これからの生き方

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歳を重ねて病気になった。

体力も免疫力も落ちた。

ワクワクするような好奇心も
どこかに置き忘れてしまったようだ。
ささ
かと言って失くしたものを
探しに行こうとする気力も薄れている。

それが今の私だ。

こんな状態で、
これからどうやって生きていけばいいのか。

それは人生を決定づける程の
大きな問いなのだ。

そしてその答えとは
私がこれまでどう生きて来たかを
映し出す鏡のようなものであるはずだ。


先日、ビジネス系のセミナーに
参加する機会があった。

会社経営、貸借対照表、売掛金、IR
ビジネス関連の用語が空中を飛び交う。

宇宙人の会話かと思った。

私はこうした業務にほとんど触れない
生き方をしてきたのだ。

いや、社会人である以上、関係はしていた
はずである。

けれども、そこにはいつも税理士や行政書士、
経営陣がいた。

その道のプロがいたわけである。
だから私が頭を痛める必要もなかったのだ。

難しい経理や経営の問題も
彼らはいつも正しい答えを出していた。

私は、その間、
気の利いたフレーズを考えたり
美しい映像を創ったりしていれば良かったし
そうすることが私は好きだった。

それができたのも、私が若い頃持っていた
火が出る程強かった好奇心のお陰だろう。

当時はそれがいつまでも続くと考えていた。

老いによる衰え。
もちろんわかってはいた。
わかっていたのは、知識としてだけだった。

身体が理解しようとしなかった。

私は若く、人一倍健康だったのだ。

自分が特別な存在なんだと
心のどこかで信じていたと思う。

奢りだった。
幻想と言い換えてもいい。

無論、根拠など無い。 

ただ若かった。
溢れるエネルギーがその自信を
現実としてみせていた。

若い頃から、 
私の人格はこうして形成されていった。

平たく言えばほめ言葉が
最大のエネルギー源だった。

猿もおだてりゃ木に登る。

そんな私にも
老いはやって来た。


哭いても笑っても
何をする時でも確実に老いていく。

受け入れるしかなかった。

それでも、
先人達の生き様を観て
気がついた。

年齢にみあった  
美しい生き方というものは
あるものだ。

20歳の美しさと
80歳の美しさは違うのだ。

光明が見えた気がした。

生きる術の発見だった。

堂々とした40歳になろう。
堂々とした50歳になろう。

そして53歳。
私はがんになった。

いろいろな計画が狂った。

私はやがて還暦だ。
そしてがん患者だ。
ストーマは
2つもついている。

そして例の疑問が頭をよぎるのだ。

【これからどうやって生きていけばいいか?】

意識している言葉がある。

【成長】

昨日より今日の自分。
今日の自分より一年後の自分のほうが
人としての格が上がっている。

そういう生き方を
目指したい。

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