心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直 -29ページ目

心と体と健康と豊かな人生ととことん向き合うブログ 太田 直

元カイロプラクター&インストラクター

現在は心理学を学び、更にヘルスコンサルタントとしての道を歩んでおります。

皆様の心と体と健康と豊かな人生のお役に立つような情報をお伝えしていきます。

毎日を楽しんで生きるってできんのかな?
友人からのそんな問いに答えてみました。

メールでのやり取りなので、それっぽく読んで下さい。



僕なりの解釈ですが、

「楽しむ」って感情の様に見えるけど、どちらかというと知的活動。

幸せは前に伝えた10の感情にあたるけど、

楽しいはもっと遊びとか、挑戦とか、新しいことをしてみる、いつもしない事をしてみるってあたりに在る。趣味とかの部分。

楽しさと幸せは別物さ。

幸せは体で感じて、それを味わう。
楽しさは頭で起こる

楽しさの後に幸せを感じれたり、
幸せを味わう為に楽しい事をする事はあるけれども、

別のものであるには違いがない。


楽しくないって事は、楽しい事を考えられないって事かも知れない。

「毎日を楽しむ」て事は「毎日楽しい事を発明する」ってことかも知れない。

発明をし続ける事だと言い換えてみると、それはきっと苦しいことになってくるよね。

「毎日を楽しむ」ということにフォーカスし続ける限りは、楽しさを発明し続ける苦しさも同時に味わい続ける事になるかも知れない。


僕が学んでいる矢野先生は、問題は偏りから生まれるということを提唱しているんだけど、

『「毎日を楽しむ」ということにフォーカスし続ける』という事は、その偏りの一つとしても良いと思う。

そこに偏らない様にするのであれば、(例えば幸せにフォーカスしてみたり、自分なりに思考上の意味づけや定義・設計図などを書き直してみる事がいいのでは無いかと感じている。)他の事をやってみるってことだね。

考えてるなら行動してみる、人に聞いてみたり(これやってるね^ ^)、原理原則・原点・法則に帰ってみる。


僕としては「毎日を楽しんで生きる」という事は、偏りであり、その偏りも過ぎれば非人間的であると言っても良いと思う。(肉体の限界を超えることもある)

別の言い方をすれば「毎日を楽しんで生きる」という価値観は一生を捧げるには値しない価値観であるという事だ。
(幸せは体で感じるものである以上、頭で感じる価値観というものそのものが同様に一生を捧げるに値しないと思うのだけどね)

矛盾している様にも思えるけれども、毎日を楽しんで生きようと思ったら「毎日を楽しんで生きるってできんのかな?」って問わないことが毎日を楽しんで生きるコツとなる。

解決しないことが解決になる。解決する事よりも楽しい事をしてみれば良いんだからね。

楽しい事が分からない場合は、新しいことをやってみよう。





以上、乱文ですね。申し訳ありません。
困った時の対処方法。一つの方法も大事だけど一つの方法に偏らないことも大事。
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偏らないことに偏らないことも大事?




教える人達のイメージ
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外から見た教える人達のイメージ


自分で教材作っていた時は?
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こんなことを意識していたかな?

簡単にすると、
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こんな感じで。

この思考の枠組がどれだけ効果があったかは今は分かっていない。

この辺を明確にしたくて、マーケティングとかも勉強したいんだろうな。

効果的な思考方法を学びたいんだ。
心って何処にあるの?
って問いがあったけど、



心って感じるものであって、

表現を選ばなければ情報の集合体。



情報っていうと、文字とか映像、音とかが浮かんでくるけど、

関節にかかる小さな圧とか、温度湿度の感覚とか、風で産毛が動く感じとか、



現世的な物質的な情報から

スピリチュアルな感覚的な情報まで

感じるものは全て心



心は世界(という情報)であって

世界が悲しいと貴方(の心)も悲しい

世界が嬉しいと貴方(の心)も嬉しい

貴方(の心)が悲しいと世界が悲しい

貴方(の心)が嬉しいと世界が嬉しい




情報を整理することは心を整理することであって

心を整理することは情報を整理することでもある



肝心なのは整理しすぎないこと(排除しようとしないこと)で

適切な情報整理は必要なこと



情報集合体という意味でのワンネス

情報を静かに明るく優しく保てたら

世界も静かに明るく優しくなるんだろうな

と思うのです。


面白可笑しいことをもって仲良しとするのもいいけど

一緒に同じところに居られるならそれで仲良しとしてもいいよね




という心に対しての挑戦をしてみていたんだけど、どうなんだろうね?

結局マネジメント的な手法も必要になってきている気がするよ