がんフーフー日記 -63ページ目

家族会議

ダンナである。




まず、本日7/6の状況です。


先週やっと熱も落ち着き、

週末は一時帰宅することのできたヨメですが、

再び月曜日発熱しました。


家にいるときは調子もよく

「もう退院にしちゃってもよかったかもねー」なんて言っていたのですが、

やはりぺ~との時間が体力を奪ったのか、

ちょっと安心しすぎたのか、またもぶり返し。


前も書きましたが、熱は腫瘍熱、つまり患部が活性化している状態で

私どもはもちろん、ヨメをもっとも不安にさせるものであります。



まだしばらく、様子を見る時間が必要なようです。





そして、日曜日の家族会議について。


日曜の夕方、ヨメ、ヨメ父(=ギフ)、ヨメ母(=ギボ)、

ヨメ妹(=あーちゃん)、私で話し合いを開きました。

ヨメ弟(=ギテー)は出勤のため欠席です。


誰もが話さなければならないと思いつつ、なかなか触れられずにいたところ

口火を切ってくれたのはギフでした。

たしかに、これ以上遅くなると、ヨメの体調変化の可能性もあるし、

ぺ~がぐずぐず言い始めて、十分時間がとれなくなる恐れがある。

まだ明るい、蒸し暑い夕方の話し合いとなりました。



ひとりひとりが、自分がどう思うかについて話しました。

ヨメの今後の治療法について、

化学療法をやるかどうするかということが議題です。

もしやるとしたら、という仮定で、

すでに7/6には第一回目の予約が入っている状態でした。

それも含めて、さて、どうするか。




ヨメはやはり、「怖いけれど、やりたい気持ちもある」という答えでした。

副作用の恐怖、

逆に命を縮めるかもしれない可能性があることもわかっている。

でも、こうしてじっとしていることも怖くて仕方がない……

そんな今のジレンマ、揺れを素直に語ってくれました。


ギボは、ヨメの気持ちに任せるという考えでした。

治療してほしい、治してほしい、という気持ちもあるが、

副作用に苦しむ姿を見るのはつらい、という意見です。

ギフは、ひとまず7/6は延期して仕切りなおしたい、と。

あーちゃんは、7/6は伸ばして、ヨメ自ら新たなタイミングで決めたら、と。

不在のギテーは、化学療法は不安である、と。

これまた不在の友人のREちゃんの、

いますぐの化学療法は不安、という意見も伝えました。


私の意見は、基本的に現時点での化学療法には反対でした。

ただ、それをやめることによって、

もしもヨメのメンタルの落ち込みがひどいようなら、

可能な限り薄めたカタチで、慎重に慎重を尽くした上で、

化学療法を試してみることは考えたい、というものです。



全員の考え方は、

それぞれ会話の中でうすうすわかっている通りのものでした。

ただ、今回はそれをはっきり言葉にしてもらいました。

自分の言葉で語ってもらいました。



そこから……どうなったのか?



ヨメが涙を流したり、

ギフがとにかく止まることなくしゃべり続けたり、

なにがどうとか具体的に言えないくらい必死に、

いろんなことをしゃべっていたような気がします。


たしか、

意見は異なれど、結局みんなヨメの体を心配して、

どういう方法が一番いいか考えてるんだとかなんとか、

家にいることで心苦しい気持ちになってしまうのなら、

病院と家をもっと自由に、好きに行き来したらいいとか、

とにかくヘンに気持ちを胸に溜め込まずに、

思ったことはちゃんと吐き出さなきゃいけないとか、

なんとか、かんとか、いろんな言葉が流れました。




正直、今になって思えば、

なんら結論らしき結論には辿り着いてないんです。


とりあえず、7/6は延期。

あとは心身の様子を見ながら、やりたくなったらまた考える、っていう

ヒジョーにアヤフヤっていうか、フワフワの着地点。

いっちゃえば、なんの答えにもなってない。



でも、それでもいいんだと思います。


たぶん話していたのは全部で90分くらい。


最初固かった会議の場は、誰もが必死で言葉を紡いでいるうちに、

いつのまにかバターのように溶けてきている感じがしました。


まあ、疲れもあるんだろうけど、言葉が互いの上に降り、

互いの肩を叩き、互いの背中をさすっているうちに、

内容がどうこうというより、ただ「一緒に話をしている」、

「みんなが真剣にヨメのことを考えている」という

親密感、一体感に場が包まれていく気がしたのです。


だから、まあ、最後はグダグダといえばグダグダなんだけど(苦笑)、

そこには愛情を確かめ合ったような、

いっちゃえばセックスの後と同様の、

すっきりと満足したすがすがしさが残った気がします。




家族会議は、きっと開催することに意義があるのかもしれません。





そして我々は、様子見を中心とする緩やかな姿勢で

7月戦線に突入することとなりました。