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回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

たいしたことじゃない日々の話。

 でも、あとで思い出すと妙に残ってる。

 そんな断片を、気の向くままに。

 

アギヒコ、現る

 

アギヒコという男は、本社時代からの後輩だ。


頭もそこそこ良くて、仕事の要領もいい。
ただ、どこかふざけたところがあって、
飲み会の席では必ず俺をおふざけに巻き込んでくる、
そんな“軽い後輩”だった。

──はずだった。


俺が船橋工場に異動してしばらくした頃、
朝の静かな工場に、
ドドドドドッと爆音を響かせながら近づいてくる車があった。


トヨタ・クレスタ。
しかもシャコタン。
しかも爆音。

しかも40過ぎの中年が運転している。

 

画像はイメージです

 

その中年が車から降りてきて、
「すらないか見ておいてください」
と俺に言う。


よく見たらアギヒコだった。
本社時代の“そこそこ真面目な後輩”はどこへ行ったのか。
離婚をきっかけに、妙な方向に花開いたらしい。


中古のクレスタを買い、200万かけて改造し、
爆音をまき散らしながら通勤する中年男になっていた。
しかしそのシャコタンが曲者で、
会社の駐車場の段差にまっすぐ入れない。

だから俺が段差の前に立ち、


「はい、もうちょい右、角度つけて、はいストップ」


と、最適な進入角度を確認する羽目になる。
なんで俺がこんなことをしているのか。
でもアギヒコは楽しそうで、
俺もなんだかんだで付き合ってしまう。

 

工場の連中は、
「誰だあの爆音の外様は」
という顔で見ていた。
俺は心の中で
(本社から来た後輩なんだよ…)
とだけ呟いた。


アギヒコは、
本社時代の“軽い後輩”から、
船橋では“完全に花開いたフザケタ中年”へと進化していた。


そして俺は、
なぜかその進化の巻き添えを食う役に選ばれたらしい。

 

画像は盗難にあう前、アギヒコのクレスタ(2007年撮影)