ヨメを継ぐ
ダンナである。
こういう状況になって考える。
もしヨメが健康で生きていたら、どうしていたか。
そんなことはすぐに想像できる。
きっと、とてつもないくらい心配し、テレビとネットにかじりつき、
不安の暴走エクスプレス、パニック障害の自家中毒。
私の「ひとまず落ち着きなさいよ」という声に耳も貸さず、
友人知人あちこちに電話をかけまくり、
そして月末、とてつもない額の携帯の請求書が私に回ってきて、
「どーすんだよ、これ!」とフーフ喧嘩になったことは、
まあ想定の範囲内だろう。
そういう想像が瞬時に頭に湧くからか、
その圧力が私の背中を押す。
これまでの自分よりも、ちょっと心配症になっている自分に気づく。
これまでの自分よりも、あちこちに電話をかけている自分に気づく。
まるで、私のヨメ化が進んでいるようではないか。
いつのまにやら、ヨメが私の体をのっとって、
勝手に操作しているようではないか。
いいや、私はヨメを継いでいるのだ。
どこかで、そうしたいと思っているのか。
こうして、つながっていたいと思っているのか。
自分が自分でないような心地がする。
なかなか味わい深い展開を見せ始めた。