外伝|更地と墓と娘の一言とエーイチ | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

本編では書かなかったことが、
まだどこかに散らばったまま残っている。

若い頃の話もあれば、
中年になってからの出来事もある。
笑える日もあれば、
胸の奥が少し痛む夜もある。
時系列も関係なく、
ジャンルも統一されていない。
ただ、そのどれもが
“俺の人生のどこかに確かにあった時間”だ。
ここには、
こぼれ落ちた断片たちを
気ままに拾い集めた記録を残していく。

 

更地と墓と娘の一言とエーイチ

 

コロナにかかった時、

十日間会社を休んだ。

 

症状は三日で引いて、

残りの七日がぽっかり空いた。


身体は元気なのに、

社会から切り離されたような、

妙な浮遊感のある時間だった。


その七日間のどこかで、

ふっと幕張まで歩いてみようと思った。


理由なんてなかった。

ただ、昔の街の空気を吸いたくなっただけだ。


駅前は再開発が進んでいて、

見慣れた風景はほとんど残っていなかった。


フクちゃんが住んでいたアパートなんか、

とっくに跡形もない。


あの頃の匂いが全部、

上から新しい街に塗りつぶされていた。


歩きながら、

ふとエーイチの家はどうなったんだろうと思った。


あいつの家は、

俺たちの青春の“基地”みたいな場所だった。
あの家の玄関を開けると、

いつも何かが始まる気がした。

 

その場所に着いてみると、

そこも更地になっていた。
ぽっかりと空いた土地だけが、風に晒されていた。


あいつはどこへ行ってしまったのか。


その更地を前にして、

そんなことを思った。


その時、ふっと思い出した。
母の葬式の時、娘が言った一言だ。


「そういえばエーイチ君って元気なの?」


娘がエーイチに会ったことがあるのかどうか、

俺は覚えていない。


写真を見たのか、

俺が昔よく話していたからなのか、
何かの刷り込みで“知っている人”になっていたのかもしれない。

 

でも、その無邪気な一言が、
更地の前で急に胸に刺さった。


あいつは元気なのか。
そもそも、どこにいるのか。


連絡先も途切れ、家も消え、
今のエーイチを知る手がかりは何もない。


けれど、思い返せば、
エーイチの父さんと妹さんが眠っている墓は、
俺の家の近所にある。


買い物のついでや、散歩の途中で、
時々ふっと手を合わせに行っていた。


特別な理由なんてなかった。
ただ、あいつの影を感じる場所がそこにあったからだ。


更地になった家。
残っている墓。
娘の一言。
そして、どこにいるのか分からないエーイチ。

 

街は変わり、人は散り、
時間は勝手に流れていく。


それでも、
こうして時々、
何かの拍子にエーイチの影が立ち上がる。


あいつはどこへ行ってしまったのか。
その答えは分からないまま、
俺はまた、墓に手を合わせる。