スティーヴン・キング「不眠症」 | アルバレスのブログ

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最近はガンプラとかをちょこちょこ作ってます。ヘタなりに(^^)




1994年発表。
文庫2冊、1300ページ
読んだ期間:10.5日


[あらすじ]
70歳になるラルフ・ロバーツは愛する妻、キャロリンとの死別の後、不眠症に悩まされるようになる。
目が覚める時刻が徐々に早まり、睡眠時間はどんどん減っていく。
あらゆる民間療法を試すも全く効果はない。
日中は頭がはっきりせず、時折、オーラのような雲状のものが見えるようになる。
そんな時、近所に住む若夫婦、ディープノー家の妻ヘレンが夫エドから激しい暴行を受けると言う事件が起こる。
きっかけは、中絶を容認する女性運動家、スーザン・デイを町に呼ぶ嘆願書にヘレンが署名した事だった。
ヘレンを守るため、一人エドに対峙したラルフは、エドから不思議な話を聞かされる。
”ハゲでチビの医者””百人隊の隊長””真紅の王”…

ヘレンは赤ん坊のナタリーと共にシェルターに非難し、エドから離れる。
エドは反中絶運動にのめりこむと共に、ラルフに対しての敵対心を増していく。
エドと行動を共にする過激派に襲撃されたラルフは、何とかこれを撃退。
その夜、いつものように眠れぬ夜をまんじりともせずすごしていたラルフは、向かいに住むロカー夫人宅から2人の人間が出てくるのを見かける。
小柄で禿頭、白い衣装を着たその姿は、エドが語った”ハゲでチビの医者”そのものだった。

睡眠不足が拍車をかけると共に、オーラも常時見えるようになっていったある時、再び、”ハゲでチビの医者”を見かけるラルフ。
しかしその姿は、かつて見た二人組みの医者とは異なり、邪悪さに満ち溢れていた。
その医者は生き物の死を導く存在だった。

図らずも邪悪な医者との対立を深めていくラルフ。
孤立無援かと思われたラルフに一人の協力者が現れる。
いつも一緒にいた友人、ロイス・チャース。
彼女も不眠症に悩まされ、オーラを見るようになっていた。
自分ひとりではない事を知ったラルフは、ロイスと二人、最初に遭遇した二人の医者を探し出す。
そして彼らから今回の出来事の目的を知らされる。

それは、近々やってくるスーザン・デイをめぐりエドと彼を操る”真紅の王”が起こそうとしている大事件を阻止する事。

ラルフとロイスはたった二人で異形の存在に立ち向かって行く…


このあらすじは、1300ページ中の800ページ分くらいにあたります。
つまり、本書の60%以上は30行くらいで説明できると(無理やりですが)言えるわけです。
ところが、一見内容が薄いと思われるこの箇所が実に深い。
不眠症に悩む老人の生活が実に丹念に描きこまれており、そこにほんのわずかずつ得体の知れないものを盛り込む技術がすばらしい。
なにげない日常風景の中に、1滴だけシミが落ち、それがじわじわとにじんで行き、視界を墨が遮って行く。
気が付くと世界は漆黒の闇に包まれている…
このつかみどころのない恐怖感の醸成ぶりが実に見事です。

自分の生活の中でも何かいつもと変わった事が無かったか?
朝、目覚めてふとんから出て、洗面所に行き、歯ブラシを取り、歯磨きを絞り、コップに水を注ぎ、鏡に映った顔を見ながら歯を磨き、口をすすぎ、顔を洗い、タオルで顔を拭き、洗面所を出る。
その時、ふと考える。
いつもはコップが左側に置いてあったのに、今朝は右側に置いてなかったか?
ただの気のせいだったのか?
昨日、置き場所を逆にしていたのか?
家人が何かの時にコップを逆に置いたのか?
それとも何かがそれをしたのか?
意図的なのか偶然なのか?

こんな小さな取るに足りないと思われる出来事が実はとてつもなく深い意味を持っている。
そういう仕掛けと異常なまでの緻密な描写がキングの真骨頂だと思います。
本書にもそれは遺憾なく発揮されています。

50ページほどのプロローグの中にひそかに埋め込まれたヒントが実に巧みに暴露されるところなどはうならされます。

そして後半の500ページの急激な転調とスピード感。
それまでのねっとりとした油汚れの中にいるようなじれったさから、一分一秒ごとに状況が変化する異次元世界への突入。
力の使い方を覚えたラルフとロイスの凄まじい超能力。
そして意外な実態の発覚。
この後半部分はあまり書くとネタバレになってしまうので控えますが、ここも本当に読ませます。

そして全てが終わった後の60ページほどのエピローグ。
非常に暖かく穏やかな始まりの中に潜む不安感。
最期の約束を果たす事を思い出したラルフとそれを見守るロイス。
涙なくして読めない展開が最後に待っています。

これはある意味ハッピーエンドと言えるのではないか?
キングにしては珍しい事だと思います。


と言うわけで、1300ページを長いと思わせない、引き込まれる作品でした。
ちなみに、わたし個人が最近、すぐに目が覚め睡眠時間がちょっと減ったりしている状態だったので、ラルフの気持ちが結構良くわかり感情移入しやすかった事と、ラルフやロイスと言った老人達を主人公に据えた事により親しみが沸いた事も本書の評価にプラスに働いたと思われます。
あと何十年かして自分が老人になった時、ラルフのような生き方が出来たらすばらしいと思えます。


追記

色々と書き忘れた事があったので追加しておきます。

本書はキングの代表作「IT」の舞台になった町、デリーが再び舞台になっています。
ですが、「IT」を知らなくても特に問題なく読めます。
確かに”過去に××があった”と言う記述は何度か出てきますが、「ふ~ん」くらいでOK。
わたしは小説「IT」は読んだ事がなく、昔、ドラマ化された「IT」を観た程度で、それもかなり記憶の彼方でピエロと子供達くらいしか覚えてませんが、そんなに苦にはなりませんでした。
小説「IT」は文庫4冊2000ページくらいの大作なので、読みたいと思いますが、かなりの覚悟が必要。
時間があったら読みたいと思います。

ラルフとロイスが身に付けた超能力もメモしておきます。

両者とも、人がまとっているオーラが見えるわけですが、それはその人の心理状態や身体状態により色が変わります。
なので、その色の変化を知れば、その人の考えが分かって来ます。
一種のテレパシーですね。

また、集中する事で次元を超えた移動が可能になります。
自分の姿は他人から見えなくなり、自身では雲のような存在になります。
そこでは時間が早く進みます。
壁などの障害は無関係に進めるようになり、移動先で実体化できます。
こちらはテレポーテーションっぽい。

他人から生命エネルギーを頂戴する事が出来ます。
頂戴された人は虫にでも刺された程度ですが、頂戴した側はかなりのエネルギーになります。
さらに無意識の内に頂戴していたりもするので、ラルフとロイスは20歳くらい若返って行きます。
ラルフはこれを「吸血鬼のようだ」と表現していますが、確かに「スペースバンパイア」のような。

さらに攻撃力もGETしてます。
ラルフはウルトラマンのウルトラスラッシュのように手刀を打つとオーラビームみたいなのが出ますし、ロイスは指鉄砲が撃てます。
これは人間には利かず、”チビでハゲの医者”3号との対決で使われます。

あと、重要人物の中に一人の幼い少年が出てくるんですが、彼が18年後に奇跡的な事を起こすと書いてあるんですが、それって、既に小説化されてるものの前振りなんでしょうか?
それともまだ書かれていないのか?
ちょっとこれはよく分かりませんでした。

追記は以上でした。