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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

キーチとの出逢いは、まったく予想していなかった方向からやってきた。
十年以上前に作った、あのチンケなホームページ──
そこに書き散らした千葉パンクの記憶が、時を越えて誰かの目に留まるなんて思いもしなかった。
礼儀正しいメール、妙に気持ちのいい若者、そして亀戸ハードコアでの初対面。
あの夜を境に、俺たち四十五歳のオッサンたちは、再び“青春”に足を踏み入れることになる。

 

キーチとの出会いは、数奇なものだった。

俺が四十歳の頃につくったホームページ──
千葉ダンシングマザース、千葉パンク軍団、
ストリートファイティングGIG……
あの頃の千葉パンクシーンを好き勝手に書き散らしただけの、
今思えばチンケなページだ。

それを、十年以上あとに、どこかの若いバンドマンが見つけた。

「C&Cってバンドをやってるキーチといいます」

そんなメールが突然届いた。
妙に礼儀正しくて、文章の端々に“本気で音楽をやってる奴”の匂いがした。
顔も知らないまま、メールだけでつながった、不思議な縁だった。

──そして、そのキーチに初めて会う日が来た。

キーチが亀戸ハードコアに出るという。
エーイチはまだ激しいライブをスタンディングで観られる体力が戻っていなかったので、
その日は俺とタケシとアッキョの三人で行くことになった。

亀戸ハードコアに足を踏み入れた瞬間、俺たちは完全に浮いていた。

▼ガラの悪いオッサン3人組


来ている連中の年齢層が若すぎる。
どう見ても二十代前半ばかりだ。
そこへ四十五歳のおっさん三人がズカズカ入っていくんだから、
視線が刺さらないわけがない。

「どこのオッサンだよ」

たぶん全員そう思っただろう。
でも、異様な雰囲気の三人組は意に介さない。
タケシなんか、むしろ楽しそうだった。

若い奴を捕まえて「キーチ君どこ?」と聞いていると、
奥からひょこっと現れた。

「あ、先輩方、お待ちしてました!
会いたかったです。ビールぐらいですけど、おごらせてください!」

妙に低姿勢で、礼儀正しくて、気持ちのいい若者だった。
初対面なのに、昔から知っていたような空気があった。

何をどう話したのか、細かいことはほとんど覚えていない。
ただ、元ハードコアパンクバンド“バリケード”のボーカルだったタケシが、
やたらと先輩風を吹かせて上機嫌だったことだけは、よく覚えている。

キーチもお調子者で、
「先輩、先輩」と調子よく乗せるもんだから、
タケシは終始ニヤニヤしていた。

──そして、C&Cのライブが始まる。

 

実はさ、誘ってくれたキーチには悪いんだけど──
この日の対バンで一番のお気に入りは、ハイルチンだった。

C&Cは正統派で、洗練されていて、エレガントなライブだった。
若いのに完成度が高くて、キーチの礼儀正しさそのままの音だった。

でも、タケシが食いついたのはそこじゃなかった。

武骨で、荒々しくて、勢いだけで突っ走るようなハイルチン。
あの“粗削りな熱”が、タケシのハードコア魂に火をつけたらしい。

ライブが終わると、タケシは真っ先にリューイチを捕まえた。

「よかったぞ。気にいった!」

そう言って肩を組み、満面の笑みで写真を撮っていた。
元バリケードのボーカルが、完全に“先輩風”を吹かせている。

リューイチもリューイチで、
「ありがとうございます先輩!」と調子よく乗るもんだから、
タケシは終始ニヤニヤしっぱなしだった。

あの夜のタケシは、本当に楽しそうだった。

 

──この夜をきっかけに、俺たちのライブハウス通いが始まった。

亀戸、千葉、下北、吉祥寺……  
気がつけば、あちこちのライブハウスに顔を出すようになっていた。

あの頃の俺たちは、四十五歳にして第二の青春を迎えていた。

 

▼C&Cってこんな連中(動画は当日のものではありません)

 

▼画像は当日  2009.10.25 撮影