流星人生
ダンナです。
いろいろあった日曜日から2日、
さすがに昨日は疲れきってへろへろでしたが
ゆっくり休んだ今日は元気が戻ってきました。
会社に行く前、朝に病院に見舞いに行ってきました。
まず、ヨメの体調ですが、
だいぶよくなってきているように感じました。
夜に見舞いに行ってくれたREさんも
そう言ってたので、間違いはないと思います。
ただ、「よくなった」といっても、それは
嘔吐してドン底に陥った日曜日に比べて、ということで
現状は再びものが食べられず、点滴を処置している状態。
つまり、だんだん快復 ⇒ 急降下 ⇒ またちょっと快復、と
1週間前と同程度に戻ったという感じなのです。
またじりじりと快復してきていることを、
頼もしいもののように私は見ています。
●
今日、ヨメの病室を訪れたのは、見せたいものがあったからです。
さっそくKBOちゃんが、日曜の写真データを1枚送ってくれたので
それを見せてやりたかったのです。
これが、いい写真なのです。
昼下がりの病院の前でたたずむ、なんだかいなたい10人組。
きっと「キメ」の瞬間のちょっと前かちょっと後なのか、
全員はてんでばらばら、あっちを見たり、こっちを向いたりと
ちぐはぐなくせに、なんだかやけにリラックスしていて楽しそう。
風通しのいい穏やかな笑顔を浮かべていたりするのです。
ヨメは小首をかしげ、ぺ~の方に身体を寄せ、
私はぺ~の身体をヨイショと持ち上げ、
ぺ~はぺ~でアサッテの方向を眺めている。
みんなばらばら、なのに、全体がカチッとひとつになってる。
勝手気ままそうに見えて、実はひとつにつながっている。
それにいることがとても自然で、当たり前の人たちが
笑顔を浮かべて集まっている。
いつか「あなたにとって幸せとは?」と聞かれたとき、
きっと私の脳裏に浮ぶだろう映像が、これのような気がします。
ヨメも、もちろんよろこんでいました。
いい写真だね、と。
私も、いい写真だな、と返して、2人でずっと
その粗いプリントアウトの中の10人組を
飽きもせず眺めていたのでした。
●
「オレンジの方はまだだけど、
水色の方は書いてるよ」
と、ヨメは言ってくれた。
日曜渡したノートは、ちょっといかしたノートで、
表紙に金箔の箔押しで「LIFE」と書いてあって、
これしかないなと即買いしたものだ。
自分のための「ヨメノート」はまだだけど、
「ペーノート」は書き始めてくれた。
まずは子どもに向けて、文字の語りかけ。
そのことが、私は死ぬほど嬉しい。
頭を下げて、ヨメに礼を言いたい。
ありがとうさん。
引き続き、よろしくさん。
●
ヨメの体調は行ったり来たりが続いていて、
それは今日か日曜か忘れてしまったが
ヨメはたしかこんなことを言っていた。
「これまでもこんなふうにして乗り越えてきたんだもんね」
これまで、たくさん辛いことはあった気がする。
これまで、多くの苦しいことがあった気がする。
しかし、今こうして生きている。
乗り越えてきたというとカッコよすぎるので、
いつのまにか凌いできた、と言い換えてもいいが、
実際のところは、痛みを忘れてしまったり、
悲しみに慣れてしまったりしてきただけである。
個人的な話になるが、
私はヨメの病気が発症して3回、自分の心が折れる音を聞いた。
「あ、もうだめだ」と思って、バキッという音がして、
そこから先の記憶がはっきりない。
そんな日が3日ほどある。
おそらくその後は、死んだ目をして、どこかの街の通りを
ふらふらと風に吹かれる古新聞のようにさまよい歩いていたのだろう。
でも、今こうしてやっている。
今回のことで学んだのは、人は必ずよみがえるということだ。
「人」と言い切るのが難しければ、私個人と言い換えてもいい。
どんな辛いことがあっても、私はよみがえる。
一晩寝たら、半分忘れてしまう。
あっさりと慣れてしまう。
対応策を考え始めてしまう。
なんとかなるんじゃないかしらと楽観的に捉えてしまう。
腹が減ったなと余所見しだす。
街往く女の子に目移りしだす。
「もっとおもしろいことできないか」と現状に飽きてしまう。
あぜんとするくらい、悲しくなるくらい、
まるで太陽に葉を伸ばす植物のように、
人はすくすくとよみがえる力を持っているのかもしれない。
ぐにゃぐにゃのゴムのように、
ずるずるのメンタル引き摺って、まだまだ行こう。
●
またしても、多くの人から応援のメッセージ、いただいています。
本当に、ありがとうございます。
よくマラソンランナーが、沿道の方々の声援に後押しされて走り抜けた
みたいなことを言っていますが、
それはきっとこういうことなんだろうなと実感しています。
「なにもできないですが……」と書いてくださる方もいますが、
そんな恐縮する必要はありません。
というか、その声だけで、もう十分助かっています。
私は甘いのかもしれませんが、どこかで
「やってきたこと」は「そのときできることの全部」であるような気がしています。
だから、みなさんにも胸を張ってほしい。
みなさんがやってくれたことは、みなさんができることの全部。
それより先のことは、みなさんの手が届かないこと。
できることをただやるだけ。
味気なさすぎてツマラんですが、
でもその声が、私の今日を回してくれます。
その声が。
●
いろんなことが猛スピードで進んでいき、
いろんな取捨選択、いろんな状況判断、いろんな連絡事項、
いろんな覚悟、いろんな苛立ち、いろんな七転八倒……
そのスピードはどんどんどんどん早まっていて、
いまや私の人生は流星みたいだなぁとカッコよく思ったりしています。
いろんな出来事が一瞬で、過去のものに変わっていく。
いま感じる気持ちを伝えるのは今しかなくて、
今できることを今やっとかないと、足がはやくて
すぐに腐っていく。すぐ次の「今」がやってくる。
そんな感覚。
いつのまにか、昨日の夜から来週の週末くらいまでしか
頭のカレンダーには存在してないことに気付くのです。
そんなわけで、今晩だって、会社からの帰り道、
中原街道から丸子橋へ抜けるゆるやかな下り坂を
ノンストップでブッ飛ばしながら、
私はまっかなクロスバイク(=チャリンコ)とともに、
多摩川を渡る流星になるのだッッッッッ!