たいしたことじゃない日々の話。
でも、あとで思い出すと妙に残ってる。
そんな断片を、気の向くままに。
アギヒコ、旅の者になる
アギヒコのクレスタは、
盗難の悲劇を乗り越え、
保険金で“控えめ改造”として復活した。
控えめと言っても、
一般人から見れば十分に怪しい車だ。
だがアギヒコにとっては
「今回は大人仕様です」
らしい。
そんなある日、俺とアギヒコは
地方工場へ出張することになった。
もちろん運転はアギヒコ。
理由は簡単、
違法改造車を俺が運転したら捕まる。
ところが高速を走行中に問題が生じた。
運転席側の窓が下がらない。
当時はETCなんてない時代。
料金所では窓を開けて料金を払う必要がある。
「どうすんだよ、これ」
「アキオさん、後ろ乗ってくださいよ」
仕方なく俺は後部座席に乗り込み、
料金所に近づくと──
運転席の窓はピクリとも動かない。
そして突然、
後部座席の窓だけがスーッと下がる。
料金所の係員は一瞬固まった。
フルスモークの怪しい車が近づいてきて、
運転席の窓は開かない。
そして後部座席の窓が下がり、
そこからふんぞり返った俺が顔を出す。
係員は完全にビビっていた。
俺は静かに料金を払い、
窓を閉めた。
アギヒコは運転しながらニヤニヤしていた。
出張先に着く前に、
アギヒコはどうしても窓を直したかったらしい。
トヨタの整備工場に駆け込むと、
整備士が車を見るなり言った。
「違法改造車は整備できません。
やるならスモーク剥がします」
アギヒコは即座に拒絶し、
去り際にこう言い放った。
「旅の者に情けのひとつもかけられねぇのかよ、トヨタさんよ」
完全に筋違いだが、
妙に説得力があるのがアギヒコの恐ろしいところだ。
仕事の合間、アギヒコは窓をいじり始めた。
すると今度は逆に、
下がりっぱなしで上がらなくなる。
「アキオさん、ちょっとテープ借りてきます」
工場の備品置き場から
両面テープや養生テープを勝手に持ち出し、
窓を無理やり上げた状態で固定した。
問題はその後だ。
アギヒコはテープのかすや剥離紙を
車の周りに散らかしたまま仕事に戻っていった。
数時間後、車に戻ると──
異変が起きていた。
散らかしたテープのかすやゴミが、
マフラーにぎっしり詰め込まれていた。
地方工場の連中、
なかなかやるじゃん、と思った。
アギヒコはしばらく無言でマフラーを見つめ、
そのあと小さく笑った。
「いやぁ、旅の者には厳しい土地でしたねぇ、アキオさん」
その顔が妙に楽しそうで、
俺はもう何も言えなかった。
