ジェラルディン・ブルックス「古書の来歴」 | アルバレスのブログ

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最近はガンプラとかをちょこちょこ作ってます。ヘタなりに(^^)

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2008年発表。
文庫2冊、659ページ
読んだ期間:6日


[あらすじ]
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1996年。
古書鑑定家のハンナ・ヒースは、500年ほど前に書かれた「サラエボ・ハガダー」の鑑定を依頼された。
「サラエボ・ハガダー」はヘブライ語で書かれたユダヤ教の祈りなどが書かれた本だが、ユダヤ教が宗教画を否定していた時代に書かれた非常に珍しい希少本だったが、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の際に行方不明になっていた。
それがついに発見されたのだった。
ハンナは「ハガダー」の鑑定の中で、「ハガダー」に残されている様々な遺物を元に、「ハガダー」執筆から現在に至る歴史を紐解いて行く…

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1996年の現代と、「サラエボ・ハガダー」に関わった過去の人々のエピソードとの間を行き来しながら、「ハガダー」が執筆された当時までさかのぼって行くスパイラル小説。
現代パートで謎が提起され、それを過去パートがその謎の由来が紐解かれていくと言う構成。
過去パートそれぞれが異なる時代、異なる場所、異なる主人公の短編小説となっているので、全体を通して「サラエボ・ハガダー」をテーマとしたオムニバス小説と言ってもいい。

簡単にまとめると以下の通り。

・現代パート(1996年)

主人公はオーストラリアの古書鑑定家、ハンナ・ヒース。
母親は世界的に有名は脳神経外科医、父親は画家。
父親はハンナが生まれる前に亡くなっており母娘だけの家族だったが、忙しすぎる母親とは子供の頃から打ち解けられず、未だにぎくしゃくした関係が続いている。

・過去パート①「蝶の羽(1940年)」

ハガダーに挟まっていた昆虫の翅の由来についてのエピソード。
場所はサラエボ。
主人公はユダヤ人の少女ローラ。
”ナチスドイツの侵攻によりユダヤ人迫害が始まり、父親、母親、妹と生き別れパルチザンと行動を共にする事に…”

・過去パート②「翼と薔薇(1894年)」

ハガダーに付いていたはずの銀の留め金がなくった理由についてのエピソード。
場所はウィーン。
主人公はユダヤ人医師のヒルシュフェルトと製本職人のミトル。
”ヒルシュフェルトの患者のミトルは梅毒を患い、ついには脳への影響が出始めた。
もはや手の付けようもなくなってきたが、新たに見つかった治療法は多額の費用が掛かる。
ミトルは製本を依頼された書物に付いている銀の留め金に手を付けてしまう…”

・過去パート③「ワインの染み(1609年)」

ハガダーに付いていた染みの由来についてのエピソード。
場所はヴェネチア。
主人公はカトリック司祭で異端審問検閲官のヴィストリニ(アル中)とユダヤ教のラビのアリエ(ギャンブル狂)。
”ヴィストリニはアリエと友人の様に振る舞っていたものの彼に激しい劣等感を抱いていた。
アリエはユダヤ人の保護者レイラから預かったハガダーが焚書処置をされないようヴィストリニに懇願するがヴィストリニはハガダーを没収する…”

・過去パート④「海水(1492年)」

ハガダーに付いていた塩の成分の由来についてのエピソード。
場所はスペインのタラゴナ。
主人公はユダヤ人能書家のダヴィドとその家族。
”ダヴィドはたまたま訪れた市場で見事な宗教画を得、それを使って甥の結婚式の贈り物のハガダーを作る。
そんな時、アラゴン王がユダヤ人の追放を決めスペインでの将来が無くなってしまう。
さらにキリスト教徒の娘と結婚し、キリスト教に改宗した息子が異端審問に合う…”

・過去パート⑤「白い毛(1480年)」

ハガダーに挟まっていた白い毛の由来についてのエピソード。
場所はセビリア。
主人公は黒人奴隷の画家ザーラ。
”細密画家ホーマン家の奴隷であるザーラは、かつて父親の手伝いで医学書の挿絵を描いていた。
総督は屋敷付の絵師をホーマンに要求、ザーラは総督の屋敷に遣わされる。
ザーラはそこで総督の妃と出会う。
妃はかつて奴隷として囚われ、今では総督の妃となっていた。
二人は似たような境遇から親しくなっていく…”


と言った内容。

本書で取り上げられている「サラエボ・ハガダー」とは実在の希少本で、それを取りまく歴史についても本書はほぼ史実をなぞっています。
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の際に「ハガダー」を命を懸けて救ったのも、実際にイスラム教徒の学芸員だったりします。
そう言った史実にフィクションを取り入れて作られたのが本書と言うわけです。

最初は奇抜な構成に頼った小説かと思っていました。
過去パートが「ハガダー」に関する部分で尻切れとんぼになり、その箇所の主人公のエピソードが深堀りされていかないので、ちょっと弱いな、と。
ただ、全体を読んでそれだけではない深みを感じました。

「ハガダー」自体は何もしない、そこにあるだけなのは当たり前。
そこに関わる人々の人生の機微が意外と深い。
時代の変化と人の心情の移り変わりがリンクし、それが「ハガダー」と言う印画紙に写し込まれて行く。
明確で正確ではないからこそ、現代に生きるハンナはそれに想像を加えて解釈していく。
謎は謎のままで終わる事の方が多いものの、刻まれた歴史の重みは消えない。
そして読者はハンナが到底たどり着かない真実を知っている。
こういった仕掛けも見事です。

史実とフィクションの融合のさせ方の微妙さも巧みです。

そして最後には舞台は2002年に進み、意外な人物の再登場と、若干ながらのスパイ小説的な展開まで行きつきます。
非常に良く練られた作品だなぁと言う印象です。

ユダヤ教の「ハガダー」を中心に据えている関係上、本書にはユダヤ人を取り巻く苦難の歴史の一端が垣間見えます。
キリスト教が如何にユダヤ教を憎んでいたかもわかります。
キリストの時代に迫害された時の意趣返しのようなものでしょうか?
あまり突き詰めて書いていると色々と問題にぶち当たりそうなので、この辺りでやめておきますが、宗教とは人間を極端な方向へ導く両刃の剣であるなぁと思います。
良い方に導かれれば幸せな人生が待っていますが、逆方向に向かうと際限のない悲劇に見舞われる。
未だに続くこの悲劇は人類の生まれ持った性質なんでしょうか?

最後にグチですが…
この本を2冊にする必要あるのかな~
上下巻合わせて659ページですが、活字が大きい。
通常フォントにすれば1冊600ページくらいで1,000円くらいになるんじゃないかな。
紙の本を守るための募金と思えば安いけど、ちょっと釈然としない…