当に国土の小さな国であり
少し独特な国ではないかとも思う…
初めてそんな感想を抱いた
今となっては日本で生活することが
少しだけ怖くもある



アメリカにはアメリカの良さがあり
日本には日本の良さがある
どこかを比べて優劣つけるのではなく
アメリカはアメリカ
日本は日本




今回のアメリカ駐在生活で
わたしはそんな風に思いました



この地でいいことも悪いことも
いろいろ経験できました
小さなガッツポーズをしたいような成功も
穴があったら入りたくて二度と戻ってきたくないような失敗も
いろいろ、それはいろいろありました



それらをぜーんぶひっくるめて
わたしの人生において
とてもいい経験となり
アメリカに来て良かった!
と思っています





さーて
いよいよ日本に帰ります!

まだまだもうひと頑張りです

嵐に巻き込まれたかのような
ほとんど記憶のない引っ越しの日のことや
などなど
また書こうと思います






アメリカ生活
本当に本当にありがとうございました!!!





完了

















引っ越しが押し迫ったある夜


「ママ、ひっこしじゅんびしてくれてありがとう。もうすぐアナ(ANA)?にほん?」


『うんそうだよ。日本に行くよ。もうここには戻って来ないよ?』


「なんで?」



目下、絶賛 “なんで”  ブーム!
毎日100回くらい言う
「なんで?」
(大量生産のなんで?にイラつく時もある…)


『パパが日本でお仕事することになったから日本に行くんだよ。さみしい?うれしい?』


「うれしい。。。さみしい…えーん(泣き真似)」




うれしいのは、
空港行って飛行機に乗れるから
あと、
プリン食べれるから
(日本に行ったらプリンとかいっぱい美味しいもの食べれるよって話したから)


さみしいのは、
お友達やdaycareの先生に会えなくなるから
daycareにスーパー仲良しなお友達がいて
その子がいる日は特別嬉しくって興奮している
すっごく楽しい様子
(プチケンカもするけど)


さみしいよね

わたしもさみしい

すっごくすっごくすっごくさみしいね





3歳近くなると
もうごまかしがきかない
ちゃんと説明して
さみしい気持ちもあるんだと
ズキズキする心を感じる



けど


「にほんで、あたらしいおともだちつくるんだよね?」


とも、言っていた

前向きな言葉もちゃんと聞いて
理解していた
(感動!…親バカか?!)





いろいろな経験を経て生きていこう

日本でもBBQやキャンプとか行こう
(ママはキャンプ厳しいかも…( T_T))



先日、会社の方々が開いてくれた送別BBQで
大はしゃぎしていた息子
家に帰って疲れて寝て、目を覚ました瞬間
大泣き!
ながーい間、大泣き!


落ち着いてから理由を聞くと

「ずっとバーベキューしてたかった…」

BBQが終わったことが悲しくて大泣き
なんて!(可愛いやつ!)




アメリカでは会社の方々と集まることが
度々あった
駐在仲間というくくりで
見えない絆のようなものが生まれていたし
会えば、自然と話す仲間がいた
(シンガポールでもそうだった)


日本に帰ると同じように会社の方々との
そういうお付き合いは、ない


息子にとっても、アメリカでの会社仲間との
集まりは大事だったんだな
と思う
ん…寂しくなるな〜…







書いていた…そして
いよいよdaycare最後の日


先生やみんなが
「日本に帰っても元気で頑張ってね」
と言って笑顔で送ってくれた

スーパー仲良しの子も
さみしい気持ちを押し殺して
同じように言ってくれた

そしてじっくりハグして
最後のお別れを
笑顔でしていた

こんな小さな子でも
アメリカに住むこと
そして日本に帰ること
小さいながらもわかっているのだなぁと
じわ〜んとした気持ちになりました



仲良くしてくれたお友達みんなに大感謝
とってもとってもいい経験ができました