胆石の発作の途中に、貧血が発覚した。

発覚したというか、この貧血もまた小学5年生の時に分かってから

今まで一度も関知していない長いお付き合いの病気である。

 

最初は頭がふらついて立っていられなくなって発覚した。

生理が始まる頃には女の子にはよく見られる症状ですねーって

病院で言われて、鉄剤を処方されて

一か月ぐらい毎日飲んで、その後検査に行ったけど治らなくて

そのまま薬も取りにいかなくなって終わった。

 

私も根気のないほうだけど、私の母親はこれまた根気がない。

毎日のルーティンができないタイプなのだと思う。

私もそうだから仕方がないと分かっているけど、

おかげで、私は人並みのことができなくていろいろ困った。

 

私の同級生に、1歳ぐらいの時に高熱を出して耳が聞こえなくなった子がいて

その子のお母さんとまあまあのママ友だったせいで、

高熱を出してから耳が聞こえなくなってしまうまでの顛末を見てしまっていた。

 

それで、私が高熱を出すといちいち県内で一番大きい総合病院に行かなけりゃ気が済まないくせに原因が分かってしまうと治るまで治療を続けるのは面倒くさくて続かなくて

私からすると、大きい病院に連れていくことで自分の責任を果たしたつもりになっているような感じがして変な不信感を持ったものだ。

 

さて、この貧血は高校生になっても短大に進学しても社会人になって

さらに結婚して妊娠して、すっかり「生理が始まるころの女の子」じゃなくなっても

全然治りはしなかった。

 

妊娠して出産が近づいてくるとこのままでは本気でまずいってことになって

一日おきに鉄剤の真っ黒い注射をして治すことになった。

果たして、手術は15日にもつれ込んだ。

外科の先生、真夜中にたたき起こしたせいで予定適当に言ってたのかなぁ?

 

ついでに、胆石ってそんな重大な感じの病気じゃないんだねー

手術も空いた時間にちょちょっとやりますみたいな感じだったし

術後も「取れた石これでーす。あとは痛かったら痛み止め飲んでね」だし

 

痛くなかったら死ぬまで持っててもいいし、いやだったら取ってもいいし

こないだは運悪く激痛だったけど、23歳あたりから50歳まで

痛くならなかったところを見ると次痛くなるのは80歳かもしれないわけで。

そうなってくると、80歳って私死んでる可能性も少しあるよね。

 

でも、取ります。

もし次痛くなったら取るって決めてたから。

 

あの近所の病院の先生が言ったことが本当で、胆石が「あの腹痛」の理由で

次痛い目に合ったら取るって決めてたから。

(胆石オタクの変な先生かと思ってごめんなさい。)

 

取ってみたら、いつも痛かったラインに沿って腹腔鏡の手術痕。

いつも草むしりでしゃがんでいたら肋骨に何か使える感じだった場所も

ちょっとペリッとはがしたような痛みがある。

 

そういえば、小さい時から肋骨につかえてる感じがあって、

ちょっと肋骨の下の方を持ち上げるようにしてやり過ごしてた時期あったわ。

 

会社の人がその胆石を見てみたいというから貰ってみた。

まんまるい球状で3センチもあれば分かると思ってたけども

対面した胆石はアーモンドチョコみたいな少し細長いような形だった。

 

ずっと一緒にいたんだねー

お父さんに怒られていたあの頃も、

この世にたった一人の元カレにフられた時も

結婚して出産して、あ、夏海や未来とお腹に同居してたのね

全国大会も一緒に行って。。。

 

なんか感慨深くて

コブクロのあの歌♪ともに歩み、ともに迷い、だったっけ

覚えてもないくせに歌いたくなったわ。

 

そういう話を旦那にしたら

「うそ、俺は『栄光の架け橋』やと思うわ

 ♪誰にもー言えないー涙ーがああったー

 そんで、どっかの河原でその石放り投げて

 ♪栄光の架け橋へとーバイバーイ!ってするん!」

と、お別れのシーンまで思い描かれてました。

 

きれいな石のこともあるけど、私のやつは黒くてボソボソです。

しかも、お腹の中では生きていられたけど、

摘出されてからは引っこ抜かれたマンドラゴラみたいに

どんどん元気をなくして怖い。

やっぱ河原でお別れがいいかもね。

 

そして、今日51歳の誕生日。

手術の痛みもすっかり良くなって

人生一番の断捨離が済んだ気分。

自分の手が変に温かくなって、びっくりして目が覚めた。

MRI撮りますとか、造影剤がどうだとか、手が温かくなるって言ってわ確かに

 

テレビの医療ドラマとかで見るみたいに「いちにさんっ」って

誰かたちの手によって何回かベッドを移されて

いろんな説明に「はいはい」って返事をしていたのに

 

どこかで痛み止めが効いてきたらしい。

救急病院の後に運ばれてきた総合病院でも痛み止めを点滴しますって言われて

なかなか効かなくて「何時に痛み止め効きますか」って言ってたくせに

効いたときには眠りこけているとは。。。我ながらかっこ悪いわ。

 

この時点で日付は変わって9月30日、月末です。

 

外科の先生が真夜中2時も過ぎてからいろいろ説明してくれました。

胆石ありますって。3cmのやつですって。幸い細菌は繁殖してないから

今すぐどうしても手術しないで仕切り直してもいいし、すぐでもいいって

 

気持ち的には今すぐでもよかったけど。

こんなこともあるかと思って、スマホの充電器だけはもってきたけど。

 

でもでも。

私、経理のおばちゃんなんです。

明日、月末なんですよ。

 

それから、旦那が。。。

日曜の夜に騒ぎ始めて、こんな時間になるまで頑張ってくれてる旦那に

ここからまだ入院の準備をしてもらうのは、ちょっと気の毒すぎる。

 

「ちなみに、仕切り直したらいつ手術してもらえます?」聞いてみる

外科の先生は「あ、月曜日、7日ですね」と答えた。

 

ここで来月ですねとか言われたら「すぐやってください」と言っただろうが

一週間後の7日なら、その日までに月末のアレコレとかやっつけて出直したい。

 

「7日に来て、手術してくださーいってならないですよね、

 それまでに一回病院に来ないといけませんよね?」って聞いたら

 

「そうですねぇ。じゃあ2日に」と大変スピーディーに事が進みそうだったから

その日は一旦家に帰ることにした。

 

すっかり痛み止めが効いたのか、痛みが過ぎ去ったのか

帰りの車の中で旦那と「飲みに行った帰りみたいだねー」とか

のんきなこと話した。

 

次の日、朝に会社に連絡してお昼過ぎてから会社に行った。

 

38歳ぐらいの時、珍しく風邪を引いて近所の病院に行った。

風邪を引くこともほとんどなければ、風邪で病院に行くこともほぼない私が

病院に行こうと思うほど調子が悪かっただろうに、病院で何を伝えたのか覚えがない。

 

家から近いからという理由で選んだ内科で、おなかのエコーをとったんだよね。風邪なのにエコー

 

で、そこの先生に「胆石あるわ」って言われた。でも、痛くないんだったらいいよって言われた。死ぬまで持ってるだけって人もいっぱいいるからって。変なもの見つけちゃってごめんねーって。

 

風邪なのにお腹のエコー撮って、胆石あるよって言ってきた変わった胆石オタクのお医者さんなんだと思った。(そのまま、今回の騒ぎまで健康診断毎年受けてたけど胆石問題を指摘されたことはない。)

 

その時、3センチぐらいの石って言われたけど、イメージ的にそんなでっかいものお腹の中にあったらいい加減な私でもわかると思うよ?って思った。きっと3ミリと聞き間違えたんだな私って思っていた。

 

そして、いつも障害児の母としていろんな病院に行くけど、変化のないものをお金出して写真撮って「あ、問題ないですね」というくだりを、自分の分までやろうという気持ちにはなれなかった。痛くもないわけだし。

 

でも、もし何かの激痛が起きたときには思い出してお医者さんに伝える情報として覚えておかなきゃなって思った。

 

この時点で、私の中で5年生の頃の「あの腹痛」と胆石は結びついてなかった。

何しろ父親のミスリードで胃が痛いんだと思ってたからね。

 

 

小学5年生のころ、毎月のようにこれとよく似た痛みに耐えていた。

毎月というか、いつ痛くなるか分からなくて。

運が悪いと学校で耐える羽目になる。

 

みぞおちの辺り、内臓を内側から引っかかれているような激痛。

 

母親に痛みを訴えると自分の部屋で寝ておけって言われた。

父親は運の悪いことに胃の手術歴があって、

みぞおちが痛いのなら私が痛いのも胃なのだと言った。

 

胃が痛くなるのも、痛みに耐えられずに痛いと訴えるのも、精神的に弱いせいだと叱られた。

精神的に強い人って、痛いと思わないもんなんか。痛いのは弱いからなんか。

 

確か、6年生ぐらいの時に夜中に耐えられないおなかの痛みで

弟を起こして、親に言ってもらって頼んで真冬の雪道を救急病院に運んでもらったことがあった。

 

今回の件でその時のことを話したら、母も弟も覚えてなかったけどね。

そして、その時も救急病院に運んだのが父だったせいで、

行きかえりの車の中で散々文句言われた。

 

病院に行くのに汚れたパジャマで行ったこととか、

夜中に起こされて雪道走って行って、次の日お父さんは仕事があるとか

救急病院は高いとかいろんなこと、

 

この痛みは中学の間中続いた、高校生ぐらいからは頻度が落ちて、

結婚する前の24歳から今回の50歳までは一回も痛くならなかったから

すっかりこの痛みの始まり方を忘れてしまっていて、この始末になってしまった。

救急病院って痛み止めてくれたら家に帰れって言うのかと思ってたら

おしっことってくださいとかって痛い真っただ中に検査するんか。。。

「痛み止めの注射をします」までが思いのほか長いし、もう痛いのも限界値

 

そして、他の総合病院に連絡するので、そちらに行ってくださいってマジか。

清算するまでの間も全然痛みが引いてこなくて、でも大声出すところじゃないからな

また動いては吐きながら車に戻って、他の総合病院を目指す。

 

もう、ここらへんで痛み止めが効いてこないし、痛みは強くなるしで

車のドアを内側から叩きまくってこらえる。旦那ごめんよー

つか、いつ痛み止めが効くんよ!

 

次の総合病院は駐車場から病院の入り口が遠いし、「車いすとってくるからー」

と行ったまま帰ってこない旦那を待つ間、誰にも聞こえないことを良いことに痛い痛い大騒ぎ、車のドアをバンバン叩いて耐えるしかない。いつ痛み止め効くんだよ!

 

戻ってきた旦那が「あー、痛みの強さは1~10で言ったらどのくらいかって聞かれたんだけど」問診票、書いてくれてたのね。遅いわけだよ。

 

つか、「10,10! なんなら12とかでもいいよっ」もう怒鳴ってた。

旦那は悪くないんだけどね、ホントすんません、痛くて全く思いやる余裕がない。

 

総合病院で何回も何回も何回も何回も、名前と昼ごはんの内容を聞かれた。

もう、こんな痛いんだから「体を触ります」とか検査のリスクとか同意書とか

いちいち文句言いませんって。病院側の説明しなくちゃいけない立場も

 

日頃障害児の母としていっぱいみてきているから分かるけど、本当に痛くて死にそう

「痛み止めは何時ごろ効きますか?」ってどうしようもない質問を何回もした。

もう、ゴールでも見えないと耐えられなかった。

お腹が寒いような違和感を、ちょっと横になっておなかをあったかくすればやり過ごせるはずと判断したけど30分経っても調子が戻ってこない。

 

「病院行ったほうが良くない?」と旦那が言う。

この時点で私はまだ救急病院に行くような事態ではないって思っていたが、

その5分後には「やっぱり病院連れていいってもらえる?」と頼むと同時に吐いた。

 

こりゃ本当に病院行かないとダメだなと自分で自覚した時にはもう歩けない状態で

廊下だけ、玄関だけ、と短い距離を這って動く状態になってしまった。

おまけにちょいちょい戻す。

 

救急病院までの移動中にはもうどうやって我慢したらいいんだか分からないぐらいの痛みになっていた。そして、やっと思い出した。これ、小学5年生あたりから高校生になることまで度々私を苦しめた「あの腹痛」やんか。。。

 

救急病院に着いたはいいけど、車から自力で降りることももうできそうもないほど痛かった。

 

「車いす取ってくるから、そのままそこおられやー」と旦那が言ってるー

とりあえず車から降りるだけでもしなくちゃと思ってどうにか降りたら、

またその場で吐く。もう最悪だ。

 

旦那が持ってきてくれた車いすで受付まで運ばれたけど、普通に待たされる。

そりゃそうだよね、自力で来る余裕があるってことは命には関わらないやろう。

痛みさえ止めてもらえたらそれで満足なんだけど順番を待つ間にも痛みは増す。。

 

順番がくるころには車いすでどこに運ばれているのかも分からず、

「いたーい、いたいいたい」もう赤ちゃん産むところかと思うほどの痛みに。。。

 

9月29日日曜日

 

朝から母に呼び出されて、家の近所のショッピングセンターに行った。

ドーナツ屋さんで〇デリングのプレーンな奴と確かアイスティーを飲んで

いつものように軽いお説教と、私の旦那の悪口を聞かされて

駐車場で実家でとれたナス3本、ピーマン3個、あとネギ一束をもらって

帰宅した。

 

お昼になって、旦那が柔道の練習から帰ってきた。

数日前にセブンイレブンで買っておいた5袋200円ぐらいのインスタントラーメンのうち2袋と昨日残ったご飯で卵しか入ってないチャーハンを作って、

 

自分の分としてはラーメン半分ぐらいとチャーハンもおにぎり半分ぐらいの量を食べたと思う。

 

午後からはせっかくできた時間でとろうと思っている資格の勉強をして過ごした。

そのまま晩御飯の時間になったけど、お腹がすいていなかったから旦那の分だけ準備して自分の夕飯は省略した。

 

午後9時。

なんかお腹が寒いような違和感。

 

でも、ちょっと横になればやり過ごせるんじゃないかと

その時は思っていた。

 

久しぶりすぎて忘れてたのだね私。。。

 

 

一昨日私は早番で、いつもより少し早く会社についた。

会社の勝手口から入ろうとすると、そこに男性職員が二人。

 

「おはようございまーす」といつものように挨拶すると

二人ともが静かにするようにってゼスチャーをした。

 

そろそろそばに寄っていくと

二人の前に駐車していた社用車の後輪と輪留めの隙間にヘビが。。。

 

一人が社用車を動かすためのカギをとりに社内に入っていくと

もう一人1人は「ちょっと棒を探してくる」去っていく。

 

いつも思うけど、こういう場面で棒を探すとか叩くための紙を丸めるとかすると

そのすきに逃げられてしまうのが落ちなのだ。

 

やっぱり、こういう時は素手で行くのが一番早いのよ。

柔道のいいところは道具なし、準備ゼロで敵に迎えるところなのよ。。。

そう思いながらもちょっと女の人ぶって待って待ってみた。

 

棒を見つけて帰ってきた職員がヘビをつつくと仕方なく隙間から出てきた。

でてきたけど、動いてほしかった方向と反対側に逃げて、

その横の社用車の後輪と輪留めの隙間に逃げ込んでしまった。

 

この調子で行くとまだ3台もある社用車を次々動かして逃げられるのを繰り返すことになりはしないかとどんよりした気持ちになる。

早番としてやらなきゃいけない仕事が待っているのに。まどろっこしい。

 

「みけさん、このヘビどうしよう?」と相談してくる棒持った方の職員。。。

うんうん。ヘビが得意な人なんてそうはいないよね。

 

「みけさん、いけますか?」と車の移動を担当していた職員。。。

うんうん。誰だってヘビは苦手なもんだ。

そう思いながら、私はいつだか行った社員旅行でヘビを触ったことがあるのを思い出していた。

 

 

仕方あるまい。自分から先に持つのが柔道の教えだ。

 

 

自分のバッグをまさぐって、一枚ぐらいは入っているだろうコンビニ袋を探す。

幸いセブンイレブンのコンビニ袋を見つけることができた。

 

割と動きも遅くて、シャーシャー言ってくるわけでもないそのヘビを

袋越しに掴んだ。

そうそう。先に掴む。そして投げるのが柔道の教えだ。

 

あーでも、なかなか思うところは持たせてもらえないもんで

袋の隙間からにょろーっと首が漏れてくる。

首の横、もちたかったけどなー

 

とりあえず、隣の廃工場の敷地まで、ぬるんと逃げられないように

でも、つぶしてしまわないように力加減がむずい。

 

 

どうにか逃がさずに数十メートル走って、廃工場の敷地にポーイって投げた。

 

 

お人よしって、本当にたいへんなんです。

こんな目にあわなきゃいけないんだから。

 

そして、その日の午後になって、もっと許せないことが発覚。

車を動かす方に回っていた職員は3万円もするトカゲを飼っていたのだ。

 

トカゲもヘビもそんなに違わないだろーが、

なんでさっきヘビを捕まえなかったんだよっ!って一応抗議したら

 

「ヘビは苦手なんです」だって。得意な奴なんかそんなにおらんよっ!

そしてお前は少数派である爬虫類大丈夫系のヤツなんだよ。

足があるんか、ないんかだけの問題だろうがい!

 

と頭に来つつも、やっぱ柔道の教えって思わぬ時に私を助けてくれるもんだなって

思ったね。

 

柔道さん、いつもありがとう。

 

同じチームのユウタは、体格が恵まれているのにほとんど勝たない。

たいてい相手に襟とか袖とかを先に掴まれてしまう。

 

でも、その後、仕方なく相手のどこかを掴んで、しっかり手を突っ張る。

体格のアドバンテージで相手はユウタを引きつけることはできない。

ユウタは相手の顔も見ず、視線はたいてい床だ。

ひたすら手を突っ張ったまま、たまに相手の足にちょいんと自分の足をタッチする。

 

手を突っ張っているせいで、ちょっと足をタッチすることはできるけど

技かというとそうでもなさそう。

 

タッチされると相手はなんとなくかわす。

でも、ユウタは手を離さないで突っ張ったままいるから

相手も何もかけることがなかなかできなくて、

ユウタの足タッチが続く。

 

「なんで技をかけないんだ!」って言う人もいるけどさ

ユウタは技をかけています。

 

よく技かけてないから指導をくらうとか言われるけどさ、

ユウタは技をかける気あります。

 

そして、一生懸命やってる結果が足タッチなんだよ。

私は力もないし体格のアドバンテージも最低で、気持ちも弱いから

 

ユウタがどんだけ頑張って足タッチしてるか分かります。

同じチームメイトが割と強いから、なおさら焦るし、

がんばらなきゃって思ってると思う。

 

でも、投げられるのも負けるのも怖いし嫌だし

いったん、手を突っ張っていれば持ちこたえることができるので

手は突っ張っているのだと思うのです。

 

腕が突っ張っていて、腰が引けているから、相手に足が届きませんで

結局足タッチ。結構いっぱい足タッチしてるんだよね。

 

なんか、そういうユウタを応援したくて、

足がタッチするたびに「もう一回!」って言ってみたら

息が吸えなくて死ぬかと思うほど足がタッチしていた。

 

結果、それでも指導はもらうし負けるしだったけども。。。

 

けど、応援って勝ちそうな状況より負けそうな時が楽しいって言うかなんていうか

 

 

その次の試合で、いつも三位には食い込む子とユウタが当たった。

もう、夢中で「もう一回!」「もっともっと」「もう一回!!」

って言い続けたね。本当に大健闘で、最高だった。

 

負けたけどね、ユウタのお母さんが「ユウタが初めてお母さん試合みてくれた?

俺結構がんばったんだよ」って言ってくれたって、後日聞いた。

 

ユウタのお母さんは試合見れなかったって言ってたけど、

ユウタがそんなふうに言うことがないから、観たかったって言ってた。

 

 

私もうれしくて、ユウタ、一生懸命やってたよって二人で号泣した。