心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直 -75ページ目

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

前記事もそうでしたが、デザインの領域に入ってきたので感覚で捉えていることを記事に落とし込んでいます。


なんとなく発想を眺める・楽しむ程度で読んで頂いた方がいいかも知れません。




感覚上、日銀と言っているものの中には


「経済」「お金のまとまり」「父」「主」「世界を支配するもの」「天」


という感覚がひとまとまりになっています。


これを表現上どう扱うのかに苦慮しています。



日銀の話をしながら、ただ成りたい父親像・あってほしい父親像と言うのが重なっている気がします。



こころの解剖学 太田  直-父の様なCOEN

前回の話で、日銀にしてほしい役割をまとめてみたら、この様な図になりました。



ここで重要になってくるのは、やはり教育や議論などのコミュニケーションの部分


自ら勉強する人というキーワードが出てきます。



少なくとも、ベーシックインカムを実現してなお「教育」が重要さを帯びていることは間違いがないわけです。



政策について一旦ここで打ち切ります。


そして、もっと個性を活かすような教育とか、人が人の為に働きたくなる理由など


ベーシックインカムが実現してなお機能する教育について考えていかないといけないな~と思っております。


実現するとしたら必要なものを先に用意しておかないと、


と、勝手に先走りをしてみます♪


未来予想図みたいのが出来上がれば、嬉しいですね☆


ではでは。

前回の記事で、経済のネガティブを感じさせる面を上げてみました。


文章力のなさは大目に見て下さい。



最終的に「個性や生命を基準とした平等というのが現実化しうるかどうか」に焦点を絞ってみたわけです。



先ずシンプルに、全国民に生存の為の基本資金として月8万円を交付したらというケースで考えてみます。



日本の人口を1億2千万人だとして計算します。


1億2千万人×8万円×12カ月=115兆2千億円



2010年の日本のGDPが480兆円程度となります。


115兆だけみたらクレイジーだとも思ったけれども、


GDPの24%と思うと、絶対無理!とも言い切れない範囲な気がして来ましたw




年金  51兆円 

雇用   2兆円前後


などは大幅な削減、或いは必要無くなります。


働き方にも影響が及びます。


個人の力が増して、よりよい労働環境を創造していくことができるようになると思います。


企業側でも非正規雇用制度を行いやすくなります。人材がより簡易に入社・退社を行えるようになります。


人財にとっても魅力的な企業である為の、内部努力も当たり前になっていくでしょう。人間関係もより良好なものになると思います。


すると、より健康的に働く人が増えてくるでしょう。


医療費 37兆円


これが減額出来るかもしれないですね。





労働の質が変わり、意欲ある人が意欲ある分野へと進出していくモチベーションが高い人材が集まるなど、色々とよいイメージが広がります。


では財源の問題は?


これにもクレイジーに、「日銀が国民に投資をする」という事で進めていきたいと思います。

2つのパターンの課題と感じる部分について考えていきます。

こころの解剖学 太田  直-心と経済27

a ) 創造された価値に応じて所得を得ている


 その人ごとに個性や出生もあります。


 機会が平等であることが、即平等な創造につながるわけではありません。


 障害を持つ人もいれば、理解されない苦しみを抱えている人もいます。


 社会経済に適応できない「個性」をもっている人にとっては、


 機会の平等は効果のある機能ではありません。


 その様な個性を持っている人に対しての保障・助成が行われていますが付随して「不平等感」が発生します。


 「平等」の設定を考慮しなおす必要が生じます。




b ) 誰かが大量に所得すると、

  その分誰かが消費せざるを得ない上、立場によっては所得も減る


 ネガティブではあるのですが「搾取」や「略奪」などをイメージします。


 こころの解剖学 太田  直-心と経済⑯

 通貨の量が十分でない場合は、所得ドーナツを取り合い、奪い合う構造となってしまいます。


 インフラ・企業・金融・情報などに対しての充分な通貨が無い場合には、どこかに不足のしわ寄せがきます。


 意識されなくても構造的に行われる奪う奪われるのストレスが常に存在することになります。



 このストレスを無くそうと思ったら、個人・組織で出来る事は、ある程度自動化された収益のシステムを作っていくことです。


 しかし、そこには機会の平等の限界があります。


 やはり個性があるということと、全ての人が収益の為の自動的なシステムを持つという事に関しての現実的な限界があると考えられます。




a ) b ) の課題と感じる部分を上げてきました。


本当の意味での平等というのが現実化されていないということは分かりました。


本当の意味での平等というのは、個性・生命を持っているというレベルでの平等です。



子供っぽい意見?でしょうか?


真剣に検討していって見たいと思います。