アンサー
ダンナである。
ヨメががんだということを初めて知ったのが9月4日だったから、
あれから1年が経ったことになる。
ヨメが逝ったのが7月9日だったから、
あれから2ヶ月が経ったことになる。
だからなんなんだという気もしなくはないが、
人はあえて区切りをつけたいがために、
指を折って数を数えるのかもしれない。
おかしなものに頼ってるもんだとつくづく思う。
今後の身の振り方を考える時間として
四十九日をいただいた私だが、
いつのまにやら10日近くすぎてしまった。
いつまでもうだうだしているわけにはいかないだろう。
私の出したアンサーは、以下の通りです。
年明け、ぺ~と一緒に故郷の広島に帰ることにしました。
しばらくは実家で両親に子育てを手伝ってもらいながら、
あたらしい仕事を探そうと思います。
年内は、川崎でフリーランスとして仕事をします。
現在まとめようとしているこのブログ本の作業と、
お世話になった方々に、せめてもの仕事での恩返しを。
現在ぺ~はまだ、いわきのヨメ実家で面倒を見てもらっていますが、
近いうちにウチに帰ってきてもらう予定です。
アンサーの理由は、以下の3つ。
1. ぺ~と一緒にいたい
「しばらくは預かってもらって仕事をしたら?」
「子どもは3歳くらいまで記憶がないから大丈夫よ」
親切心からそう助言してくださる方もおられたけど、
やっぱり私はぺ~と離れてすごすのはイヤだと思いました。
彼が初めて歩く瞬間も、彼が初めてことばを話す瞬間も、
できれば仔細に見ていたい。
別に私になにができるわけではないけれど、
できれば常にそばにいる存在でありたい。
そう思ったのです。
2. ひとりでぺ~の面倒を見るのは厳しい
それは彼が発熱したときに、痛感したことでした。
もちろん保育園に預けたりして、
立派にシングルファーザーをやっておられる方もいるのでしょう。
でも私にはそれは、自分のキャパシティを超えたものに思えました。
さらに言えば、なるべく彼を日常的に複数の人と
ふれあえる環境に置きたかった。
それはばぁばかもしれないし、じぃじかもしれないけど、
いろんな価値観、いろんな関わりの中で育ってほしいと思ったのです。
3. 両親に対して
夏休み中、ファミレスで見た風景が目に焼き付いています。
それは、小さな子どもを中心に、じいさんばあさん、そして母である娘が
テーブルを囲んでいるという、まあ、どこにでもある風景だったのだけど、
その風景をウチの両親にも味わわせてやりたいなと思ったのです。
両親には今回の件で迷惑もかけたし、いろいろがまんもしてもらった。
おまけにぺ~はダンナ側にとっては初孫です。
実際喜んでくれるかどうかわからないし、ヨメ家族には大変申し訳ないけど、
やはり私はファーストチョイスは「こちら側」にさせてもらいたい。
そう思ったのです。
さんざん悩んだというわりには、結局最初に頭に浮かんだ、
実に順当で、無難すぎる結論に落ち着いたことに、
妙な淋しさを感じています。
でもこれが私の出したアンサー。
このようにして、これからやっていこうと思います。