「嫉妬心をエネルギーにしない」

嫉妬とは本音のバロメーター


好きな人に嫉妬するのは相手のこと好きだからに他ならない。


嫌いな人に嫉妬なんかするはずがない。


また、自分自身がああなりたいという願望でもある。


私自身、がんになる前もなった後も結構嫉妬心があった。


裕福になりたい、他の人から立派だといわれる人になりたい!という願望があり、そんな人に出会うと嫉妬心が沸いてくるのであった。


そして、大きな手術をして身体がボロボロになり、あと何年生きれるかも解らなくなったとき、裕福とか立派だとかなんてことは遠い先のこととなり、健康な人や過去の自分に嫉妬するようになった。


健康を取り戻し、早く過去の自分に戻りたいと必死に頑張った。


しかし、いくら頑張っても失ったものを取り戻すことは出来なかった。


そんな経緯を経て嫉妬を力にすると、妬みや怒りが生まれてしまうことがわかった。


男女間のトラブルもこれと同じ図式だ。


先にも書いたが嫉妬は本音のバロメーター


たとえれば車のスピードメーターの実際出ているスピードのようなもの。


アクセルを踏めばメーターは上がるが、ドンドン踏み続ければ危険度が増えてくる。


それなので、今どのくらいのスピードが出ているかを計り、それから目的地への到着時間を割り出せばいい。


その結果、道が空いていれば早くつくこともあるし、渋滞があれば遅くなることもある。


でも、スピードを出しすぎて事故さえしなければ必ず目的地にたどり着く。


周りの状況も確認せず、早く目的地に着きたいとアクセルを踏みすぎることに問題があるのだ。


なので私は嫉妬を悪者にするのではなく、自分の行きたいところに置き換え、そこに進むための基準とすれば良いと思った。


そして私は、以前の自分より健康になるという目的地を定めてアクセルを踏んだ。


焦りのあまり無意識に踏みすぎて、危険な状態がくるとブレーキを揺るめたり、休憩を取ったりしながら。


徐々に目的地に近づいてくると、不思議なことにメーターが気なならなくなってきた。


マイペースで走ることが一番心地よいと感じるようになったのだった。


スピードが出ていれば周りは見えなくなるが、ゆっくり走れば行程の景色や会話も楽しめるのだ。


目的地に着くことを焦ると嫉妬が大きくなる。


大切なことは嫉妬は今のスピード=本音のバロメーターとして、目的地までの運転や行程を楽しむ心を持つことだと思う。

 

食欲には脳の疲労が大きく関与しています。


脳の疲労の大きな原因はストレスです。


 

人間の脳には、大脳辺縁系という本能、情動の中枢をになう野生脳と、大脳新皮質という知的中枢をになう理性脳があります。


 

脳の疲労はこの2つの脳がぶつかり合うことで起こります。


 

食にたとえれば「食べたい!」という本能と「食べてはいけない」という理性が戦いあって、ストレスが生まれるのです。


 

「食べてはいけない」という理性は何処から来ているのか考えてみましょう。

 

 

そのほとんどは、本に書いてあった、誰かに言われた、巷ではそういわれているなどという常識や固定概念、つまり本当の自分の思いとは違うということです。

 

本当は食べたいけど、食べてはいけない」

 

本心と違うものが身体の中に入ってくる。

これを食べ物に置き換えるとまさに「異物」。

皆さんの体の中に「異物」が入ってきたらどうなりますか?


異物を出そうとします。嘔吐・咳・くしゃみ・アレルギーなどの症状は異物を排泄しようとする体の反応で、ストレスもそのひとつです。

 

 食べ物にたとえましたが、「ストレス」の原因の多くはこのような原因で発生します。

 

そして考えれば考えるほど、脳のぶつかり合いが大きくなり、やがては私達の五感に異常が出てくるのです。

 

これが交感神経の緊張状態です

 

常にいらいら、むしゃくしゃ、ドキドキ体に良い状態でないことは皆さんお分かりですね。

 

ここまで読んでいただくと、本能に任せて食べるのがいいように思われるかもしれませんが、それは大きな間違いです。

 

脳は使わないと発達が止まったり、退化することは皆さんご存知だと思います。

 

本能に任せて野生脳ばかり優先していると、理性脳は退化してしまいます。

 

そして徐々に自分の感情を抑えきれなくなってしまうようになるのです。

 

最近頻繁におこっている凶悪事件などの犯人のほとんどがこのようなパターンに陥っています。

 

テレビやゲームなどもほとんどが本能にばかりアプローチをかけてあらゆる感情を引き出そうとしています。

 

食べ物の番組やコマーシャルもこれと同じです。

 

いかに食欲や物欲、快感という本能を刺激し、理性を抑えさせることができるものが良いテレビ番組やコマーシャル、ゲームなのです。

 

そしてこの感情を抑えると「ストレス」が発生します・・・・・

もう堂々巡りですね。

 

普通で暮らしているだけでストレスが発生する世の中なのです。

さて、ここでどうしたらいいかです。

 

答えは「自分で決める」ことです。

 

常識や固定概念にとらわれず、「自分最適」をみつけることです。

 

私達人間は100人いれば100人すべて顔も性格も外見も違います。

 

なのにすべてが同じでないといけないというのが常識や固定概念の奥にあり、それが私達をがんじがらめに縛ってしまっているのです。 

 

「朝食を食べないといけない」という常識があります。

 

しかし寝るのが遅くて、きちんと目覚めていないうちに無理して朝食を食べるのは、遅い夕食を食べていることと同じです。

 

体は食べ物を受け入れる準備ができていないのに体の状況を無視して食べてしまっています。こんなこと多くないですか?

 

「固定概念」に縛られずに決めるには「自分にとって心地いいか?楽しいか?」ということを問いかけてみてください。

 

「自分最適」を見つけるために、もう一つ大切なことは「学ぶ」ことです。そして自分の仮説をつくるのです。 

 

たとえば、いくら甘いのもが好きでもガンや糖尿病をもっていたら、甘いものを食べることは自分の楽しい未来を削ることになることは、ある程度学べば解ります。

 

学ぶからこそ「半年は甘いものを止めてみよう!」と自分で決めることができるのです。

 

「学び」がないとこれも本能の赴くままになってしまいますね。

 

幸せになるために今何が大切なのか、必要なのか、何を止めなければいけないのか、よく学び考え「自分が幸せになるための選択の基準」を持ってください。

 

そして「自分で決める」ことで「不安」も少なくなります。

 

「不安」は疑うことから生じます

 

たとえば、「玄米菜食」をしていて、動物性たんぱく質をとらないと元気が出ないと人から聞くと「不安」になりますね。

 

それは「玄米菜食」を疑うことによって発生しているのです。

 

このようにして疑いだすとどんなことでも疑がわしくなり、「不安」はどんどん広がっていき、何も信じれなくなってしまうという悪循環に陥ってしまいます。


 

 そうならないために

「自分で学び、自分を信じて、自分で決める」のです。

 

何度もいいますがその基準は「自分にとって心地いいか?楽しいか?」そして「その先に楽しい未来があるかどうか」も大切な基準です。


 

 毎日の食事を「おいしく・ありがたく・たのしく食べる」ことで、貴方に幸せな未来が訪れるとしたら食事の時間は至福のひと時になりますね。

 

これが「食を楽しむ」ということだと私は考えています。

 

最後にもう一つ、多くの人は空腹を満たすために食べたいという「飢餓的空腹感」を満たすために食事をしています。


 

それでは食事は欲求の解消にしかなりません。

 

是非「楽しい食事が待ち遠しい」という「期待的空腹感」を味わってみてください。


すると空腹も楽しくなり、さらに「食を楽しむこと」ができますよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年のお盆は娘や息子も帰省して、は家族でゆっくり過ごしました。

ガンになった頃の何年生きれるか?わからないという不安、そしてサラリーマンを辞めて家族や子供たちはどうなるのか?という不安は見事に裏切られ、今は家内も子供も自立して自分の人生を歩んでいる。

本当に有難いし、不思議に思う。

今日はそんな当時のことを振り返って、一番不安だったお金について書こうと思います。


11年前サラリーマンを辞めようとしたとき、一番心配したものが“お金”だった。


会社を辞めると言うことは、定期的に決まったお金が入ってこなくなるということ。


当時、子供たちはまだ小学2年と4年生で、これからお金も随分かかるだろうし、住宅ローンもまだ800万位残っていたので、考えれば考えるほどお金のことが心配になった。


でも、いくらお金があったとしても再発してしまったら、またお金を湯水の如く使わなければいけなくなるし、死ねばもうお金は入って来ない。


その頃、私は売場からは離れて物流部門に勤務していたが、がんになってしまったらもう今までのような仕事も出来ないし、売り場には戻れないという精神的な苦しみは増すばかりで、このままここにいたら以前との比較ばかりしてこの年で人生を半ばあきらめなければいけない・・・・


人に相談すると「今まで頑張ってきたんだから、無理せず適当にやってお金だけ貰っておけば良いのでは?それは権利なんだから」のようなことを言われた。


しかし、やりたがり屋で止まることが出来ない私には間違いなく大きなストレスになると思った。


「ただ生きることだけを目的とした人生なんて送りたくはない!」


また、「そんな姿を子供たちに見せたくはない!」と


だったら、人として、父親として、どんな逆境に陥っても楽しそうに前に進む姿んでいたという生き様を残したい!


サラリーマンを辞める決断をした。


お金に関しては、良く本などに書いてある「世の中に必要なことをやっていれば、必要なときには必ず入ってくる!」という話を信じることにした。


まったく根拠はなかったので信じるしかなかった!といった方が良いかもしれない。


住宅ローンは退職金と生命保険を解約して一括返済できた。


ローンの残高は800万だったが、金利が減って600万弱になったのがラッキーだった。


生命保険も収入が無くなれば毎月払うのは困難になるので身軽になるために解約した。


今、思うとがんになって生命保険を解約するなんて無茶苦茶な話だが、当時は“死なない”と言う決意でもあった。


それから17年


定職に就一度もないが、2人の子供たちも社会人となり親の元を離れて暮らしている。


上の娘は昨年、結婚もして、それぞれやりたいことをやり、自分人生を歩んでいる。


当時はどうなるか?なんてまったくわからぬまま根拠なくなんとかなると信じて前に進んだら、 本当になんとかなってしまった(笑)


偉そうに言ってはいるか、99%は家内のおかげでもある。


そして本当に必要なときには、必要なだけお金は入ってきた。


そんな経験を通して「お金は呼吸のようなものだ」と思うようになった。


以前の私は生きてゆくためには酸素を取らなければいけないと思い、必死に呼吸をしていた


つまり吸うことに必死になりすぎて過呼吸状態だったのだ。


やっぱり良く言われているように大切なのは「吸うことより、吐くこと」


思いっきり出したら、入るしかない。


そこからは、自然の流れに任せ、苦しくなったら吐くことを意識する。


呼吸は目的ではないが、ないと生きていけないとっても大切なもの。


これから先、どんな呼吸をしていくか?


焦らず、慌てず、ゆっく~り、大きく、リラックスして、呼吸を意識して生きれたら良いなぁ♪


今日、パリオリンピックが終わりますが、メダリストやス選手なんかが良く「自分に打ち勝つために○○をしてきた」なんていいますね。


そんな話を聞いて、自分も成功するためには、同じことをして自分に打ち勝たなければいけない!
と思い行動しても、逆に
できない自分に対して敗北感を味わうなんてことありませんか?


私も癌になった当初、癌からの生還者に見習って今までの生活習慣や考え方を変えなければいけないと思い行動をしていましたが、どうしても以前の自分が顔を出してしまうので、そんな自分に打ち勝たなければいけないと思ってできない自分に腹立たしく思い、劣等感を持つようになりました。


ここで言う、自分に打ち勝つとは「自分を否定すること」で成立しているのではと思うようになったのです。

どうして自分はできないんだろう?


まだまだ自分に負けている。


もっと頑張らなければ!

でもやっぱりできない・・・・


自分はやっぱりダメな人間だ。と

これでは一体何のための行動したのかわからないし、行動したこと自体が意味のないものになってしまうのではないのか?

私は、本当の意味での「自分に打ち勝つ」とは、どんなに自分にとって悪い結果になったとしても、それを腹に落とし新しい自分の未来に向かって進むこと。

例えば、何か目標を立てて行動を起こし、それが3日坊主で終わったとする。

そのとき、まず行動できた自分を褒めてあげる。

でも、三日坊主に終わってしまった、まだ弱い自分がそこにいることを認める。

今まで長年続けてきた習慣をそんなに簡単には変えることは難しいことを実感する。

また3日坊主になるかもしれないが、もう一度、何回でも出来るまでやってみよう!

自分自身の新しい未来のために、小さな一歩でも進んでさえいれば必ず目的地には着けるはずだ。

特急に乗って早く目的地に着くのもいいが、鈍行で周りの景色を見ながら目的に向かうのがなんだか楽しそうだな! 

なんて、思えば良いのではないのでしょうか?

特急列車に乗るのではなく、鈍行で行くことが人間的
成長をしていくことに繋がるように私は思います。

過去の自分に打ち勝つのではなく、未来の自分のための行動を継続し続けることが、本当の意味での「自分に打ち勝つ」ことだと思います。

というより、勝たなくてもいいんですけどね(^-^)/

今日は月に一度の視覚障がい者パラスポーツ『ブラインドボクシング🥊』の練習でした‼️






毎日、筋トレやストレッチはしていますが、視野欠損が進み走ることができなくなり、歩行にも白杖が必要になったことで、スタミナ不足を感じます。

今日はこの暑さもあってミットとマスボクシングでバテバテ💦

動きが硬いなぁ(笑)


アイマスクをして、視野0でのマスボクシング前半

バテバテの後半


11月には大会もあるようなので、自宅でできるシャドーや縄跳びも始めないと。

障がい者になっても目標があるって有り難いですね😃

関東ではボクシング関係者にも応援していただき拡がっているようなので、発祥の地でもある愛知でもブラインドボクシングがもっと広がっていくと良いなぁと思っています。

ご支援、応援いただける方がいましたら、お力添え宜しくお願いします🤲