愛の鞭、愛の無知
もはや洋ゲーが日本のゲームをほぼ全ての要素において大きく上回っているのは絶対的な真実である。であるのだが、未だにそれを頑なに認めない者がいる。いや、認めてはいるのかもしれない。洋ゲーが優れていることは認めても、最近の洋ゲーファンのネットにおける猛々しさはたしかに辟易するし(カプコンの某氏とかスクエニの某氏とか)、日本人ならば当然反論したくなる。それは理解できるのだが、よく見かける洋ゲーを批判する書き込みというものはあまりにも幼稚すぎるものばかりだ。文化の違いとか個人の嗜好だとか曖昧な表現に逃げるとか、海外と日本の開発環境の違いとか適切な言い訳はいくらでもあるのに、あまりにもバカな言葉で洋ゲーを批判するのだからこちらとしてもその人達を擁護する余地がない。あまりに可哀想なので、ここで釘を刺しておこうと思う。5つのありがちな間違った洋ゲー批判について話すので、日本のゲームを愛する方々はこういった言葉を謹んで欲しい。
1.洋ゲーは新鮮なだけ
つまりこう言いたいのだろう。日本的なテイストのゲームに飽き飽きしているだけで、文化的にまるで違う洋ゲーが新鮮に見えて、面白く感じるのだ、と。確かにそうかもしれない(新鮮だから面白がるのは駄目なのか?という話は置いといて)。だがそうだとしても日本のゲームに飽きてしまうのが問題であり、洋ゲーにまったく非は無い。
洋ゲーが日本でも頭角を表し始めたのはいつ頃からだろうか。個人的には90年代後半だが、一般的にはGTA3が移植された2003年頃だろうか。あれから7年経ち、洋ゲーファンはそれはもう浴びるように洋ゲーをプレイしている。彼らはそろそろ洋ゲーに飽きただろうか?いや、そんなことはない。洋ゲーというゲームは存在しないからだ。一つの洋ゲーに飽きるころには、また新たに全く別物の新鮮な洋ゲーが現れるからだ。たまに日本のぬるいゲームがやりたくなる時もあるが、洋ゲー自体に飽きることはない。もし飽きが来るとすれば、それはゲームに飽きたのだ。
もし数十年経っても日本と海外のゲームの優劣が今と同じであったとして、今洋ゲーが大好きな人がみな洋ゲーを辞め「あの頃は新鮮さに釣られてただけだったね」とこぞって日本のゲームをプレイするようになれば、自分は土下座して詫びよう。あるわけないけど。
2.そんなに自由度がない
そもそも洋ゲーの話で自由度を一番に持ってくるのがおかしい。最近発売した海外産ゲームのヒット作といえばCoD:BOとかStarCraft2とかCiv5などが挙げられるが、自由度が高いと言える物は無い。GDC Awards 2009の各部門のノミネート作品全てを見ても、自由度が高いと言えるのはDragon Age:OriginesとBorderlandsぐらいだ。
それなのになぜ洋ゲーといえば自由度と言われるようになったかというと、やはりGTA3とOblivionの存在が大きいだろう。
自由度といえば使う魔法の属性を選べることぐらいだったJRPGに比べてOblivionの自由度があまりにも衝撃的だったせいで洋ゲー=自由度が高い、という図式が生まれてしまった。別に海外産のゲームが自由度が極端に高いのではない。日本のゲームがあまりにも低すぎるのだ。
それを理解せずゲームにおける自由度の尺度がまともでない人間が、やれ町の人を殺せるからなんだだの、どこにでも行けるからどうしただの言い出す。じゃあそれが全くできないJRPGは何なのか。
3.洋ゲーメーカーは赤字
「だから何?」と声を高らかにして言いたい。メーカーが赤字であることと発売されたゲームの面白さに関係があるのだろうか。ハード論争を繰り広げている方々にとってはメーカーの収益が敵の防御力に直結するから重要なのかもしれないが、そういった不毛な考えを持ち込まないで欲しい。
メーカーの収益がどうであろうが我々には全く関係の無いことだ。赤字覚悟の殴り合いを続けているからこそ、あのような素晴らしいゲームが生まれるのだ。日本市場みたいなボーナスステージで利益を上げても何も生まれない(お金以外)。
あ、ちなみに今年のActivision Blizzardの第一四半期の純利益は4憶ドルの黒字。これといったゲームは発売してないのに、WoWとMW2のDLCだけで4憶ドル。StarCraft2やCOD:BOの制作費は含まれていても、売り上げは含まれていない。対して日本のゲームメーカーは上位5位全部足しても7000万ドルちょっと。任天堂はその上位5位にも入らず赤字。
余談になるが海外メーカーの収益問題は確かに気になるところだ。本当に面白いゲームを作っている会社がジリ貧で、facebookの農場ゲームやモバゲーの怪盗ロワイヤルみたいなゴミみたいなゲームで情報弱者から金をむしり取っている会社が大儲けしているのは、如何かと思う。
4.洋ゲーは銃で撃ちまくるゲームばかり
もし「日本のゲームは剣を振り回すものばかり」と言われたらどう思うだろうか。
我々が思っているのはそれと同じだ。
5.日本に来ないつまらない洋ゲーがある
もう本当にこれだけは全く理解出来ない。脳がどのような構造をしていればこのような戯言を公の場に出せるのか。何故かこの言葉をあちこちで見受けられるのだが、ゆとり教育の弊害というものが本当に存在するのだろうか。それとも彼らは洋ゲーをやる際には日本でローカライズされないクソゲーをやらなかればならない義務でもあるのだろうか。
「洋ゲー信者が日本のゲームを批判する時は、洋ゲーのトップタイトルと日本の3流のゲームを比較している!」とでも被害妄想しているのだろうか。しかしどう考えても日本のトップタイトルだけと洋ゲーのトップタイトルだけを比べても洋ゲーの圧勝だ。その下を比べる?どうして?日本のゲームの面白さというものは平均値なのか?まあ平均値でも負けてると思うけど。
恐らく日本でローカライズされる名作だけをプレイして、洋ゲーは全部神ゲー!と思っているユーザーがいるとでも思っているのだろう。いた所で日本のゲームがクソなのは変わりないけど。
ボッタクル・ストア
先日、iPhoneのAppStoreで面白いものを見つけた。8月18日に発売された「信長の野望・全国版」だ。iPhoneないしiPodTouchのゲームと言えば手軽さで人気を博している一方、価格のデフレにより企業のビジネスとして成り立たなくなっているという。しかしこの信長の野望はそんな暗雲を打ち払う価格設定、1200円だ。今さら全国版を1200円で売りつけるとは強気な価格設定を通り越して狂っている。AppStoreではいくつもの魅力的なアプリが無料や115円といった低価格で発売されており、つい最近ではcivilization revolutionが期間限定で無料配布された。そんな中に1200円である。無論、iPhoneアプリの中では1200円以上のものも存在しそれに相応しいものもある。だがこれはあの信長の野望・全国版だ。解説やレビューを見る限りリメイクと言うほどの変化も無い。昔から異常な値段をつけているコーエーにしていみれば安すぎるのかもしれないが。
確かに信長の野望・全国版は発売当時は名作だった。しかしあくまで昔の話。あまりに単純な内政と合戦、当主が死ぬとゲームオーバー、そして入札などの意味不明なシステムは当時だからこそ許されたのだ。全国版で今でも通じるのは音楽ぐらいだろう。とは言っても当時の光栄社員の功績ではない。菅野よう子氏が偉大なだけだ。
確かに昔を懐かしみたい人はいるかもしれない。だがもしそういう人に対して売りたいのならグラフィックや音質をPC88、もしくはファミコン版に準拠すべきだ。あんなiPhoneらしいUIと近作の顔グラフィックで出したところで何も風情はない。
そして一番問題なのが、全国版なんて知らないユーザが沢山いるということだ。信長の野望というタイトルで、あんなしっかりした見た目のUIで、1200円という価格ならば誰もが覇王伝、最低でも風雲録レベルのものを期待するだろう。(携帯アプリでも販売された群雄伝の「全国版」と勘違いする人がいる可能性もある。)まさかこんな大名達のタイマン勝負による陣取り合戦などとは思わないはずだ。
というか実際、かの(低俗なことで)有名なユーザーレビューでは騙されたとコーエーを糾弾するユーザが多く現れた。で、その後、そのようなレビュアーを叫弾するユーザ達が現れた。全国版はこういうゲームだ、知らない奴が文句言うなといったような。この人達がつけている星はこのアプリに対してではなく全国版を知っている自分に対してだろう。ちなみに今現在、ユーザーレビューの星の数は2.5で落ち着いている(最低1、最高5、かなり低い点数である)。ただしこれはあくまでアプリを購入した人のみの評価であり、全国版を1200円で売るというバカバカしさを理解している人の評価は含まれていない。含まれていたら星1個どころでは済まないだろう。
よく探してみると、信長の野望だけでなく三國志でも同じことをやっている。内容は薄っぺらく、さらに火計で一撃死や敵君主を撃破すると武力+10などといったイカれたシステム満載の初代三國志を、見た目だけ変えてそのまま「三國志TOUCH」として1200円で販売している。一体コーエーは何がしたいのだろうか?第一作から最新作まで全部出すつもりだろうか?ならば初代信長の野望が抜けているぞ。ちなみにこの三國志TOUCH、450円の有料アップデートが存在する。どんなプラットフォームであれコーエーはコーエー、PK商法を行わずにはいられないのだ。内容は追加シナリオと新武将、新勢力の作成、武将と領地の編集機能だ。450円の価値は無いし最初から付けとけというレベルだ。特に武将の能力編集なんて違和感だらけの初代三國志には必須アイテムだろう。楽進とか。
コーエーばかり叩く形になってしまったが、コーエーだけではない。日本の有名メーカーによるiPhoneアプリは内容に値しない割高なものばかりだ。いや、iPhoneだけではない。DLCにしろダウンロード販売にしろネットワーク機能にしろ、日本のゲーム業界は新しい市場や要素が現れる度にすぐ搾取体制を作り上げる。そしてユーザは自ら奴隷になりたがる。(正直この辺の話を掘り下げたかったのだが、問題提起だけのつもりだった全国版の話で長くなってしまったので、今回はここまで。)
文化が違ーーう!
もちろんこの「世界」には、日本は含まれていない。
別に日本人全員がSC2をやれという話ではない。自分もRTSは少し苦手だ(買ったけど)。だからといってここまで世界中と日本で温度差があるのはどうしたものだろうか。代わりに日本で同等のゲームが売れているのなら話は別だが、日本で今最も話題のゲームは初音ミクの音ゲーだ。どちらが優れているかは人の趣向や文化によるものだから言わないが・・・・ いや誰が見ても明らかだからはっきり言おう。こんなゲームが売れてSC2が売れない日本のゲーム市場は劣っている。規模的な意味ではなく、性質的に。
ネット上でこういった意見を見ると、決まって同じような反論が返されている。「洋ゲーは日本人に合わない」というものだ。これには一切同意を感じられない。そもそも日本人に合うゲームとは何だ?FFか?マリオか?脳トレか?どれも日本人である自分にとってはまったく合わないとしか思えないが、他の日本人に合っているというのならそうしよう。だがこれらのソフトは、海外でも大いに売れている。日本で売れているタイトルは、海外でも評価されているのだ。つまり「日本人に合うゲーム」=「海外の人に合うゲーム」と言っていいだろう(一部除いて)。ゲームの面白さに国境なんてないのだ。ならばその逆もまた然りではないのだろうか。メタルギアやバイオなんて、雰囲気的にはほとんど洋ゲーだし。
日本人は他国の文化を許容できない繊細な民族、というのなら理解はできる。しかし映画も音楽も小説も車もみんな、日本人は海外製のものを許容している。そんな状態で、海外製のゲームは日本人には合わないと言われても納得できるわけがない。
日本人はみな、海外のゲームの良さを理解できるはずだ。ただ、理解する時間がまだ足りないのだ。100年以上の歴史がある海外の映画や音楽と違って、海外のゲームが幅を効かせてきたのは(家庭用機に限って言えば)ここ10年ほど。海外のゲームは一瞬にして日本のゲームを追い越し、そして日本のゲームは一瞬にして地に落ちた。日本人はまだ、そのことを理解していない。
日本で海外のゲームが正当に評価されるようになれば、閉鎖された市場でゴミを売りつけるというビジネスも終わり、日本のメーカー各社も少しは変わる、もしくは消えるだろう。どちらにしろいいことだ。
まあ、いくら日本人が海外のゲームの良さに気づいたところで、PCというプラットフォームのゲームが流行るとは思えないが。日本のPCゲームはPC98の時代で止まっている。いや、PC98が時代を止めたと言うべきか。PC98のエロゲーが。