桃田選手を弁護する | 麻雀プロ弁護士津田岳宏のブログ

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事件発覚後から激しい批判にさらされている桃田賢斗選手であるが、賭博罪を専門にする私からすると全く腑に落ちない。
桃田選手の事件は、清原氏の覚せい剤事件や一連の野球賭博事件とまとめてスポーツ選手の不祥事として語られているところもあるが、それはあまりに不憫である。
覚せい剤は重罪である。初犯でもまず執行猶予付きの懲役刑となる。執行猶予付きであっても懲役刑の法律上の扱いは重い。たとえばわれわれ弁護士なら資格を剥奪される。また覚せい剤は、初犯でも情状しだいではいきなり実刑になることもある。清原氏の犯した罪は重いといわざるを得ない。
ネット上の記事でも書いたが、野球賭博事件の各選手の罪は刑法上もちろん違法ではあるのだが、重い罪ではない。せいぜい軽い罰金刑だ。事実、事件の各選手は誰も逮捕も起訴もされていない。
ただし、彼らの罪は野球協約上は重罪である。野球選手が野球賭博に手を出すことは八百長の温床となり、競技の信用性が著しく損なわれる。競馬においても、関係者が馬券を買うことは固く禁じられている。各選手もそういう理屈はある程度分かっていたはずであり、その軽率な行動が批判にさらされるのはやむをえない。

桃田選手のケースは、このどちらとも大きく異なる。
報道によると、桃田選手が裏カジノに行ったのは6回ほど、負けた金額は50万円程度だという。金額的に些細とはいえないが、大きいともいえない。パチンコでも1週間で普通に負ける金額だ。賭博罪としての常習性や悪質性があるとは到底いえず、不起訴になることは間違いない。
また着目すべきは、桃田選手が約1年以上前に自らの意思で”足を洗った”ということだ。
報道によれば、桃田選手は約3か月間で6回裏カジノに行くもその後「競技に向き合いたい」と自らの意思で行くのをやめたのだという。
まとめるとこういうことなのだろう。
カジノに”ドハマり”している先輩に裏カジノに誘われた。興味本位で何回かは行ったが先輩のように大金を賭ける気にはとてもなれず、数万円を賭ける程度にとどめていた。しかし3か月ほどたち、やはり自分はこんなことで時間の無駄遣いをしている場合ではないと気付き、その後現在に至るまで1年以上、1度も手を出していない。本業に集中して取り組み、結果を出した。

かかる桃田選手は、1年以上も前に足を洗った裏カジノのこと(それは「通い」とすら言えないレベルだ)で激しく糾弾され、厳しく処分されるべきなのであろうか。
甚だ疑問である。
糾弾や処分の根拠は、彼が違法賭博に手を出した、という点に尽きる。
たしかに現行刑法には単純賭博罪が残存しているので、賭博は違法だ。
しかし一方で、競馬や宝クジなどの「合法賭博」はただ許されるだけではなく盛んに宣伝されている。
かかる状況では、もはや単なる「賭博」を激しく糾弾することはできないはずだ。
とすれば、桃田選手を批判する根拠は「違法」という点に尽きる。
しかし今回の桃田選手への批判を見ると、違法な点だけでなく、よりによって賭博なんかして、という点も批判の大きな根拠になっている。
ここには矛盾しか感じない。
下記は4月29付日経新聞朝刊の記事である。
「支援の重み 理解を」と題されており、国から支援を受けている身で賭博をやるなど何事だ、という論調である。
しかし何と、当該記事の左側には「きょうの有力馬」などと題された競馬の記事が大々的に載っているのである。
左で賭博を宣伝しておきながら、右で賭博を批判する。このような紙面構成に何の違和感も覚えないのであろうか。
また「支援の重み 理解を」をよく読むと、桃田選手への助成の財源は「スポーツ振興くじ」であると書かれている。言うまでもなくスポーツ振興くじは国を胴元とする合法賭博である。
お上は賭博でいくらでも儲けていい、しかし庶民が賭博をすれば激しく糾弾。いったいいつの封建時代の考えなのか。


報道によれば、桃田選手は、このような大事になるとは思っていなかったのだという。
私はそれは当然だと思う。
これだけ賭博が盛んに宣伝されている世の中では、賭博じたいはもはや反社会行為ということはできないし、反社会的行為だと認識しろというのは無理がある。
報道では、違法だと分かっていながら、暴力団絡みだと知っていながら手を出したことを非難する向きもあるが、ここも大きくは非難はできないであろう。
現状の日本では、単純賭博罪は存在するが、全ての賭博が処罰されているわけではない。
社会的地位の高い人間であっても「こっそりと」賭博をしているケースは山ほどあり、当局も「こっそりと」している賭博には目くじらは立てない。賭博罪の違法性に公然性が大きく影響するという話は、このブログでも散々書いている。
公然性が要件となる賭博罪では、事実上は賭博であっても、形式的にただちにそうは見えないものは検挙されない。
その最たるは、パチンコ店である。
パチンコが事実上のカジノであることは明白である。
ただし、三店方式という形式が存在するので、当局は一貫して「ただちに違法といえない」という見解を採っている。
ここでは当局は決して「合法である」と断言しているわけではなく、その点でパチンコは「究極のグレーゾーン」ということもできる。
パチンコ店と買取所とが事実上密接な関係にあると認定されれば違法との評価に繋がるので、パチンコ店の店員に「換金所どこでしょうか」と聞くと「私は知りませんが、皆さまあちらの方から出て行かれます」と間抜けな回答をされる。
この間抜けなやり取りには、多分にグレーっぽさが存在する。実際私は法律に詳しくなる前も、パチンコ店は何となくグレーなんだろうと感じていた。
パチンコにグレーっぽさがあるのは事実で、私の学生時代には「ゴト行為が見つかったらケツモチのヤクザの事務所に連れて行かれる」と言われていた。これは事実とは異なるが、少なくともまことしやかにそう言われていて、今もそういうのはあるのではないか。
ここで大事なのは、パチンコは決して捕まらないということだ。
「疑わしきは被告人の利益に」の原則のもと、ただちに違法といえないものは、決して検挙されない。パチンコが検挙される確率はゼロパーセントである。
ただ、パチンコがグレーなのは事実であり、いわゆる”裏っぽいこと”がまことしやかに語られがちなのも事実だ。
それでどういうことになるかというと、とくに知識と経験に乏しい若者が「グレーっぽいパチンコがこれだけ大丈夫なのだから、他の裏っぽい賭博でもそうそうたいしたことにならないでしょ」と誤解してしまうことだ。
これは確かに”誤解”である。
警察の強い監視下にあるパチンコ店に通うのと裏カジノに行くのとでは、その性質は全く異なる。
私は、裏カジノ自体は一切弁護しない。
裏カジノが暴力団の資金源になっているのは事実であり、今このブログを読んでいる人で通っている人がいるならば、ただちにやめろと強く言いたい。
警察に対しては、違法な裏カジノはどんどん検挙してくれと応援したい。
ただ、知識不足で若干行ってはしまったものの随分と前に自らの意思で足を洗った若者に対し、その最も大事なものを奪った上激しく糾弾するのは大間違いである。
その若者がつかの間誤った行為をしたのは誤解に基づくものであり、そしてそういう誤解を生んでいるのは社会全体の責任だからだ。
この国で、賭博産業が栄えているのは明らかな事実である。
競馬のCMでは、時代を彩るタレントが華やかな笑顔を見せる。
長者番付にはパチンコ関連の経営者が名を連ねる。
にもかかわらず、社会は、賭博は悪い、という固定観念を変えようとせず、これと何も向き合わない。
賭博は、現在の日本経済で既に大きな部分を占めている。
そこに賭博があるのは、まぎれもない事実だ。
しかし人々はこれとしっかり向き合おうとしない。
現実を直視せず、現実と向き合わない。太平洋戦争中の国民と同じ、日本人の欠点である。
現実に向き合わないから矛盾が生まれる。矛盾は誤解を生む。犠牲になるのは、いつの世も知識と経験に乏しい若者である。

現在の桃田選手の心中はいかばかりか。
浴びせられる理不尽にやるせない気持ちになっているのではないか。
味方してくれる人も少ないのではないか。
このブログを何人の人が読んでいるのかは分からない。
ただもしも、読者に中に彼の知り合いがいれば、伝えてほしいと思う。
あなたが理不尽だと感じていることに対し、心から同意している弁護士が、少なくとも日本にひとりはいる、と。