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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

エーイチが退院してから、まだ本調子には程遠かった頃の話だ。
それでもあいつは、少しずつ、ほんの少しずつ“日常”を取り戻そうとしていた。
ビールを一口だけ飲んで唸り、ライブに挑戦しては苦しそうに立ち止まる。
無理をしているのはわかるのに、どこか嬉しそうだった。
あの夜のエーイチは、弱さと強さが同居した、実にあいつらしい姿だった。


エーイチが退院してから数週間、突然電話がきた。


「ちょっと会えねえか」


幕張で落ち合い、いつものように居酒屋に入った。
退院したばかりの男が、いきなりビールを頼む。


「おいおい……大丈夫かよ」


そう思う間もなく、エーイチは恐る恐るジョッキを手に取った。
一口だけ、ほんの一口だけ飲んだ瞬間、顔をしかめて唸った。


「……ちょっとまだ早かったわ」


食道を切除して、胃と口を直結している身体。
ビールが喉元まで逆流してくるような感覚らしい。


その日は一口チャレンジで終了。
それでもエーイチは、どこか嬉しそうだった。
“ビールに挑戦できるところまで戻ってきた”
その事実が、あいつには何よりの喜びだったんだろう。

 

 数週間後、また突然の電話。


「明日、7時に千葉に来れるか。お前に見せたいライブがあるんだよ」


声に張りが戻っていた。
あの一口で唸っていたエーイチとは別人のようだった。


翌日、言われた通り千葉へ向かった。
連れて行かれたのは、本千葉のライブハウス「ジャム」
出演は“瘋癲野郎”


「瘋癲野郎ってんだけどさ、前に偶然、稲毛の野音で見かけてさ。
ほんと面白いバンドなんだよ。お前も気にいると思うぞ」


エーイチは嬉しそうに説明してくれた。

開演まで時間があったので、エーイチはまたビールに挑戦していた。


「一口飲んでさ、逆流してきそうになるのを、軽くツマミを一口食べて蓋をするんだよ。
すこしずつ、ゆっくり。こんなコップ一杯飲むのに30分くらいかかるんだ」


顔をしかめながらビールを口にするエーイチ。

それでも、どこか嬉しそうだった。

 

そんなこんなで瘋癲野郎のライブが始まった。
後で聞いた話だが、普段の瘋癲野郎は奇抜なメイクに派手な衣装、
ステージを飛び跳ねるようなライブが売りらしい。

 

画像は別の日のもの、普段は下のパネルの姿でやってる(2014.8.25 撮影)


だが、この日のジャムでは違った。
メイクも無し、衣装も無し、普段着のまま。
淡々と演奏し、淡々と歌う。
それがまた、妙に良かった。
エーイチの言う通り、すごくいい。
エンターティナーだ。
MCも絶妙で、客席とのやり取りも軽妙で、
とにかく楽しい連中だった。
気づけば俺は、すっかりお気に入りになっていた。
この夜をきっかけに、俺は何度もジャムに通うことになる。

 

画像は別の日のもの(2011.7.22 撮影)


ライブが終わり、本千葉ジャムから千葉駅までの道を歩いていた。
15分ほどの距離だが、エーイチは途中で急に立ち止まり、
そのまま歩道にしゃがみ込んだ。


「うーーーん……ちょっと無理しすぎた。
苦しくて動けないんだ。暫くここで座ってるわ。
お前は先に帰っていいぞ。心配いらねえ。
じっとしてればよくなるの、わかってるから」


息が荒く、顔は苦しそうだった。
それでも俺に背中を見せたまま、強がる。
付き合おうとすると、振り返らずに言った。


「いいから。大丈夫だ。先帰れよ」


辛そうな姿を見られたくなかったんだろう。
あいつらしい意地だ。
仕方なく、俺はその場を離れた。
背中を振り返るたびに胸がざわついたが、
あいつの“強がり”を信じるしかなかった。

 

翌日、律儀に電話がきた。


「あのあとちゃんと帰れたから大丈夫だ。
心配かけて悪かったな」


その声を聞いて、ようやく胸のつかえが下りた。
実にエーイチらしい夜だった。

 

ライブはそっちのけでお客の女性をナンパする俺(2011.7.22 撮影)