たいしたことじゃない日々の話。
でも、あとで思い出すと妙に残ってる。
そんな断片を、気の向くままに。
アギヒコ、盗難の悲劇
アギヒコのクレスタは、
爆音とシャコタンで工場の名物になっていた。
しかし、そんな“中年の第二形態”も長くは続かなかった。
ある朝、アギヒコが出社してくるなり、
妙に静かな顔で俺のところに来た。
「アキオさん……クレスタ、盗まれました」
あれだけ爆音をまき散らしていた車が、
ある日突然、跡形もなく消えたらしい。
買って一年足らず。
200万かけて改造した愛車。
離婚後の“花開き”の象徴。
それが忽然と消えた。
アギヒコは淡々としていたが、
その目はどこか遠くを見ていた。
数ヶ月後、警察から連絡が来た。
「見つかりました」
だが、その姿はもはや別物だった。
偽造ナンバープレート。
どこかで事故を起こした痕跡。
ボンネットは歪み、
内装は荒らされ、
車体は泥だらけ。
まるで“使い捨てられた中年の夢”のようだった。
アギヒコはそのボロボロのクレスタを見つめ、
小さくため息をついた。
「……まあ、こういうこともありますよね」
その言い方が妙にサバサバしていて、
逆に胸に刺さった。
盗難保険を請求するためには、
“この車がアギヒコのものだ”と証言する人間が必要だった。
アギヒコは迷わず俺に言った。
「アキオさんしか頼める人いないんですよ」
なぜ俺なんだ。
いや、わかるけど。
保険屋の前で、
めちゃめちゃになったクレスタを指差しながら
「はい、間違いなくアギヒコの車です」
と証言する俺。
横で神妙な顔をしているアギヒコ。
でもどこか笑っている。
この瞬間、
俺は完全に“巻き込まれ相棒”として認定された気がした。
保険金が出ると、
アギヒコはすぐにまたクレスタを買った。
ただし今回は学習していた。
• 違法スレスレのシャコタンはやめる
• 爆音も控えめ
• スモークも合法範囲内
• 盗難対策も強化
“悪なのに、どこかカワイイ悪”
そんな中年の成長がそこにはあった。
アギヒコは新しいクレスタのハンドルを握りながら言った。
「アキオさん、これからは控えめに生きますよ。……たぶん」
は笑うしかなかった。
画像は在りし日のクレスタ、初代アギヒコ号
