回顧録ーMemoirs of the 1980sー -44ページ目

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

青春はとうに終わったと思っていた。
だけど、あの頃の仲間がふいに戻ってきた瞬間、
止まっていた時間がまた動き出した。
45歳になった俺たちの、もう一つの青春の話。

 

エーイチより電話。


「社長、明日タケシも来るんで、市川までご足労願いませんかね」


そんなわけで翌日、津田沼でエーイチと合流。
キオスクでビールを買ってもらい、総武線に乗り込む。
市川までのたった15分の乗車でロング缶3本は、もう厳しい年頃になっていた。悲しみ。


改札前でビールをチビチビやっていると、
見覚えがあるような、ないような、そんな男が近づいてくる。
パンクロッカーだったあの頃のシャープな顎はどこへ。
突き刺すような鋭い眼光はどこへ。
はっきり言って、変わり果てたタケシ君登場。
しかしまあ、ふっくらしてはいるが、
その下品な風貌と風体はまさにアウトロー。
いい年の取り方をしたようで、なんだか嬉しかった。


最後に会ったのは25の頃。
といっても見かけただけで話もしていない。
実質、19歳以来の再会だから、実に25年ぶり。四半世紀だ。


「おーおー、お前よー、ずいぶんとあれこれ書いてくれちゃってんじゃん!!」


俺の作ったサイトを偶然見つけたのが再会のきっかけ。


タケシめ、変わらねぇな。相変わらずのええカッコしい。

 

「焼肉行くべ。好きなだけ食わしてやっからよ」
 

奢る気満々のタケシ君、ステキ。
しかしお目当ての焼肉屋は満員御礼。
悲しいかな、チンケな居酒屋へ方向転換。悲しみ。

 

画像はイメージです


タケシのこれまでのいきさつを聞き流しながら呑む。
要するに現在失業中。
若い頃に射止めた奥さんは美容師。
つまり“髪結いの亭主”。いわゆる紐。うらやましいじゃないの。
日々暇を持て余し、フラフラしているらしいのだが、
笑っちゃうのがその日常。
手長エビ釣り、はぜ釣り、潮干狩り。
自給自足かよ。
潮干狩りのオススメはホンビノスという聞き慣れない貝らしい。


「アサリやハマグリに負けないくらい旨めーぞ!」
「イタリア料理にも使われててよお…云々かんぬん…」


すげー力説。
さらに雑草の研究までしているらしく、


「そこらの雑草だって捨てたもんじゃねーんだぞ。」
「お浸しにして鰹節ふって醤油かけりゃ十分旨いんだぜ…云々かんぬん…」
また力説(以下省略)。


居酒屋でいい気分になった後は、エーイチに引っ張られ、
お約束の H.S アート(市川のジャズライブハウス)へ。
またいつものエーイチ推しの冨田久美かと思いきや、
今日は笛みたいなのをピーヒャラ吹くオネエサマのライブ。

 

「エーイチったらどんだけ熟女好き〜」


俺は慣れっこなのでガンガン呑むだけだが、
タケシはこういう場所が初めてらしく、
そわそわそわそわ、緊張しまくり。笑っちゃうぜ。


そんなところで今回はここまで。