兄の火葬 | 夫婦2人とワンコのんびり楽しく暮らしたい日々の生活

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看護師兼業主婦、子どもには恵まれませんでしたが、夫婦2人とワンコで日々の幸せを綴れたら最高です!
きっと大器晩成!


兄の発見から3日目にやっと警察からの引き取りの電話がありました。

叔父達と葬儀の相談をしました。
決定はほぼ私です。
兄②にも叔母から知らせましたが仕事で行けないという返事でした。
兄②嫁からの連絡はありませんでした。

遺体鑑定により一酸化炭素中毒での死亡と断定されていましたが、死後5日経過していたので警察よりそのまま火葬場に行く事にしました。

叔父達が兄を発見した時は既に死後3日目でした。

初夏であり車の中、ガレージの中で多少の遺体損傷が無いとは言えません。
なので、お通夜、葬儀となると1週間経過する事になってしまいます。
私も忌引は3日までだし、正直早く終わりたかったです。
亡くなった兄に申し訳ない思いと、生きる義務を断った兄に少し怒りもありました。

本当に父の他界が大変だったので同じ事をされた事に本当に皆ガッカリだった事、そして本当に疲れ切ってしまった事。

決定は私でしたが、皆賛成してくれました。

兄の残した固定資産税も7月末に2回目の支払いがあります。それも私が払わないといけない。
葬儀代も私が払わないといけない。

お金の苦労はどの家庭だってあるのに。

だけど、苦になるほどのお金では無いのに…

いや、人生に疲れたのかな?
そんな訳ない。それなら本当に弱いね。

父が他界してから兄は後を追うように亡くなる予測は出来てました。だから、仕事の世話もしてもらって正社員になれたし、叔父達が側で支えてくれてたのに。

そういう感情で一杯でした。

ごめんねって言ってあげられなかった。

叔母の計らいで警察署に寝台車を呼んで火葬場まで行ける手配が出来ました。

誰かが兄の遺体を確認しなければいけません。
その役目は私がしました。

叔父は絶対に嫌だと言いました。
それでなくても父の死を直面してしまい、毎夜目を閉じるとその光景が浮かんで未だに不眠です。
もう見たくない。その気持ちは良くわかります。

叔母は大丈夫そうなら最後に会いたいと言ってくれました。

兄に会えるのは警察署で確認するその時だけです。

私は1人で検案に行きました。

怖かったです。

棺に入った兄の顔を見ました。

匂いは少しありました。

紫色の兄の顔を見ました。

口を開き歯が見えていました。

食いしばっていたのか、少し笑っている様にもみえました。
額に血管が浮いてました。

眼は閉じていました。

苦しかったのか、笑っていたのか分かりませんでした。

見方によっては変わると思います。
私は正直苦しかったのかなと思いました。

叔母に会っても大丈夫と言いました。

叔母は泣いていました。
『ごめんね。ちょっとは楽になれたかな?』と語りかけてあげてました。

私は全く泣けませんでした。

私は何もしませんでした。手は合わせました。
叔母が棺にお菓子や服、靴、タバコ、マッチなど入れてあげてました。

最後にもう一度私は兄の顔を見ました。

『良かったね。色々入れてくれたよ。』

そう言いました。

今度は笑ってる様に見えました。

一酸化炭素中毒でいい夢を見れたならそれで良かったかな。と思いました。

叔父の元に戻ると、叔父は号泣してました。
叔父は兄の父代わりと言ってもいい存在です。

父が離婚して2歳の兄を引き取った時から、叔父が毎日お風呂に入れて世話をしてくれていたそうです。
なので、感覚は息子です。
辛かったよね。
父の時は兄で有りながらも一切涙を流しませんでしたから。

火葬場までの道のり
叔母はまだ泣いてましたが、兄が笑ってたねと言ってました。叔母にそう見えて良かったと思いました。

火葬場では花を棺に置いてもらいました。
叔母が買ってくれました。

最終の受付でした。

私は生まれて初めてボタンを押すのです。
躊躇いました…叔父が一緒に押そうと言ってくれました。

叔父と2人で押しました。

それからお骨になるまで珈琲を飲み待ちました。

私には子どもはおりませんので、この先墓守をする人は居ません。
無縁仏になります。
なので、将来的に墓じまいをし集合墓地になる為喉仏と少しの頭蓋骨のみにお骨拾いをしました。

ビックリする事に、焼却温度が高温過ぎたのか、死後5日経過していたからか、兄の骨はビックリする程ありませんでした。
肋骨も頭蓋骨もほんの少し
大腿骨まで少し
初めてこんなに少ない骨を見ました。
祖母でもしっかり残ってたのに…
一酸化炭素中毒だから?
理由は分かりませんでしたし調べませんでした。

それから実家へ行き父の隣にお骨を置きました。

申し訳ないけど
やっと終わったという気持ちでした。

もちろん全くスッキリはしません。
お経も、戒名もありません。

冷たいですね。私達は。

私は…ですね。

だけど、残された者はこれからがあるので…

49日はちゃんとお坊さんを呼びます。