成仏のその先へ
ダンナである。
別に私は仏教徒でもなんでもないが、
今回は成仏という言葉を使ってみる。
成仏と辞書で引くと、
1. なやみからはなれ、仏の位を得ること
2. 死んで極楽に行き仏となること
とある。
仏も極楽も、やっぱりごぞんじないのだけれど、
それとは別に、もろもろの感情が溶けきって空に還る感じというか、
ずっと抱えていたわだかまりがすべてほどけて、
「もう満足です! ありがとー!」となんもかんもが許せてしまうような
瞬間というのは身に覚えがあって、
そういうものを表現するうまい言葉を他に知らないので、
ここでは成仏という単語を使ってみる。
おかしな勧誘ではないので、ひとまず安心してください。
ヨメが成仏しているかどうかは、正直わからない。
あれから9ヶ月近くたつが、
やっぱりぺ~のことは気になるだろうし、
空から眺めて私の相変わらずのていたらくに
はらわた煮えくり返ってるかもしれないな、とか思ったりする。
最近は肩こりがひどいのだが、もしかしてそれも
背中にべたーと張り付いたヨメのせいかしらん、と考えてみたりする。
まあ、成仏していてくれたらそれでいいし、
そうでなくても全然かまわない。
だったらじっくり見てなさいよという気分も一方ではある。
ただ、私自身に関して言えば、
いまは完全に成仏しています、と言うことができる。
生きているのにそんなことを言うのはおかしな感じだが、
最近とみにそう感じるのだから仕方がない。
ここ数年、いろんなことがあって、いろんな感情を抱え込んだ。
いろんな不条理もあったし、いろんな納得いかないこともあったし、
いろんな「なんで俺だけ!」的なかなしみも怒りもあった。
でも、今はそういうわだかまりは、きれいさっぱり消えてしまった。
山のように抱え込んでいたはずの、どろどろとした救われない、
産業廃棄物のような感情は、まったくどこかへ消え去ってしまった。
本が作れた、というのは、もちろん大きい。
あの濃密な日々を、自分の納得いく形で結晶にすることができた。
させてもらった。
その時点で、私の中にあったどろどろの大部分は報われてしまった。
それを持って、両親やヨメ親族、友人たちにお礼を伝えることができた。
いつかぺ~が大きくなったときのための、宝物を残すことができた。
私の役割は、終わった。
やっとひとつの輪が完結した。
そんなふうに思えた時点で、私はもう成仏していたはずだった。
そもそも、実際はそれ以前からわだかまりなんて
そんなに抱えていなかったのかもしれない。
なぜなら、私は自分の支払ったものに比べて、
もらったものの方が圧倒的に多いような気がしているからだ。
ヨメにはたくさんのものをもらった。
あまりにもおもしろい人生をもらった。
たくさんの友達をもらった。
きらきらした瞬間をもらった。
自分の中の一番いい文章を引き出してもらった。
身近な人たちとの距離をぎゅっと近づけてくれた。
ぺ~をもらった。
ぺ~がふりまく光をもらった。
やるべきことをもらった。
人生の深淵を見せてもらった。
なにより、マリアナ海溝より深い愛情をもらった。
そして、本まで作らせてもらった。
もう、十分だ。
プラスマイナスでいうと、圧巻の黒字。
多少は支払うものがあったかもしれないが、
結果、ありあまるほどのサムシングを私はヨメからもらっているのだ。
もらったのは、ヨメからだけではない。
家族から、親族から、友人から、これを読んでくれた読者の方々から、
たくさんの心遣いを、愛情を、私はもらった。
ヨメ亡きあとも、今度は「本にしてくれる」というカタチで、
出版社の方たちに貴重な何かをいただいている。
だから、もう私は十分なのだ。
何も恨んでないし、何も悔やんでない。
気色悪いかもしれないが、
ただただ「ありがたや~」という感謝の気持ちだけで
今はすっかりスッキリしてしまっているのが現状だ。
きっと、成仏という感覚は「足りる」「足りない」という満腹感と
結びついているのだろう。
生き足りない、愛され足りない、報われない……
満ち足りないところに、たぶん執着は発生する。
さて、長々とえらそうに書いてきたが、本題はこれからだ。
そんな精神的にすっかり成仏してしまった私は
今や齢39にして「余生」をすごしているような気分である。
もちろん今後のことは考えなければいけないのだが(考えろよ)、
今はただ「本、売れんかな~」という淡いスケベ心だけをよりどころに、
フワフワぽけ~っとした毎日をすごしているだけだ。
でも、どうやら物語はまだ終わらないようなのだ。
今度こそひと区切りついた気がしたし、実際私自身もそう思っていたのだが、
もはや私は大海に放り出された笹船のようなもの、
いつのまにか新たな流れに巻き込まれ、
次のストーリーに立たされていたりする。
どんどん新しい愛情が投げ込まれる。
どんどん新しい登場人物が増えていく。
一体なんだろう、この必死で、でたらめで、
おもしろすぎる人生というやつは。
明日(5月31日)の昼過ぎ、ここをのぞいてみてください。
私自身が一番びっくりしている展開で、
『がんフーフー日記』、さらなる続きが始まります。