heiwanohato

古い駅前にあった店がつくばエクスプレスの予定地に掛り移転することが決まった時、その移転先に庭のヒバの木を移殖した。

まっすぐに伸びたヒバの木は木登りが出来ない唯一の木で、深く緑に香る枝にはいつも鳥がないていた。

丁度2階の窓からその枝に泊まる鳥と同じ目線で挨拶することが出来た。

晴れた日にはその先に富士山が見えた。

ヒバの木陰から仰ぐ空気はいつもひんやり降って下りてくるようで

そこから見える空はいちだんと青かった。


新しいGALATEAの玄関前に移されたヒバは、死んだ祖父母に見守られているようで、葉緑が風にゆれるのを見てほっとしていた・・・

1年、2年、3年・・それは順調に新しい土地になじんでくれているように見えたのに、ある日突然元気が無くなってとうとう立ち枯れた。

父の慌てよう、というより落胆ぶりは大変なものだった。

水に肥料に、占い師まで、もちろん専門家の意見も聞きながら父なりの最善の努力を尽くしたはず。


それでも立ち枯れたそのヒバの木・・・


どうしてもその姿を温存したくてそのままオブジェにすることを考えたり、あきらめきれないまま、とにかくこの事情に意味を見出すことに必死だった父。


その後しばらく話ができないまま、気にかけることも忘れる頃、

何処で活路を見出したのか父はその木を切ると言う。

輪切りにした木をご縁のある30人のアーティストの皆さまに買って頂く。

その木を使って作品を創作していただく。

それを展示する。

そんな企画を練り上げた。


そのヒバの木はまるで額縁のように中央が空洞になっていた。

輪切りにしてゆくうちに現れたその空洞、それは「店」自体の経営の難しさや不景気な時代を反映する暗いニュースを重ねた不安な先行きを照らす通路のように柔らかな空気を含んでいた。

木霊に触れた父の歓喜は想像にお任せしたい。


開かれた通路はたくさんのドアを開き、ヒバの木の作品展はすべて完売の成功を収めた。

父のセンチメンタルな感傷に同情を寄せ、ご協力いただいたアーティストの皆様方の暖かい気持ちを父は一生忘れることは無いだろう。


立ち枯れた木がアーティストを結び利益を生みだした。



その、輪切りにしてさらに余ったヒバの木を「かたちやさん」が作品にしてくださった。

去年、この街の美術館で催された「NIRVANA」展に参加して頂いたアーティストのKANZAN(関山)氏の3点の出品作品のうちのひとつ。


「平和のハト」とタイトルされた作品は出品表を見ただけで心が躍った。

NIRVANA(至福)と名付けたその作品展に平和を重ねた、その会ったことの無いKANZAN氏に何かふんわりした人柄を感じたから。

きちんと梱包されたその箱の中からそのハトを見つけたとき、最初はカラスみたいだと思ってた。

ずっしり重いそのハトを手に取ると冷たいのに抱いているうちに幸せになった。


hato


そのハトが止まる木がヒバの木で出来ていた。

切れ端の節は黄泉の通路


hato


ワープした年輪


ashi


共存することを許したツル


hato


形変えて私たちの血を繋ぎ、KANZAN氏の平和を繋ぐ。

家の本当の真ん中にそれは置かれていて我が家の大黒柱になっている。


日本に帰ってゆく作品を梱包しながら、どうしても置いておきたくなって譲っていただいたのだ。

鉄でできたハトの射貫きの目から光がこぼれるとやっぱりハトだった。


ふじゆうなきようしてやろう

かみのこころにもたれつけ


じいちゃん・・・

PARCOのコマーシャルだったっけ?

不思議がかみさま

そうおもう。



せっかくなのであまり良く知らないヒバの木の事を調べてみた。
ヒバ材にはヒノキチオールやメタノール可溶性成分などが含まれています。 このため、湿気に強く、腐りにくい特性があるため、古くから城、神社仏閣などに使用され、世界最古の木造建造物でもある法隆寺を初め、平泉中尊寺の金色堂、弘前城、岩木山神社楼門など数多くの建造物が知られています。


1.5million


今年初めてのクリスマスのアナウンス。

メールオーダーのカタログ、‘ニーマンマーカス’から

最初の Christmas Book  が、届いた。

毎年趣向を凝らした恐ろしくゴージャスな提案はもとより、クリスマスディナーのためのお食事の準備も、招待状のカードもデコレーションもストッキングスタッフといわれるクリスマス用の靴下に沢山入れるこまごまとしたギフトまですべてが揃う。


今年の目玉はなんと言ってもエルトン・ジョンのプライベートコンサート。

お値段は1.5ミリオン)・・・

アメリカ国内に限り1名さま(プライベートに限る)

この1.5ミリオンの売り上げは、エルトンジョンエイズファンデーションに全額寄付。

よって、旅費、経費は別途請求・・・


このプライベートコンサートで使われるエルトンジョンのために特別に作られた赤いべビィグランドピアノ(Yamaha)はコンサートの記念にスペシャルギフトとしてあなたがキープして・・ですって。


ね、どおする?と、私。


もう間に合わないんじゃない?と、夫。


だよね・・・・

それに赤いピアノじゃいやだし・・・(弾けませんって)


bowl


恩師に連れられてよく出かけた、先生の贔屓にしていた京都の象彦

雅やかでしめやかな漆の魅力・・・は、5年間20代前半という多感な時期を京都で過ごした記憶にリンクする。


関西の美容室は月曜日が定休日、それに加えて木曜日もおやすみの週休二日の美容室。

完全に予約制で、紹介が無ければ予約も取れない、一見のお客様はお断りの京都らしいシステムを持っていた。

当事にしては風変わりだったのは週休二日だけでなく、営業時間。

朝の10時から6時まで、それは、仕事がすんだ後にお呼ばれしたコンサートにも行ける時間。

毎週曜日によってお稽古事も必須だった。


茶道

デッサン

フランス語・・・


デッサン以外の日を、進んでキッチン当番を引き受けて早退していた私は、せっかく5年間、こんな環境があったにもかかわらず呆れるほど何も身についていない。

それは、いまさら残念というわけでもなく、勢い前に進むことだけに夢中になっていた私を振り向かせた、人や物、場所は必ずどこかで繋がる、ちいさな:点:それは:点:を刺激する何かに出会うたびちょっとずつ膨らんでゆくから・・・


お菓子だけを食べ逃げしていた懐かしいお茶の教室、その記憶の中にも。


ほんのり明かりが灯る頃、

祇園の路地を歩いて

目印の表札を丁寧に数えてたどり着く。

玄関先の盛塩、

お二階につづく磨きこまれた階段。

人形の家のような小さな水屋、

きぬずれの音、

はんなり京都弁。


お茶の世界の季節は細かい。

この5年間で、一度たりとも同じ風景に出会うことは無かった。

炉が風炉に。

夏の日のバカラの水差し、

なぜ正面がわかるのか?理解不可能な黒い茶碗。

同じようにしか見えない茶杓。

表千家の先代の宗匠が書かれた絵文字?


中でも忘れられないのが初釜の時に拝見した、棗を覆う仕覆。

小さな仕覆が放つ存在感の大きさに圧倒された。

唐草のよう文様と縦縞、小さな帯揚げのような紐・・・

正座したひざで、ひじを支えて拝見するお道具たちは一人一人順にまわされてゆくのだけれど、その仕覆を

まわしたくなくて顰蹙をかったっけ。(これは畳の上に置いて、触れることを最小限にして見ていたような・・記憶があいまいなのは初心者の私を恐れて先生や先輩が声にならない声でアッとかワッとかいうのを感じて気が気じゃなかったから・・・たぶん)


もちろんこの時にも説明は受けていたはずだけど、記憶はどこかに押し込められていて、12年も後になって川島織物の復元美術を担当する方との出会いの中で改めてその仕覆にあしらわれていた縞文様が、間道といわれる一六、七世紀ごろ、中国から渡来した織物だったということに気がついた。


そのものが放つエネルギーは時代を超えて、確かに何かを伝えようとしていた。

それを知る機会を与えられたことの不思議つながりが、今でも宿題。


上の塗りの器は私が毎日使えるように15年前に選んだ中山塗の菓子入れ。

キンピラゴボウやポテトサラダにも良く似合う。

お気に入りの器を‘美しいです’とお褒めに預かって、思いがけず思い出すことも無かった思い出に行き会って・・・


きょうもいいひ♪

そして、ありがとう♪         

shiso


青紫蘇なのにピンク?

夏の間お世話になった青紫蘇ジュースは

たっぷりのお湯で煮出して蜂蜜を加えたら

レモンをぎゅ~~~!

煮出したばかりの濃い金色がレモンを加えると

こんなほんのりピンク色に変わります。


夏の間中、間引いた紫蘇を利用して常備ドリンクとして大活躍。

ブログでお友達のfreoさんの赤紫蘇のジュースからのアレンジです。(赤紫蘇のジュースはすごくきれいなルビー色)


紫蘇チャはもっと簡単、

青ジソをコップの中に入れて熱湯を注ぐだけ。

海の塩をほんの少し。

日本の青ジソを使ったらきっともっと美味しいはず!

(濃い目が好みでしたらシソジュース同様、煮出しても美味しくいただけます。濃い目派の私は…おうちゃくな私は、煮出していっぺんに何杯も飲めるようにしています(笑))


tomoさんのリクエストにお答えして♪

shiso

花のついた紫蘇の葉を整理して

この花が種になったらゴマのように炒っていただことを韓国人の友人から教えてもらった。

この紫蘇は日本の紫蘇よりもふた周りぐらい大きな紫蘇で、風味は赤紫蘇に似ている。

デリケートな日本の青ジソの風味は期待できない代わりに別の楽しみを発見♪

shiso-tea

夏の間、レモンと蜂蜜で冷やしていただいていたお茶を今日はあったかくして、海の塩を少し加えて。

紫蘇チャを飲みながら・・・

seiro

蒸篭を4つも重ねちゃったその訳は

mushipan

蒸しパ~ン♪

きゅうきゅうくつなのはご愛嬌・・・

先月、1持間ドライブして出かけた「Whole Foods」で彼が懐かし~♪、って選んだパンケーキが茶色いにんじんケーキみたいなバー。にんじんケーキを懐かしいと思うわけがないので、これは蒸しパンだと思ったな?と、ひそかにがっかりする彼を横目で見ないふりをして、十分満足の選択だった私のフルーツタルトをすばやく平らげた。

ちょっとごめんなさいの気持ちから、いつか蒸パンを作ってあげようと思って・・・


おひさまの光で目覚めた、幸運なおやすみ。

スタッフは全員出勤よーし!

仕込みよーし!


安心して、お庭の整理。


念願だった蒸パンを作って

shiso-mushipan


ふぞろいなのを、紫蘇でごまかして・・・

おやすみの日のおやつの出来上がり♪


今日は、夫孝行をした良い休日でした♪

今日だけでなく、もちろんいつもです・・・

Old noritake


アメリカの田舎道を走ると目的地に着くまでにいくつかの

‘アンティーク’のお店に遭遇する。

時々、違うお店で同じものに出会ったりする喜びはひとしお。

オールドノリタケの中でも、特にアメリカで人気のある‘アザレア’のシリーズの長方形のお皿。

このお皿にも、場所も、時も、別々、そんな風な出会いがあった。

花芯にMORIAGEの技法、同じパターン。

なのに使い込み方が違うせいか、印象が違うのが楽しい。

それはハンドペイントの楽しみでもある。


ひとつは彼の洗面台に、シェーバーのトレイとして。

ひとつは私の洗面台に、アクセサリーのトレイとして仲良く使っている。


パールのピアスをそっとおくと

‘おつかれさま’って声が聞こえる(笑)


道具として愛でる器の楽しみは毎日の幸せを運んでくる。

その音に

その影に。

izayoi


十六夜(いざよい)の月明かりの中

深夜11時40分帰宅


さいてる

さいてる

きっとさいてる

そう唱えながら

君のもとへ


bijin

咲いてた!

暗いけどおしべとめしべが咲き誇ってるのが見える?

出かける前に

‘行ってくるね’ってあいさつしたら

‘ふるるん’ってからだをゆすって返事をしてたから


bijin

フラッシュを使ったら・・・


大輪の君の放つ芳香にずっ~と待っていた気持ちが報われる。

濃厚な甘い香り・・・

整然と幾重にも重なった羽のような花びら

赤みを帯びたガクのリズムは歌っているようで♪


コーヒー(お酒が飲めなくて)を一杯たづさえて

あきるまでながめ・・・


bijin


食べようか

保存(ブリザードフラワー)しようか

漬けようか・・・


昨日、月下美人の情報を収集しているときに見つけた焼酎漬けなら君も喜ぶような気がして、焼酎はさすがにここでは貴重品なのでテキーラを注いだ・・・

2本、

あんまり大きくて足りなかったので

ジンを追加

ちゃんぽんじゃまずいかな?


それより何に使ったか聞かれる前に空き瓶を隠さなくっちゃ・・・


月下美人

艶姿

Bijinの迫力に

十六夜の夕べに(深夜2時まわっちゃった)

乾杯♪


また来年・・・

evening prim rose


つぼみが気になって

猛スピードで仕事を片付けて抜け出しちゃった・・・


ふくらんでる ふくらんでる

気づかれないようにパシャと写真を撮った


あ”~仕事に戻りたくない


絶対今夜咲くんだから・・・

evening prim rose


月下美人

1年にたった一夜だけ白大きく妖艶な花をつける

その花のつぼみがついた。


去年初めて目にしたその花の不思議さに軽くうっとりしたのは

夜しか咲かないことは知っていたけど

またあした・・・

と思ったから。

あの甘い香りをもっとたくさん吸い込んでおけばよかったと

後悔


一夜しか咲かないことを知ったからには

いっぱいうっとりして

月下美人を愛でる特別な夜にしたい。


特別な夜計画


1、写真に写す

2、ご無沙汰している人に絵手紙を書く

3、ブリザードフラワーに挑戦。

4、焼酎漬けがあるらしい・・・?

4、天ぷらにして食べる?

三太・ケンチク・日記tonton1234さんの記事がきっかけで懐かしい詩集を本棚から取り出した。

結婚してアメリカに行くことになった私に大好きだった小学校の恩師がプレゼントしてくれた茨木のり子の詩集、

「自分の感受性ぐらい」。

毎日の宿題の算数や漢字の練習や、対外はそんな予習や復習が目的だった自主学習のノートに、絵を描いたり、詩を書いたり、物語を作ったりを夢中でしていた私をとがめることなく評価してくれた。

毎日が冒険で楽しくて仕方がなかった子供の頃の思い出。


今を思えば好子先生は茨木のり子みたいな人だったなぁ。

ばかもの!

って

恐い顔をして笑いながら・・・

ずいぶん言われたもん。


noriko




茨木 のり子
自分の感受性くらい

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ