長い残像の旅を終えて、
俺はようやく“現在”へ戻ってきた。
記憶の中で何度も見てきたエーイチの姿は、
もう過去の影じゃない。
あの日、手術を終えたばかりの彼が、
現実の病院で俺を待っている。
残像の向こう側──
そこから物語は、静かに動き始めた。
エーイチの手術が終わり数日後、
俺は千葉大附属病院へ向かっていた。
病室に入ると、
エーイチは点滴スタンドを押しながら、
ゆっくりと廊下を歩いていた。
「おう、来たか」
そう言ったエーイチは、驚くほど饒舌だった。
手術のこと、
麻酔から覚めた瞬間のこと、
あの“地獄の夜”のことを、
まるで昨日の出来事のように話し始めた。
暗闇の中で身動きが取れず、
尿管の不快感と、
血栓防止ローラーの振動に耐えながら、
ただ時間が止まったような夜。
「でもよ、タケシとアッキョが来てくれたの思い出すと、時計が30秒進むんだよ」
「お前が餞別くれたときのこと思い出すと、また30秒進む」
「そうやってよ、記憶で時間を動かしてたんだ」
朝になったとき、不思議と生気が戻ったという。
「生きて戻ってこれたんだなって思ったよ。でもよ、そこからが地獄だったけどな」
エーイチは笑っていた。
その笑顔が、痛々しいほど強かった。
話し終えたエーイチは、
点滴スタンドを握ったまま、
いつもの強がりみたいな笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、
胸の奥で何かがほどけた。
生きて戻ってきた──
ただそれだけで十分だった。
病室を出るとき、
俺は誰にも見られないように小さくガッツポーズをした。
エーイチはまだ歩き始めたばかりだ。
でも、その一歩は確かに未来へ向かっている。
ここから先の物語は、
果てどなく続いていく。