納豆はサプリメントではありません。

― 発酵食品と健康補助食品の違い ―


ラフィーネ-アルファと納豆の成分比較



ラフィーネ-アルファと納豆は、どちらも大豆を原料としていますが、その性質は大きく異なります。


ラフィーネ-アルファは、大豆を発酵させて得られたエキスを中心に、オリーブ葉由来のヒドロキシチロソール、ルチン、メチルヘスペリジン、フコイダンなど、複数の機能性成分を配合した健康補助食品(サプリメント)です。必要な成分を効率よく摂取することを目的として設計されています。


一方、納豆は蒸した大豆を納豆菌で発酵させた伝統的な発酵食品です。発酵によって生まれる天然の栄養成分をそのまま食べることができ、たんぱく質、食物繊維、大豆イソフラボン、レシチン、サポニン、ポリアミンなど、大豆本来の栄養素も豊富に含まれています。


さらに納豆には、納豆ならではの成分であるナットウキナーゼとビタミンK₂が豊富に含まれています。これらは一般的なサプリメントには含まれていない、あるいはごく少量しか含まれていないことが多く、納豆ならではの特徴です。


つまり、ラフィーネ-アルファは特定の機能性成分を補給するための健康補助食品であり、納豆は栄養バランスに優れた発酵食品として、日常の食事の中で幅広い栄養を摂取できるという違いがあります。



両者を比較すると


健康維持という観点では、それぞれ役割が異なります。


ラフィーネ-アルファは、ヒドロキシチロソールやルチンなどの機能性成分を効率よく摂取できることが特徴です。一方で、食事の代わりになるものではなく、たんぱく質や食物繊維などの栄養補給は限定的です。


納豆は、一つの食品でありながら、植物性たんぱく質、食物繊維、大豆イソフラボン、ビタミンB群、ミネラル、ナットウキナーゼ、ビタミンK₂など、多くの栄養素を同時に摂取できます。また、発酵食品として腸内環境にも良い影響が期待されます。


したがって、総合的な栄養価では納豆が優れていると考えられます。一方で、ラフィーネ-アルファは、製品に配合されている特定の機能性成分を補いたい場合に活用する健康補助食品という位置付けです。


つまり、


  • 総合栄養なら納豆
  • 特定成分の補給ならラフィーネ-アルファ


という使い分けが適しています。


納豆は1000年以上にわたり日本人が食べ続けてきた伝統的な発酵食品です。食べ物として、たんぱく質・食物繊維・ビタミン・ミネラル・発酵由来成分を自然な形で摂取できる点が最大の魅力です。


ラフィーネ-アルファも健康維持を目的としたサプリメントとして価値があるかもしれないが、日々の健康の土台をつくるという意味では、納豆はサプリメントでは代替できない食品であると言えるでしょう。


※なお、ラフィーネ-アルファについては、製品に期待される効果と、納豆に含まれるナットウキナーゼやビタミンK₂などの効果は必ずしも同じではありません。また、健康効果には個人差があり、サプリメントは医薬品ではありません。

✳️💫いばらきの納豆特集💫✳️

以下の書き出しから始まるいばらきの納豆特集。
記事を書くために記者お二人が朝早くからお越しになり、納豆作りを身をもって体験された。

知れば知るほど、いばらきの納豆は深い〜 発酵がつなぐ、人・技・未来~
茨城県といえば納豆。古くから県民の食卓に欠かせない存在として親しまれてきました。その背景には、豊かな自然環境と、生産者たちが長年培ってきた確かな技術があります。伝統的な製法を守り続ける職人のこだわりはもちろん、県内では納豆菌の研究や新たな商品開発など、未来につながる取り組みも進んでいます。身近な食べ物でありながら、まだ知られていない奥深い世界が広がる納豆。今回は、納豆王国いばらきの魅力と可能性をあらためて掘り下げ、その価値を全国へ発信します。
【県内最多受賞 】一粒に宿る職人技。菊水食品が紡ぐ発酵の物語(有)菊水食品(日立市)

▲第29回全国納豆鑑評会表彰式(2026年5月8日)右側が菊水食品 代表 菊池啓司さん



全ての内容は、リンク🔗先 URLを下記に貼っておきます。

受賞納豆誕生秘話 総括

― 一粒の納豆に、人生を懸けて ―



全10回にわたり、「受賞納豆誕生秘話」をお読みいただき、本当にありがとうございました。


ご紹介してきた納豆には、それぞれ違う物語があります。


菊水ゴールド納豆。

海洋ミネラル納豆ミニ2。

黒豊。

ひたちの納豆。

はこいり娘シリーズ。

なちゅらるなっとう。

菊水の大黒。

そして、茨城パンダ納豆わらつと。


どの商品も、「賞を取るため」に生まれたものではありません。


もっと美味しい納豆を届けたい。

もっと健康に役立つ納豆を作りたい。

国産大豆の魅力を伝えたい。

そして、日本の納豆文化を未来へつないでいきたい。


その一つひとつの想いが、新しい納豆を生み出してきました。


振り返れば、失敗の連続でした。


思うように発酵しない日々。

何度も試作を繰り返したこと。

全国を歩いて理想の大豆を探したこと。

研究者や生産者との出会い。

家族や仲間に支えられながら、一歩ずつ前へ進んできました。


全国納豆鑑評会でいただいた数々の受賞は、その歩みを認めていただいた結果であり、決してゴールではありません。


私が一番うれしいのは、お客様から、


「この納豆なら毎日食べたい。」

「納豆が苦手だったのに食べられた。」

「家族みんなが笑顔になりました。」


そんな言葉をいただけることです。


納豆は、とてもシンプルな食品です。


だからこそ、大豆の品質、発酵、熟成、香り、糸引き、食感、そのすべてに職人の技術と経験、そして情熱が込められています。


私は納豆職人として45年間、一粒一粒の大豆と向き合ってきました。


これからも時代が変わっても、守るべきものは守り、新しい挑戦を続けていきます。


「価格では測れない、美味しさがある。」


その言葉を胸に、本物の納豆づくりを追い求めていきます。


そして、安さだけが評価される時代ではなく、本当に美味しいもの、丁寧につくられたものが正しく評価される社会であってほしいと願っています。


私はこれからも、イミテーションの納豆ではなく、本物の納豆を未来へ伝える納豆職人であり続けます。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


これからも、ひたちの納豆屋 菊水食品の挑戦は続きます。

どうぞ、これからも温かく見守っていただけましたら幸いです。


#菊水食品 #納豆職人 #全国納豆鑑評会 #木桶納豆 #納豆マエストロ #ひたち納豆

受賞納豆誕生秘話も、今回で最終回となりました。



第29回全国納豆鑑評会。


菊水食品は、「大粒・中粒部門」と「小粒・極小粒部門」の2部門で同時受賞という、大変光栄な評価をいただきました。


受賞した賞は、いずれも優秀賞「農林水産省大臣官房長賞」。


45年間納豆と向き合ってきた私にとっても、忘れることのできない大会となりました。


小粒・極小粒部門で受賞したのは、「茨城パンダ納豆わらつと」。


この商品の誕生は、2019年に始まった日立市の「かみね動物園にパンダを呼ぼう!」という誘致活動がきっかけでした。


茨城県と日立市の担当者から、「茨城県といえば納豆。その納豆を使って、パンダをモチーフにした日立のお土産を作ってほしい。」というお話をいただき、誕生したのが「茨城パンダ納豆わらつと」です。


パッケージデザインは藤代デザイン事務所の藤代さんにお願いし、口元の表情が違う5種類のパンダが並ぶ、シンプルで親しみやすいデザインが完成しました。


しかし、本当の苦労は中身でした。


稲藁納豆には以前から何度も挑戦していましたが、納得できる品質には届かず、10年以上試行錯誤と研究を重ねてきました。


そんなある日、一つのひらめきが頭をよぎりました。


「もしかしたら、この方法ならできるかもしれない。」


そこからようやく、自分でも満足できる稲藁納豆が完成しました。


稲藁納豆が全国納豆鑑評会で評価されることは非常に難しいと言われています。


その中で受賞できたことは、本当に大きな喜びでした。


そして、真っ先に思い浮かんだのが、故・樫村千秋元日立市長の言葉です。


「名物に美味いものなしと言われる商品は作るな。」


その言葉を胸に歩み続け、ようやく約束を果たすことができました。


「茨城パンダ納豆わらつと」は、名実ともに日立市の特産品、名物商品になれたと感じています。


もう一つの受賞商品は、「菊水の大黒(きくすいのおおぐろ)」です。


昨年に続き3度目の出品となりました。


一年間積み重ねてきた改良と研究がどこまで評価されるのか、その答えを知るための挑戦でもありました。


受賞後も決して満足することなく、大豆の可能性を信じ、研究と改良を続けてきました。


その結果、昨年と同じ優秀賞てばありますが、ひとつ上の農林水産省大臣官房長賞、今回は大粒・中粒部門で第1位の優秀賞を受賞することができました。


努力は決して裏切らない。


改めてそう実感した瞬間でした。


この10回にわたり、受賞納豆の誕生秘話を書き綴ってきました。


どの商品にも、数え切れない失敗や挑戦、そして多くの方との出会いがあります。


しかし、私が納豆を作る理由は、賞を取るためではありません。


皆さんの食卓へ、健康と笑顔を届けたい。


その一心で、45年間納豆と向き合ってきました。


これからも気力、体力、そして向上心を忘れることなく、一粒一粒に心を込めて納豆を作り続けてまいります。


10回にわたり「受賞納豆誕生秘話」をお読みいただき、本当にありがとうございました。


これからも、菊水食品は挑戦を続けます。

「菊水の大黒」誕生秘話

― 北海道で出会った黒大豆との運命の出会い ―


2024年、第28回全国納豆鑑評会。


「菊水の大黒(きくすいのおおぐろ)」が、大粒・中粒部門で優秀賞「全国農業協同組合連合会経営管理委員会会長賞」を受賞しました。


しかし、この受賞の物語は、2年前の北海道への旅から始まります。


2022年。


コロナ禍で思うように産地を訪ねることができなかった日々が続き、ようやく北海道へ行けるようになりました。


私は愛車をフェリーに乗せ、大洗港から北海道へ向かいました。


朝早くホテルを出発しては、夕方まで走り続ける毎日。1日に500kmを超えることも珍しくありませんでした。

雄大な景色に心を奪われながらも、私の目は常に畑へ向いていました。


畑へ着くと、まず土を手に取ります。


色を見る。


手で握る。


香りを嗅ぐ。


そして、ほんの少し口に含み、その土地が持つ味を確かめます。


「良い納豆は、良い土からしか生まれない。」


45年間、納豆づくりを続ける中で、私が何より大切にしてきたことです。


北海道3日目。


知人から紹介されたのは、十勝川右岸で、ご両親の代から自然栽培を続けている農家さんでした。


目の前に広がる畑は、それまで見てきた黒々とした土とはまったく違う、赤みを帯びたザラッとした土。



「この土で育つ大豆は、どんな味がするのだろう。」


そんな期待が膨らみました。


農家さんが前年に収穫した黒大豆を持ってきてくださいました。



ひと粒、口に入れる。


ゆっくり噛む。


もう一度噛む。


その瞬間でした。


濃厚な甘みと、力強い旨味が口いっぱいに広がったのです。


「これだ…。」


まさに一目惚れでした。


頭の中には、すでに納豆になった姿が浮かんでいました。



「数量はあまり出せませんよ。」


10kgの黒大豆を大切に持ち帰り、試作を始めました。


しかし、その年の全国納豆鑑評会に出品した結果は、想像以上に厳しいものでした。


「大豆の味が強すぎる。」


「糸引きが弱い。」


「食感も良くない。」


自信を持って送り出した納豆は、全国の舞台で厳しい評価を受けました。


悔しかった。


ですが、不思議と諦めようとは思いませんでした。


あの赤土の畑。


あの大豆を初めて噛んだ時の感動。


「あの大豆には、必ずもっと大きな可能性がある。」


そう信じることができたからです。


そこから一年。


発酵時間、温度、菌の働き、熟成方法…。


何度も試作を繰り返し、一つひとつ答えを探し続けました。


そして迎えた2024年。


再び全国納豆鑑評会へ挑戦した「菊水の大黒」は、大粒・中粒部門で優秀賞「全国農業協同組合連合会経営管理委員会会長賞」を受賞することができました。


北海道の赤土で育った一粒の黒大豆との出会い。


その感動を信じ続け、失敗を乗り越え、ようやく全国の舞台で認められた瞬間でした。


しかし、この受賞はゴールではありませんでした。


この黒大豆が、翌年、さらに大きな奇跡を起こすことになるのです。


(受賞納豆誕生秘話⑨⑩へ続く)

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― 父から子へ。受け継がれた挑戦 ―


2018年、第23回全国納豆鑑評会。


「なちゅらるなっとう」が、小粒・極小粒部門で全国納豆協同組合連合会会長賞(優良賞)を受賞しました。


この納豆を開発したいと言い出したのは、私の息子であり、菊水食品4代目でした。



父親としては、心から応援していました。


しかし、一人の納豆職人としては、


「できるものなら、やってみろ。」


そんな気持ちでした。


まるで、ライオンが子どもを崖から突き落とし、自らの力で這い上がるのを見守るような心境だったのです。


商品開発は、専務である母親と相談しながら進められました。


コンセプト、パッケージデザイン、販売価格。


私はあえて口を出さず、見守ることに徹しました。


4代目には、こんな想いがありました。


「父の納豆は品質は素晴らしい。でも、こだわりが強い分、高級路線になってしまう。品質はそのままに、もっと多くの人が手に取りやすい価格の商品を作りたい。」


その想いを胸に、一年間、試行錯誤を重ねていたようです。


開発から約1年。


初めて4代目から、


「この『なちゅらるなっとう』を全国納豆鑑評会に出品して、評価を受けてみたい。」


と相談を受けました。


私は迷うことなく、


「いいぞ。出してみよう。」


と承諾しました。


そして迎えた受賞発表の日。


4代目の表情は今でも忘れられません。


安堵した顔。


そして、自信に満ちた誇らしげな笑顔。


父親としては、


「成長したな。本当によく頑張った。」


そんな嬉しい気持ちで胸がいっぱいでした。


しかし、納豆職人としては違いました。


「ようやくスタートラインに立ったな。」


受賞はゴールではありません。


受賞した品質を守り続けること。


さらにその上を目指し、挑戦し続けること。


それが、本当の納豆職人の道です。


私は息子を、これから先も決して楽ではない、厳しい職人の世界へ送り出すことになりました。


父親としての喜びと、職人としての厳しさ。


その二つの想いが交錯した、忘れることのできない受賞でした。


これからも4代目には、自分らしい発想を大切にしながら、菊水食品の伝統と技術を未来へつないでいってほしいと願っています。



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この「木桶納豆」は、2024年秋、クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」でプロジェクトを実施し、368名の皆様から約328万円ものご支援をいただいて誕生しました。


目的は、木桶の持つ調湿効果を活かし、雑味のない新しい納豆製法を確立すること。試作と研究を重ね、ようやく製品化を実現し、現在販売しています。


しかし、商品開発に全力を注いでいたため、ラベルのデザインまで十分に手が回りませんでした。



そこで、クラウドファンディングの返礼品をお届けするため、私自身が急いでラベルを作成しました。


「木桶納豆」の文字は、書道家・心鈴さんに揮毫していただいたものです。


その後、支援者の皆様への発送が終わる頃、デザイナーにラベルを見てもらいました。


そこで提案されたのが、


「木桶そのものの美しさを見せた方が、この商品の価値がもっと伝わるのではないでしょうか。」


というアイデアでした。


その言葉を受け、木桶を隠すラベルではなく、包材である木桶の木目が見える縦帯のデザインへと変更しました。


現在販売している木桶納豆は、この新しいラベルを採用しています。


なお、木目を印刷したラベルではありません。


本物の木桶の木目をそのまま見せるデザインです。


木桶は一つひとつ木目が違います。同じものは二つとありません。


だからこそ、一つひとつが世界に一つだけの表情を持つ木桶納豆です。


だからこそ、一つとして同じ表情はない。


私たちは、その本物の木桶が持つ美しさと、木桶だからこそ生まれる味わいを、本物の木桶だからこそ生み出せる味わいと価値を、多くの皆様にお届けしてまいります。


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受賞納豆秘話⑤・⑥

 

「はこいり娘」シリーズ誕生秘話

― 娘への想いを納豆に託して ―

 

2015年、第20回全国納豆鑑評会。

 

「はこいりひきわり娘 スリム」が、ひきわり部門で全国納豆協同組合連合会会長賞を受賞しました。

 

そして翌2016年、第21回全国納豆鑑評会では、「はこいりひきわり娘 レギュラー」が同じくひきわり部門で全国納豆協同組合連合会会長賞を受賞。

 

同じシリーズで2年連続受賞という、大変光栄な結果となりました。

 

 

「はこいり娘」シリーズには、

 

・はこいりひたち娘

・はこいり北国娘

・はこいり京娘

・はこいりひきわり娘

 

の4種類があります。

 

さらに、それぞれレギュラータイプとスリムタイプをご用意しました。

 

このシリーズが誕生したきっかけは、実は私の娘でした。

 

開発当時、娘が小学校を卒業し、中学生になった頃のことです。

 

それまでいつもそばにいた娘が、少しずつ親の手を離れ、自分の人生を歩み始めました。

 

嬉しい反面、どこか寂しさも感じました。

 

「箱入り娘も、やがて大きく羽ばたいていく。」

 

そんな想いが胸に込み上げ、

 

「この想いを納豆で表現できないだろうか。」

 

そう考えたことが、「はこいり娘」シリーズ誕生の始まりでした。

 

全国を歩き回り、選び抜いた大豆の中から、丸大豆3種類とひきわり大豆1種類を厳選。

 

それぞれ個性を持ちながらも、将来嫁いでいく純白の娘のように、どんな家庭にも自然に溶け込み、その土地、その家族、その暮らしの色になれる、クセのない、素直で飾らない納豆を目指して仕上げました。

 

それが、「はこいり娘」シリーズです。

 

その想いが実を結び、

 

2015年には「はこいりひきわり娘 スリム」、

 

2016年には「はこいりひきわり娘 レギュラー」が、

 

全国納豆鑑評会ひきわり部門で2年連続受賞という栄誉をいただくことができました。

 

さらに2016年には、「茨城県お土産大賞 最高金賞」を受賞。

 

そして、「いばらきデザインセレクション2015」テーマセレクション部門にも選定されました。

 

この制度は、茨城県の産業イメージやブランド力を高める優れた商品や活動を選定し、県内外へ発信する取り組みです。

 

その中で、

 

・知事選定「糸引きの少ない納豆『豆乃香』」(豆乃香プロジェクト)

 

・テーマセレクション部門選定「はこいり娘」(有限会社 菊水食品)

 

として評価していただきました。

 

茨城県を代表するお土産品の一つとして認めていただけたことは、私にとって大きな励みとなっています。

 

しかし、一つだけ心残りがあります。

 

「はこいり京娘」に使用していた京都産大豆「京白」は、生産者の高齢化などにより栽培が途絶え、現在は販売を休止しています。

 

京都のJAや農家の皆様、知人などにも相談を続けていますが、残念ながら現在も再開の目処は立っていません。

 

もしこの記事をご覧いただいた方の中に、京都で京白大豆の生産に携わる方や、その関係者をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひお力をお貸しください。

 

もう一度、「はこいり京娘」を復活させたい。

 

それが私の願いです。

 

これからも、一粒一粒に想いを込めた納豆づくりを続けてまいります。

 

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2013年、第18回全国納豆鑑評会。

 

「ひたちの納豆」は、納親会長賞(優良賞)を受賞しました。

 

この受賞には、一人の市長との約束がありました。

 

以前から私は、「日立市の特産品を販売できる場所をつくってほしい」と、当時の日立市長・樫村千秋市長へお願いしていました。

 

その想いが形となり、日立駅舎の大規模改修に合わせて誕生したのが「ぷらっとひたち」です。

 

 

オープン前年の2010年、樫村市長から私に一つの依頼がありました。

 

「日立を代表する名物納豆を作ってほしい。」

 

そして、

 

「『名物にうまいものなし』とは言わせたくない。」

 

その言葉は今でも忘れることができません。

 

日立駅は、世界的建築家であり日立市出身の妹島和代さんが設計した、美しい全面ガラス張りの駅舎へと生まれ変わりました。

 

しかし、オープン直前の2011年3月11日、東日本大震災が発生します。

 

甚大な被害が広がる中、この駅舎は大きな被害を受けることなく、その高い耐震性能が全国から高く評価されました。

 

一方、私は震災直後という厳しい状況の中でも、「ひたちの納豆」の開発を急ピッチで進めていました。

 

「ひたちの納豆」は二種類。

 

一つは北海道産小粒大豆「鈴丸」を使用した納豆。

 

もう一つは、茨城県産小粒黒大豆を使用した納豆です。

 

日立らしい商品にしたいという思いから、包材にもこだわりました。

 

日立市はエコ宣言都市。

 

そこで、環境に配慮した藁をイメージした紙製パッケージを探し歩き、ようやく理想の包材にたどり着きました。

 

しかし、オープンまで残された時間は3か月足らず。

 

デザイナーへ依頼する時間もありません。

 

それなら自分でデザインしよう。

 

そう決断しました。

 

北海道産鈴丸大豆の商品には、全国さくら名所100選にも選ばれている日立の桜をデザインしました。

 

茨城県産黒大豆の商品には、日立市の誇る国指定重要無形民俗文化財「日立風流物」を使いたいと考え、市の担当者を通じて使用許可をいただきました。

 

こうして、「日立らしさ」を詰め込んだ二つの納豆が完成しました。

 

しかし、私の中ではこれで終わりではありませんでした。

 

樫村市長から託された、

 

「名物にうまいものなしと言われない納豆を作ってほしい。」

 

その約束を果たすため、発売後も発酵や熟成、味のバランスを何度も見直し、改良を重ねて研究を続けました。

 

そして発売から約2年後。

 

2013年、第18回全国納豆鑑評会で、「ひたちの納豆」は納親会長賞(優良賞)を受賞することができました。

 

決して最高賞ではありませんでしたが、樫村市長との約束に少しは応えられたのではないかと思っています。

 

今はもう、樫村千秋元市長はこの世にはいらっしゃいません。

 

それでも、

 

「日立を代表する名物納豆を作ってほしい。」

 

あの日いただいた言葉は、今でも私の納豆づくりの原点の一つです。

 

受賞の喜び以上に、市長との約束を果たせたことが、私にとって何より嬉しい出来事でした。

 

次回「受賞納豆秘話⑤」へ続く。

皆さんは、「納豆職人」と聞いて、どのような姿を思い浮かべるでしょうか。


江戸時代から明治、大正、昭和、そして令和へと受け継がれてきた職人の世界。


無口で、頑固で、人の意見には耳を貸さず、自分の信じた道をひたすら進む。「仕事は見て覚えろ」「技術は背中を見て盗め」。そんな世界を想像される方も多いかもしれません。


しかし、私が三代目として納豆屋を継いだとき、実際には師匠と呼べる人も、おっしょさんもいませんでした。


三代目だから、子どもの頃から納豆づくりを見て育ち、何でも知っていたと思われがちですが、現実はまったく違います。


大豆のことも、発酵のことも、納豆づくりそのものも、ほとんど何も分からない状態からのスタートでした。


だから私は、自分で学ぶしかありませんでした。



失敗を繰り返し、本を読み、研究し、多くの方々との出会いから知識を吸収し、気づけば45年間、納豆と真正面から向き合い続けてきました。


「もっと美味しくできないか。」

「もっと安全な納豆はできないか。」

「まだ誰も作ったことのない納豆はできないか。」


そんな好奇心が、今日まで私を支えてきたのだと思います。


一方で今、四代目へ技術や想いを伝える立場になり、壁にぶつかっています。


私は誰かに教わってきたわけではありません。だから、「どう教えればいいのか」が分からないのです。


気づけば、自分が45年間積み重ねてきた姿勢や探究心を、無意識のうちに四代目にも求めてしまっています。



周りからは言われます。


「社長の時代とは違いますよ。」

「今の若い人に昔と同じやり方では続きません。」

「教え方を変えなければいけません。」


確かに、その通りなのかもしれません。


時代は変わりました。


だからこそ、私自身も変わらなければならないのでしょう。


しかし、変えてはいけないものもあります。


納豆づくりに妥協しない心。


お客様に喜んでいただきたいという想い。


そして、職人として探究し続ける姿勢。


その「魂」だけは、どんな時代になっても受け継いでいきたい。


四代目に技術だけではなく、その想いをどう伝えていくか。


それが今、納豆職人である私に与えられた、一番大きな仕事なのかもしれません