こんにちは、というよりお久しぶりもしくはご無沙汰しておりますでございますね!!!侏儒です。

 

最後に書いたのが何月何日だってくらい自分でもわかってないし調べてもしていないんですが、毎回ニンテンドースイッチのモンハンライズに行ってはモンスターを狩り、モンスターを捕獲し、モンスターを斬って斬って斬ってたまに環境生物使っていたずらしたりしている、迷惑なハンターとして日々様々な場所を駆け巡っております。珍しい文書を採取したり、鉱物を採取したり、薬になる草とか採取したり、ハンターとはいえそう、まるでこれは縄文時代にタイムスリップしたかのようなワイルドな生活!!

個人的に猫スキーとしてはアイルーたちが可愛すぎて可愛すぎて何度でも抱っこしたい欲望にかられ・・・・。というのもあれですよ、ネコのかわいいところを知り尽くしているからです!特に団子屋さんのオテマエちゃん、よろず料理を作った後に見せるあの表情はもうノックアウトやろー----ほれてまうやろー-----!!!!なくらいにキュンキュンさせてくれます。

基本人間に興味がない私はヨモギちゃんに料理を依頼する回数が少なく、いや、でもチケットくれるので感謝はしていますよ?やっぱモンハンワールドはアイルーとモンスターあっての世界だということでモンハンは好きなゲームの一つに入っております。

そして今回ガルクという大型犬に乗って狩猟をするという願望を形にできて、スタッフさんには本当にありがたい気持ちでいっぱいです!!!

私は犬科の中では中型~大型の犬が好きなんですが特にレトリバーとか狼とか好きですね。狼とかもうモフモフしたい・・・・・ウッ

というわけで、現在の職業は、審神者、ハンター、カルデアのマスター、ポケモントレーナー、一応のカラーセラピスト、数秘術占い師、タロット占い師、そしてしがない接客販売員として日々を生きておるわけですが、どちらかというと現在はハンターとして生きている方に比重が偏ってますね。ちなみに推しのモンスターはナルガクルガです。しっぽ攻撃した後、埋まってしまって抜けなくてワタワタしているのがまたかわいくて本当はその隙を縫って攻撃するところなんでしょうけど、アイルー及びガルクと一緒に見ています。

ちなみにナルガ装備すると動きがシュッシュと早くなりまして、自分の立ち位置がわからなくなります。

やはり狩猟&採取は人間の基本ですね!

と!いうことで、巷で「縄文も古文もオワコンじゃんーwwww」なんて思っているそこのアナタ、ここのあんさん、こちらのYOU!君たちが何気にしている生活の一部の中に、縄文時代から受け継がれている日本人としてのアイデンティティが含まれているから!決してオワコンではなく、縄文も古文も実はまだまだ現在進行形であることを知っていただきたい。

 

さて、

なぜAIとか開発されているこの世が縄文から引き継がれているものなのかということ、まずはお節句、七五三、地方各所のお祭り、初詣等々の行事から、お風呂に入ることや手洗い洗顔まで、すべてが日本人がつないできたことであり、途中外国(昔は特に中国)の文化と交わりつつ変幻自在に本流から変わってきてはいるのですが、本質は昔の昔から引き継がれた日本のアイデンティティであります。

一例として、お節句ですがこちらも「祓い」からきているものと言われておりまして、例えば3/3の桃の節句も、その昔伊邪那岐命が黄泉の国から帰るときにその危機を助けたのが桃だといわれております。ので、桃には魔よけの効果があるとされ・・・・ということでその日は桃の花を飾ったり、菱餅を頂くわけで、五月の端午の節句もやはり浄化効果のある笹や菖蒲も活躍しますよね。その笹、七夕にも活躍します。本来ならば9/9は長陽の節句と言って桃の代わりに菊の花が活躍するのですが、今では何故か・・・オカシイナー?

「奇数は縁起がいい」という大陸の考えがこの国に輸入されてからお節句の日取りが決まりましたがよくよく考えたらこの時期は季節の変わり目でもあり、体調も変化しやすく「気枯れ(ケガレ」が溜まりやすい時期(鬱病持ちのワタクシはほんとにこの辺りが辛い‥苦笑)でもありますので、昔の人はそれをよく知っていたのでしょう。そして、心身の浄化をし、旬のものを食べて自然界の恵みに感謝をしていた・・・。

と、考えるとお節句の意味合いも少しは変わってくるのではないでしょうか。

朝から夜にかけてはケガレが身につくのでお風呂に入ってケガレを取る、夜の間もケガレがつくので朝はシャワーを浴びたり、洗顔をしたりする。これはどうやら縄文時代からの知恵に基づいているようですね、おかげさま?で日本人は清潔好きといわれるようになりました。うれしい。

そして我々が今も使っている日本語。言葉こそが一番その国の人たらしめるツールじゃないでしょうか。日本語を話せるから日本人なのだということです。かつて日本人は北海道のアイヌ人からアイヌ語を奪いました。今はアイヌルネッサンスの時期に在りますが、しかしアイヌの人々は生活サイクルを取り上げられた挙句、日本語を植え付けられたことによって曖昧な存在になってしまいました。土下座して地に穴を穿つまで謝りたいところですが、当時の日本政府も愚かなことをしたものですな。

その日本語、現在使っている我々の言葉は万葉集から、もしくは文章化されるそれよりもっとその前からずっとルーツを持つ美しい言葉です。かくいう私も高校の授業では古文とか和歌とかすっごく苦手で、いざ試験となると憂鬱MAXになっていたものでしたが、『試験科目』という呪縛から逃れて肩の力を抜いて古文を読んでみますと、「あー!わかるわその気持ち!元気出せよ業平!!」とか100%意味が読み取れなくても筆者の言いたいことがわかるわけでして。それはなぜか、日本語が話せるからです。昔の人も桜が大好きで、桜を題とした和歌をよく読んできました。それが日本人のDNAの中に入っていって桜に対する日本人の感性が磨かれていくのです。夏の虫の声さえも、「いいなあ」と感じる感性もそうでしょう、「騒がしい、うるさい、耳が痛い」と煩わしく感じる欧米の方々よりも、この感性を大事にしたい、そう思う今日この頃でございます。

万葉の昔からずっとずっと語り継がれていたからこそ、「五十音」の言葉を今も話すことができる。万葉の前から語られてきた言葉がある、縄文時代からの文化や信仰、そして習慣のおかげで我々がいる。

(そういえば、私が例えば外国人でしたら日本語習いたくないですね、ひらがなとかカタカナとかそして漢字と3つも覚えなければならないこのボリューム感・・・・。日本語習ってくださってる外国の方々には本当に尊敬の念しかありません・・・!)

 

なので、

「縄文も古文もオワコンじゃねー?」と仰っている方こそ、日本人としてオワコンなのじゃないかと、思っています。

 

そもそも、縄文時代なんて一万年も続いていたので、簡単にオワコンになれないパワーがあると思いますよ。。。