ガポールのナハナハ日記★ -5ページ目

ガポールのナハナハ日記★

京都ふつうの生活日記

アメリカから日本に来てはや1カ月

題名の件です

もっとだいぶ前からですけど



歩かない

お店に行けばなんでも触る、崩す

おもちゃ、船便だしで、遊びネタ切れ



アメリカで週3、daycare行ってた人は
もう週7、家と家族のみのメンバーでは
耐えられない
1日1回以上、怒る…(息子が、そしてわたしも)
など、めちゃくちゃ



公園に行けば
普通の四角いスペースじゃ物足りない
アクロバティックゲートボールチームがいて
滑り台などの遊具の真横まで使って
コース取り

公園全体でこっカーンっとボールが
打ち込まれるため
みんなの公園なのに子連れの
居場所がない

ゲートボールじゃない日は
保育園軍団が次々やってきて
おもちゃを貸してくれないだのなんだの
ややこしい
(息子のおもちゃ、間違って持って帰られそうになるし!先生?ちゃんと見てる?)



そんな感じで
もうとっくの昔に




“母子の限界” ですわ。




ほんで
たまには手作りおやつでも作ろうと、
今日も朝からぜんぜん歩かないし
無印で買いたいものあったのに
商品ぶっわー触ってめちゃくちゃで
何も買えずに帰ってきてのイライラで
の中での手作りおやつ


そら
こんなんなるわ













ホットケーキミックスで
電子レンジで蒸しパン

溢れたし
美味しくもないし

船便届いてないから
倉庫に入ってたマグカップで。
深いんよ!
どうかんがえても!




ぜんぶにイライラ




夫は仕事が忙しいと
話も出来なければ、出来ても
「お疲れさん」の一言


公園で出会った親子をお店で見かけたら
“おばあちゃん、お母さん、子供”の図。
いいよないいよな
頼れる人が近くにいるって…

超絶ヤサグレ中だから
人のことなんかどうだっていいのに
なぜかイライラが増す




ホットケーキミックスも卵も
時間も手間も
すべて無駄にした今日




今日もトイレの中まで息子がついてきます
パズルのはじっこの尖った部分で顔をギーされて
わたしの顔はミミズ腫れ

予定では
12月から週2の保育…
はよ12月来て!

てゆーか4月来て。





はい、愚痴だらけ
ごめんなさいショボーン




※これも覚書です…※



朝、ホテルで朝食

アメリカに住んでの感想を語り合う

そんな本帰国の日



アメリカに来て良かった!

いろいろなことを経験することが出来た

日本にいたら経験出来なかったこと
たくさんたくさん出来た

これが一番良かったこと



さぁて!

あ〜もうこれが最後か〜

アメリカさようならだ〜

という気持ちで空港へ



サンノゼ空港から成田で乗り継いで伊丹空港まで

成田空港での国内線乗り継ぎ時間は70分



成田に着いたら別送品有りの申請しなきゃだし

スタンプは必ず押してもらう

など

気が抜けない飛行機



乗り込んですぐ息子は寝始める…

あー最初に寝ちゃうパターンだ



飛行機が動き出した瞬間

まだまだ気が抜けなくてあれもこれもと
頭の中はいっぱい

だったはずなのに

意思とは無関係に溢れ出す涙

あれっ!?!

この地に初めて来た日のこと

初めて運転した日のこと

キョロキョロドキドキしながらベビーカーで
お散歩に出た日のこと

いっっっろーーーんなことが急に思い出され

ずっとずっと…涙が止まりませんでした




息子は1時間ほどで目覚め

そこからごはんを貰って食べる

んで。

着陸までずっと起きてるよね



サンノゼから成田までは約12時間

フツーに辛いよね

3歳がいっしょとか関係なしに

めちゃくちゃ長いよね

狭いわー 長いわー せわしいわー

そこへ来る更なるトラブル


夫が、目の裏が激痛だという頭痛を訴え

顔を歪め出したではないか!

なぬーーー!

普段めったに頭痛などしない人が。

成田で医者に行く?

(鎮痛剤飲んでも良くならない!)



全部が辛くてたまりませんでした

わたしの頭の中は



これ終えたらもう飛行機乗らなくていい!



それを励みに頑張るほかなく…



永遠か?とも思われたフライト…

やっとやっとやっと成田に着陸

が!



なぜに?

毎日運航しているANA国際便が
なぜに到着ゲート使えないわけ??
定刻通りに着いたのに??

なんと!
着陸後、バスに乗って到着ゲートまで送るという
いっかい外に降りてバスに乗らねばならない

ほんでもって

その送迎バスが

待てど暮らせどぜっんぜん来ない!

機内でひたすら待つ、待つ、待つ

20分のロス

に加えて

亀のようにノロいマイペース家族が1組おり
機内からぜんぜん出てこない!
その家族待ちで
バスが出発出来ない始末

更に10分以上のロス

(全員を待たせてることにすら気が付いていない残念家族)



乗り継ぎ時間がどんどん短くなる



滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗ポーン滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗滝汗



一睡もしていないわたしは
もうフラフラなはずなのにランナーズハイ状態

重い重い荷物も指1本で持ち上げられそうな
そんな。

「限界なんてない、自分で限界を決めるな」

なんかそんなことを心で唱えてた

バスから降りたら





とにかく走る!





イミグレで別送品有りの申請

そこでハンコを貰って

ABCカウンターというところへ提出しに行く




長蛇の列ーーー!!!



そこは、宅急便受付と同じデスク

係の人に聞いてみたけど

同じ列に並んでください。とのこと



並んでる間に二手に分かれて同時に
国内線へチェックインしに行く


ようやく手続きを終えて走ったら


「伊丹行きの方〜こちらです〜!」


もう最終呼びかけがかかってた



1ミリも余裕のない
ギリギリの伊丹行き搭乗


はーぁ。。。


全てはバスのせい、マイペース家族のせい
とか思うより
もう間に合わないと思った飛行機に
乗れただけでもう満足



焦って焦って大急ぎしているときの風景は
いつもと違って見えた
全てがゆっくりしているように見え
とまっているようにさえ感じた
それほど
すんごくすんごく急いでいた



成田発伊丹行きのANAは噂通りの満席
12時間フライトのあとの国内線は
ほぼ秒で着いたも同然

心配していた夫の頭痛も治り
百倍ホッとした、伊丹空港着陸

空港隣接の大阪空港ホテルに宿泊
お腹が空いたとか余裕なこと言い出す夫は
長蛇の列の「551の蓬莱」を買いにいったではないか!

餃子か肉まんか知らんけど
買ってきたそれを夫と息子が食べてる横で
わたしはベッドから起き上がれませんでした






↑スーツケース開けたら入ってた

TSAの用紙
[Notice of baggage inspection]

アメリカの空港でスーツケースが
係員によって開けられている

なんで?なにを?

現金の入った袋のチャックが開いていた
300ドルくらいだったので問題にはならないが
現金はスーツケースに入れてはなりませぬ!

もう荷物がとにかく多くて
整理もめちゃくちゃになって
今使わないものを無理矢理スーツケースに
押し込んでしまった結果
検査にあってしまった


とにかくバタバタドタバタしながら
やっと。。。
やっとの思いで京都のマンションまで
たどり着いた
そんな本帰国



今は船便をひたすら待っている状態


そして
アメリカで本帰国が決まってから
いろいろなこと準備してやってきて
いつか
いつか
必ずこの作業は終わり
日本でホッと出来る日が
必ず来る
そう思って
その日がやってきたのだ
と思うまでになってきました

クリスマスケースの予約とか考えてウキウキ

風が冷たくなって
あ〜これが日本だよ
と感じている今日です



完了












※覚書です※


アメリカでの引っ越しの日
それは
息子のdaycare最終日であり
息子の3歳のお誕生日でもあった


朝からいっろいろソワソワ
引っ越しは午後から
まさかとは思ったが
夫は会社での片付けと挨拶とやらで
普通に出勤して行った
(心の声→あなたまだ自分のもの仕分け終了してないでしょ?どーすんの?)
そして
予感は的中
思いっきり午後も午後に帰宅
(なんちゅうやっちゃ!オイー!)

そう
我が家の引っ越しリーダーはわたし
わたしもわたし、ほぼわたし
夫は自分のものだけやればいいのだから

あ、らら?
今さら愚痴言いたいだけな?ような?
うぇ〜ん、えんえんえん…
誰かに聞いてほしかったんだもの〜涙…



午前中からせっせと仕分け作業
息子がいない間に
荷物をどわっ〜っとリビングに運ぶ
一瞬も座る暇なく動いても
あっという間に午後



daycareへ息子お迎え
最終日、外でみんなと写真撮影したり
お別れの言葉を言い合ったり
最後はお友達みんなでハグしてた!
ななな泣くわーーー!

小さな子供たちの間でも
「お別れだね、日本に帰っても元気でね」
「ありがとう」
など
ちゃんと会話があり
なんだか感動&感心
わたしの心は大号泣でした
ママ友とのお別れもこの上なく寂しく…



最後の道を感慨深く運転して家へ
いよいよ引っ越し本番
2時ちょうどに引っ越し屋さんがピンポーン

わたしのイメージでは
5、6人がやってきて
わたしも同時に最終作業をしながら
と考えていた


実際は




ピンポーン

はーい






目ん玉一瞬飛び出る




ん?え?あ?




代表の日本人の方がひとり
その後ろに
ワラワラワラ〜っと
メキシカン男性陣が
10人くらい


いや
体感としては30人くらい(なわけないけど!)


ピンポーンでドア開けた次の瞬間から
始まる引っ越し作業
リーダーのわたしが
仕分けの説明


が終わらない先に
言ったところからもう始まるの!
引っ越し作業が!


ベッドのシーツも2秒で引き剥がされて
「はい、これどうする?」



はっははは
早いのさ!



とにかく作業が早い
何かを迷っている暇はない
全ての物の行き先が完璧に決まっていないと
対応できない



陽気なメキシカンは
エスパニョールでずっと喋りながら
テキパキ
それはもう
夕方には家に帰るからな!
という勢い?で
とにかく作業がとてつもなく早い



まさに
嵐のような引っ越し

わたしはそれに合わせて
聞かれたところを整理したり指示したり
あっちこっち動いて作業して
その間ほとんど息子を見ていない
当の息子は
引っ越し合間にメキシカンに遊んでもらってた






がっらーーーん


2時から始まった引っ越し作業
ぜーんぶ書類の記入まで終わったの
4時30分


はっや!


しかーし
ここからもまだ問題が…
とりあえずスーツケースに入れていくものを
ドサドサ分けて置いてたら


スーツケースの許容量オーバー
入りませーん!


無事に引っ越しは終えたものの
自分たちで運ぶ荷物が
まったくまとまっておらず
そこから固まること4時間…


会社の方へ譲るものをお家まで届けに行ったり
コムキャスト(TV&ネット)の解約に行ったり
いろいろやってて
息子のお誕生日ディナーどころじゃなく
疲れ果ててホテルにたどり着いたら
もう夜の9時…


スーツケースに入りきらないものは
最終的には捨てるという判断
いろんなもの捨ててきた


は〜
思い出しただけで疲れた



翌日は
アパートの鍵などの返却と
わたしの車の売却
(寂しかったよ〜。えーん。)



その次の日の飛行機で日本へ



つづく