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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

青春は終わったはずだった。
だけど、あの頃の仲間が再び現れた瞬間、
止まっていた物語がまた動き出した。
45歳になった俺たちの、
もう一つの青春の話。

 

ある晩のこと。いつものようにエーイチから突然の電話。
ただ、その日はいつもより幾分テンションが高い。


「今、誰と呑んでたと思う!?」
「タケシだよ、タケシと呑んでたんだよ!!」


タケシとは、喧嘩別れしたわけでも、仲たがいしたわけでもない。
ただ、高校を卒業してからなんとなく疎遠になり、
25歳の頃にジオのライブで会ったのを最後に、
その後は行方知らず、音信不通になっていた。
そんなタケシから突然コンタクトがあったらしい。


エーイチは興奮したまま喋り続ける。
どうやらタケシは今、失業中で家にこもりがち。
覚えたてのネットサーフィンをしているうちに、
魔が差したのか、昔が懐かしくなったのか、
「千葉ダンシングマザース」あたりのキーワードで検索していたら、
俺のサイトに辿り着いたらしい。
そんで読んでみたら、あら、びっくり。


「俺じゃん…俺のこと書いてあるじゃん…俺の写真じゃん…ワオ」


ってなったらしい。
どうやら俺の作ったチンケなサイトも、
世の為、人の為に役立ったってワケ。
感動だね。感激だね。感謝だね。

 

画像はイメージです


こうしてタケシという新たなキーマンを加え、
45歳になった俺たちの物語は再び動き出す。

 

 

■タケシ君プロフィール

中学時代より手の付けようのない暴れん坊、喧嘩上等、札付きの悪。暴力団からのスカウトを丁重にお断りし高校進学後、あっきよ、エーイチらの影響を受けパンクロックに目覚める。高校3年の頃、千葉ダンシングマザースに出入りしていたパンク小僧たちとハードコアパンクバンド「バリケード」を結成しボーカルを担当する。新宿ロフトなどにてガーゼ、ギズム、カムズら大御所の前座として活動するも鳴かず飛ばず、自然消滅的解散、ごろつきに成り下がる。数年後、美容師として更正するもごろつき時代の不摂生が祟り体調を崩し失職。現在に至る。新宿ロフト活動当時、ガーゼに虐めを受けた影響で現在でも「ガーゼの糞がっ」が口癖なアウトロー(笑)