◯勤労美徳
一つは、労働は対価だけではなく成長や学習の場で、そこに参加しない動機付けを与えるのはよくないという考え(これについては「生きがいの喪失・閉塞感」も参照)。また聖書からよく引用される「働かざる者食うべからず」という労働の対価以外の所得を否定する考えで、定額給付金、子供手当て、または各種配当金などの不労所得を否定する考え方に収斂するという意見もある。
ちょっと③の書き直しも含めて書いていきたいと思います。
>労働は対価だけではなく成長や学習の場
これはこれその通りだと思う。
しかし、注意を払いたいのは前提となる「成長や学習の場」のイメージ。
これが是非とも参加したいというイメージであるならば、とっくの昔に参加したい動機付けがなされていることになる。
成長や学習の場に対してのイメージがネガティブであれば、もちろん現行の経済システムであっても参加しない動機は産まれるのである。
システムと動機は別のものとして認識しなければならない。
経済のシステムに関わらず、例えば教育や社会の雰囲気、家庭や学校、会社などにおいて、
「仕方がない」以外に「成長や学習の場」に参加する動機付けが上手くできていない例が存在するということだ。
以上の考えから
>ベーシックインカムを導入することによって「成長や学習の場、、、に参加しない動機付けを与える」という事象が起こる
このような因果関係は立証できていないと考えざるを得ないのです。
「仕方がない」以外に理由が見付からない。その原因が現行の経済システムにあるという可能性も考えられなくはない。
その動機についてきちんと考えられる時間が充分にとれていないことも考えられる。またそれをサポートできる人材達がまだ十分に社会的地位を得られていないという場合もあるかも知れない。
ベーシックインカムを導入することは、人生における思慮を深め、また生涯をとして働きたい仕事との出会いをサポートするかも知れない。
その可能性を私は素敵なことだと思うのです。