こんな経緯があったことを、今回初めて知りました。
~ハリウッドの映画プロデューサーであるデヴィッド・O・セルズニックが
映画『逢びき』に匹敵するメロドラマを作ろうと、
イタリア「ネオレアリズモ」の巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督を
招いて作りあげた1953年製作のイタリアとアメリカの合作映画~
その映画『逢びき』とはこんな作品だと紹介されています。
~セリア・ジョンソンとトレヴァー・ハワードが主演した、
デヴィッド・リーン監督による1945年のイギリスの恋愛映画。
互いに配偶者を持つ身でありながら道ならぬ恋に惑う男女の出会いと
別れを描いた恋愛映画の傑作である。~
筆者にはいささか古すぎる印象で、この作品をよく承知していませんが、
ともかく、それに匹敵する作品を目指したのですから、はやり
傑作に数えられる作品ということは間違いなさそうです。
本作も、意気込み通りに、本作がその域に達してたっしていれば
いいのですが、筆者にはその点はよく分かりません。
さて閑話休題。
この映画に対する評論を眺めていたところ、こんな文言に
遭遇しました。
~日本で初公開される前は、「英題:Terminal Station」と
同じ意味を表す言葉は「終点」ぐらいしかなかったが、
この映画の邦題から「終着駅」という新しい言葉が生まれた。~
また、「美男・美女」が登場するスクリーンは、正直なところ、
それなりに心地の良いものだと感じましたが、現在ではこうした評は
御法度になるのでしょうか。
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「終着駅」 1953年 監督:ヴィットリオ・デ・シーカ
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モンゴメリー・クリフト/ジェニファー・ジョーンズ/
米国人の若い人妻役は、
1943年『聖処女』(監督:ヘンリー・キング/)でAW主演女優賞を
獲得したジェニファー・ジョーンズ/
その後、1955年『慕情』(監督:ヘンリー・キング/)などでも
大きな人気を博しました。
その人妻と知り合う青年役を、
1948年『山河遥かなり』(監督:フレッド・ジンネマン/)
1951年『陽の当たる場所』(監督:ジョージ・スティヴンス/)
1953年『地上より永遠に』(監督:フレッド・ジンネマン/)
1961年『ニュルンベルグ裁判』(監督:スタンリー・クレイマー/)
など、何度もAW(主演/助演)男優賞にノミネートされながら
受賞は叶わなかったモンゴメリー・クリフト/
また、本作の狂言回しのような印象で登場する、女性の甥っ子の役は、
1959『アンネの日記』(監督:ジョージ・スティーヴンス/)
1961年『ウエスト・サイド物語』
(監督:ロバート・ワイズ/ジェローム・ロビンス)
などの作品で、この後に大きな注目を浴びることになる
リチャード・ベイマー/が演じました。
ただ、大スターとの評価を得ることにはならなかったのは、
あまりに、「アメリカ青年の優等生」的な印象が強かったせい
かもしれません。
監督は、
1948年『自転車泥棒』(出演:ランベルト・マジョラーニ/ほか)
1960年『ふたりの女』(出演:ソフィア・ローレン/ほか)
※ローレンがAW主演女優賞を獲得
1970年『ひまわり』(出演:ソフィア・ローレン/ほか)
などのヴィットリオ・デ・シーカ/
監督業もさりながら、俳優として出演した作品も少なくありません。
アンティークな作品が多くて恐縮至極にございます。
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